intermission II

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原作軸未来(モブ影、日影)(6)(7)

・6話とエピローグ。完結です

・[1話、2話]、[3話、4話]、[5話

 


 


6.
 八雲さん、影山に何したんですか。
 日向翔陽の問いかけは、決して慮外なものではなかったはずなのに、俺の罪悪感はひとりでに抉り出され、俺の表情を重苦しくしていた。
 俺が影山に向き合うとき、彼を己の腕の中に閉じ込めたいという俺の欲がいつも先にあり、そのために彼の行動を誘導し続けた自覚がある。それが結果として、日向翔陽の目には影山の変節めいて映り、原因を作った俺への不審と警戒感につながったのだろう。
 この男のためなら、いくらでもずるい人間になろうと覚悟を決めて、俺は影山を手に入れたつもりだった。事実、誰も選ばなかったかもしれない影山が俺と寄り添う生き方を選んでくれたのは、俺の強引さゆえだったと思う。
 けれど、体の関係を持つようになってから、その覚悟が取り繕いようもなく揺らぎ始めた。影山飛雄と体を重ねる背徳感は、俺の想像をはるかに超えていた。
 朝目が覚めて、隣に影山を見つけると、俺は安堵と焦燥でいてもたってもいられなくなる。誰かが彼を奪いに来るのではないか。そしてその人間には、影山の人生にとっての正義があるのではないか。

「なに見てるんですか……?」

 真白いシーツの上、夢との境でまどろむ影山が、深い藍色の瞳に俺を映す。
 このうつくしい青年に、俺はいったいどこまで求めようというのだろうか。
 危惧は正しかった。俺は取り返しのつかないことをしていた。





 帰省の目的の1つだった役場での手続きを終えた影山は、一度帰宅して、帰りの遅い俺を捜しに来てくれたのだそうだ。
 日向を交えた道端の3人での会話は、さらに影山のお母さんに行き会ったことで長くは続かず、影山にとっては受け入れ難いことに、なんと夕食をこの4人でとることになってしまった。億劫そうに席に着いた影山をよそに、食事自体は――恐らく概ね日向翔陽の天賦の才により――にぎやかで楽しいものになった。俺も日向もお母さんもそれぞれに影山のとっておきのエピソードを持っていたから、当の影山が困り果て、やがて諦めるまで、話題が尽きることはなかった。

「どうしてこうなるんだよ」

 深夜、自分の部屋に酔っ払い2人を担ぎ込んだ影山は、疲労感たっぷりに眉間にしわを寄せた。

「八雲さんはともかく、日向お前、アスリートの自覚持てボゲ」
「量は全然飲んでないんすよ……想像の100倍自分が酒に弱かっただけなんれす……」
「じゃあ飲むな」
「それな」
「それなじゃねえ」

 影山が用意した(投げつけた)仮眠用のマットと絡まり合った日向が、薄暗い部屋の隅で、墓場のゾンビさながら、ゆらりと手を上げてうめいている。
 食事と一緒に多少の酒は飲んでいたが、三者鼎談が泥沼の様相を呈し始めたのは、影山のご母堂退席後の第2ラウンドからだ。

「八雲さんだって、普段こんな飲み方しねーのに」
「お前と一緒にいるのに、酔ってたらもったいないからだよ」
「げっ」
「もぉー! 八雲さん愛が重いっすよー!」
「お前は黙ってろ!」

 ベッドに横たわる俺に、影山は「八雲さんももう寝てください」と眉間を押さえて音を上げる。

「八雲さんはぁ、いったいいつから、この目つきの悪いがきんちょが好きだったんですか?」
「誰が目つきの悪いがきんちょだ。蹴り飛ばすぞ」
「最初に会った日」
「答えなくていい……え!? ウソですよね」
「まあ半分。半分ほんと。代表の顔合わせで、会見の前に握手しただろ」
「しましたけど……」
「まじまじ見て、きれーだなあって思ったよ。影山の周りだけ世界が澄んでるっていうか。男にこんな感情持つもんなのかって自分でびっくりした」
「お前初対面で日本のエース射止めてたの……って、影山くん照れてるー」
「うるせ!」
「そんなかわいいっすかね、そいつ」

 改めて確認しようというのだろうか、日向は墓場からむくりと起き上がって、ベッドに腰掛ける影山を見上げた。しばし無言で、ぱちぱちと大きな目を瞬く。

「お前化粧してる?」
「してるわけあるか」
「八雲さんの影響出始めた……コワイ……」
「どういうことだよ」
「影山こっち向いてみ? ……たまんねーな」
「なんなんですか八雲さんも」

 照れて髪を掻き上げる影山がかわいい。そっけなく目を逸らすしぐさすら、愛おしいなと思ってしまう。ちなみに、「化粧してる?」と聞きたくなる気持ちは、正直俺もかなり分かる。この瞼の重くなる時間帯と、飾り気のない服装からは考えられないほど、影山は完成されている。完成されているのに、隙がある。

「でもきれいな人なんて、アナウンサーとか、モデルとか歌手とか、八雲さんの周りにいっぱいいませんか? 一緒に番組とかやってて、どきっとしたりしないんですか?」
「もうしねーなあ。もともと大して面食いだったわけじゃないから。影山がたまたま……すげぇ好みだっただけで」
「えー」

 クッションを抱きしめた日向翔陽は、影山の前髪に触れる俺を難しげな表情で眺めてぽつりとつぶやいた。

「なんか信じられないです」
「ん?」
「おれ、八雲さんのことは、日本のバレーのちょーすげー人としてずーっと知ってました。かっこよくて大人で強い人ってイメージで、いっつもきらきらしてて。影山が代表に選ばれたときは、むしろ、影山と八雲さんが合わないんじゃないかと心配してました」
「……お前に心配される筋合いはねえ」
「まあまあ。そう書き立てる記事もあったしな」
「結局二人は超かっこいいバレーしてて、おれもうれしかったです。影山が、ベテランの一流選手たちに囲まれて、ちゃんと認められてんのぐっときたし。そりゃあ、焦りも感じたけど。でもまさか、八雲さんが影山を好きになっちゃうとは思わなかった」
「……そっか」
「でも、どこがいいんだか分からないとかは、思いません。絶対、影山じゃなきゃダメだって人の気持ちは」
「よく分かる?」
「……はい」

 部屋の隅にうずくまる日向を、淡いスポットライトのように窓明かりが照らしている。日向はすうっと大きく息を吸った。

「おれが知ってる影山は、言うことキツくて、デリカシーなくて、ちょー横暴で」

 何か言い返すだろうかと影山の表情をちらりとうかがうと、彼は少しだけ目を細め、唇を結んで日向を見つめていた。

「でも誰よりバレーにひたむきでした。飾らなくて、むき出しで、そういう影山を、俺は好きになりました」
「それは本当に恋愛の好きなの?」

 影山が何か言いかけたかもしれない。俺は知らず、遮るように、日向翔陽に問いかけていた。

「申し訳ないけど、そうは見えない」
「……分からないです。でも、八雲さんが影山にキスしてるの見ると、正直結構ムカつきます」
「あ、うん、そう? あれ、公共の場ではしてないはずなんだけど……」
「首にしてました。オリンピック決まったとき」
「……したな」

 日向が指摘するのがどの場面か、俺はもちろん正確に思い出せる。事故として処理されるぎりぎりのラインだと考えていたが、この元相棒の目は誤魔化せなかったらしい。

「見なきゃよかったのかもしれないけど、だめでした。俺は、影山のいる場所を目指して進まずにはいられない。北しか向けない磁石みたいに、勝手に影山につながる道を選んじゃうんです」

 欲しがって、すがって、怖くなって、閉じ込めて。俺が影山に向ける執着の後ろ暗さとは程遠い。日向翔陽はただぎらぎらとまぶしく光を放ちながら、こちらに向かってやって来る。まるで、影山の人生を照らすため、彼に出会ったかのように。

「影山に幸せになってほしいって感情が、恋愛じゃなきゃいけないとは思わないです。名前が何だろうと、結構重いし、深い自信あるんで」

 俺に答えながら、影山にも言い聞かせているような口調で日向は言う。影山はそっぽを向いている。

「影山が恋愛しなきゃいけないわけでもないと思います。どっちでも、自由に選んでほしい。影山はそういうことに腹決めなくていいと俺は思うから、決めさせた八雲さんに少し怒ってます」
「……そうだと思ってたよ」

 日向翔陽は俺への理解を示すみたいに、困ったように笑っていた。10も年下の青年は、俺が影山に向ける執着の大きさも、囲い込まずにはいられなかった余裕のなさもすっかりお見通しで、それを受け入れたうえで俺のこれからの行動を変えようとしている。ただ、影山飛雄というとても大切な人間に、悔いなく人生を生きてほしい一心で。
 それが仮に恋情や性愛ではなかったとして、いったい誰に、日向を門前払いする資格があるだろう。

「日向」

 己の指先を見つめ、うつむいていた影山が、静かな声で旧友の名を呼んだ。

「……ん?」
「もういい」

 影山はぴんと背を伸ばし、ほの青い天井を見上げて口を開いた。

「心配されてんのは分かった。大丈夫だから、もういい。俺は全部自分で選んできた。俺が誰かに何かを強制されたと思ってるなら間違いだ。俺は」

 短く切った言葉に、着膨れした意味を与えない早さで、影山は言葉を続けた。

「俺でできてる。爪の先から、体の奥まで全部」

 そのときの影山の表情を俺は知らない。この先も永遠に知ることはないが、視線の先で日向翔陽がぶるりと小さく身震いしたことに、俺は根拠もなく共感していた。
 影山飛雄は愛おしくて少し怖い。どんなに愛しても愛し尽くせることはない気がして、だけど、どんな愛にも染まらない彼に、好きなだけ愛していいのだと許されているような気がしてしまう。

「――八雲さん」
「ん?」
「八雲さんとしたこと、俺は全部初めてでした。後悔なんかしてねえって言いたいけど、……本当は1つだけ、してます」
「うん、分かるよ」
「はじめて」
「……お前に手出した日だな」
「けしかけたのは俺です。あの頃俺、ずっと焦ってた。だから、覚悟決まってなかったのに、決まってるふりしました」
「俺は分かっててやめなかった」
「それだけです。俺から八雲さんに隠してたの。それ以外は嘘ないです」

 ずいぶんささやかな暴露だった。確かにそれは彼の秘め事だったかもしれないが、彼が泣くのを目の前で見ていた俺が、気付いていなかったと考えるのは難しいはずだ。
 たぶん、それは本質ではなかったのだ。
 影山はただ、この期に及んで、俺との関係に一切の背信がないと示そうとしてくれた。そのことに気付いて、俺の肌はにわかに粟立った。
 指先をくぐらせるように、黒髪をそっと梳く。俺の意図をうかがおうと、影山が俺を見上げた。くるりと丸い大きな瞳に見上げられれば、息苦しささえ覚える愛おしさに襲われる。
 ああ、なんて上手くいかない。
 俺は改めて、影山を手放すことの正義を自分自身に問うた。
 影山のこの誠実さを拒絶すれば、影山は幸せに近づくのだろうか。
 つまり、だったら俺は、影山飛雄を不幸にできる人間なのだろうか。

「別れよう」

 ぽつりと俺がつぶやくと、長いまつげがぱちぱちと瞬かれた。

「……え?」
「別れてくれ。もうすぐ0時だ。0時になったら別れる」
「な、ん……」
「なんですかそれ」

 呆然とつぶやく影山の声を遮るように、日向翔陽が低く鋭い声を上げた。
 静まり返る部屋で、音のしない秒針が、滑るように円を描いている。

「おかしいです」
「ああ、おかしい。俺は影山が好きだし」
「だったらどうして……」
「だから、0時10秒をめどにただちに告白をする」
「……は?」

 声を上げたのは、やはり日向だった。影山はただ、コートの外でラリーを見守るように、「そうくるか……」と感心したようにつぶやき俺を観察している。影山飛雄という男のアンバランスな欠落による天性の受容が、ここぞとばかりに発揮されているのを感じる。

「『そう来るか』って何……?」
「俺もよくよく考えたんだよ。1回引かないとフェアじゃないだろ。引く。10秒引く。だから日向。参戦するならそこで頼む」
「待ってください、思ってたのと違います! 思ってたより、なんていうか、スケジュール感が厳しい!」
「『別れよう』の『わ』で別れるんですか? 『う』で別れるんですか?」
「影山お前……お前スゴイな!」
「『う』だな。いや、お前が『はい』って言うまでセーフか」
「八雲さん、本当に影山と別れる気ありますか!?」
「……あるよ、ある、付き合ってるかどうかが二の次になるくらい惚れてるって意味では」

 揺らぐ決意を背にかばうように一息に言って、俺は肩の力を抜いた。影山を見やれば、彼はやはり静かなもので、俺はこの従容に救われて生きてきたのだとしみじみ思い知る。

「俺、実はけっこう、金持ってるんだよな」

 唐突に切り出した俺に、日向翔陽は「へ?」と間の抜けた声を上げた。

「あとまあまあ、応援してくれる人もいるし、影山とチームメイトになって以降不思議なことに男のファンが増えた」
「それはなんか分かる気がしますけど……」

 全くの余談であるが、影山と出会う少し前から現役を引退するまでの期間、俺は、ずいぶんしんどくバレーをやっていたように思う。この国のバレーのためになりふりかまっていられなくて、俺を最後までまっすぐ立たせてくれた影山の存在に俺は洗われ、愛さずにはいられなかった。きっとそういう俺の姿はあんまりかっこよくなかったから、応援してやるか、と思ってくれた人たちがいたんじゃないかと思う。

「日向。つくづく俺はお前ほど、イケメンなメンタルしてないけどさ」
「え!? い、イケメン!?」
「でも、俺にも影山のためにできることがある気がして、諦められないでいる」

 時計を見やれば、11時55分を回ったところだった。

「バレーをやめて以来、ずっと予感みたいな焦りがある。俺はもう、バレーで影山を幸せにすることはできない。それは決まってしまっていて、今さらどうにもならない。その点日向には無限に可能性があるだろ」

 あえて取りざたするのがはばかられるほどの圧倒的不利は、口に出した途端、それみたことかと言わんばかりに俺を苦い思いにさせる。だが、受け入れなければ先に進めないことも分かっている。

「影山はお前を待ってたよ、ずっと。日向以上にバレーで影山に夢を見せられる人間はいない。俺はいつか日向に超えられて、一生分の嫉妬をするのかもしれない。その日を思うと覚悟が要るけど、やっぱり逃げる気にはなれない」

 何を思ったのだろう。視界の端でするりとベッドから立ち上がった影山は、1歩、2歩と歩いてしゃがみ込み、壁に背を預けて膝を抱えた。彼はベッドのへりを見るともなしに目を落とした。

「俺は自分のすべてをかけて、影山を幸せにするよ。そのために、影山のバレーを縛らないと約束する。日向、言ったよな。影山が幸せになってくれなきゃ困るって。俺もだ。影山が世界一幸せなバレーボール選手であってくれなきゃ困る。日向は、一人のバレーボール選手として、影山を幸せにしてくれるか?」
「します。約束します」

 脅迫めいた言い回しをしたつもりだったのに、そこで僅かほども臆さないのが日向翔陽という男らしい。その眩しさが、俺にとっての希望にもなりえるのではないか、と思い始めている。

「分かった。……じゃあ、何も言うことはない」

 時計は11時58分を指している。

「分業制でいこう。俺は影山のプライベートを支えていくから。バレー頑張れ」
「あれ? えっと、待ってください。これって、たとえば俺が影山にちゅーとかしたらダメな感じになってません……?」
「それは……まあ、な?」

 水を向けられた影山が、虚を衝かれて目を丸くし、俺と日向を交互にせわしなく見やった。そして、「は!?」と唸る。

「なんで俺がお前とち、キスすんだよ。おかしいだろ」
「だそうだ。キスはアウトとします」
「ええっ、不公平です! 俺そっちの列も並びたいです!」
「……ぁんでだよ、なんでお前がコッチ来んだ!」
「俺もよく分かんないけどさ! 嫌なんだよ、お前を誰かに取られるの! 八雲さんに、じゃなくて、八雲さん含む全人類なんかすげーイヤです!」
「意味が分かんねえ……」
「こうなると思ってた。もうしょうがない。そのための10秒だ」
「だから短いんですよー!」

 秒針が巡る。
 壁際に座り込む影山に向かって、示し合わせたわけでもないのに、俺と日向はにじり寄り始めていた。

「おい……ちょっと待ってください。怖ぇよ2人とも、来ないでください」

 もう背中は壁についていて、逃げようもないのに、影山は最後の足掻きで膝を折りたたみ、顎先を上げる。

「かーげーやーまー」
「やめろっ」
「好きだぞーっ!」
「俺のほうが!」

 俺たちは0時を迎えた。ぐちゃぐちゃにお互い何かを叫んで、結局どういう順序で宣言がなされたのか判別しようもなかった。ただそこには影山一人と、影山を好きでたまらない男が二人いて、最初からただそれだけだったのだ。

7.epilogue

「狭ぇ……」

 朝日を顔いっぱいに浴びながら、俺は目を覚ました。
 背が伸びたので、高校卒業後大きなサイズに買い替えた実家のベッドをもってしても、今朝は狭苦しく、理由は定員をオーバーしていること以外にあろうはずもなかった。

「起きてください。八雲さん。日向も」
「んー……」

 左隣の八雲さんが身じろぎし、鼻にかかった声を上げる。同時に、俺のTシャツの裾から手が入り込んできて、ぬるりと腹を撫でた。八雲さんは二人で住んでいる家でもたまにこれをやるが、寝ぼけているふりをしてものすごく起きているのを俺は知っている。普段は好きにやらせているが、今日はそうもいかない。その理由は、この人もよく分かっているはずなのだが。

「八雲さん、俺キレますよ」
「うーん」
「二人じゃないんスよ。おい、日向起きろ」
「んんー、むにゃむにゃ」
「むにゃむにゃじゃねェ!!」

 右隣の日向が、実際に言っている人など見たことがない寝ぼけ声を上げながら、俺の首に巻きついてくる。狭いわけだ。起きてる2人に意思を持ってしがみつかれてんだから。

「おはよう影山。日向さ、人の恋人に抱きつくのやめてくれねーかな」
「いや、人の恋人じゃないんで。なんか別れたって聞いたし、影山俺のなんで。八雲さんこそやらしい触り方するのやめてもらえませんか」
「お前のじゃねーよボゲ。おい八雲さん。今ここでそれ以上服めくったら家出します」
「おまえ、俺に一番効く技を知ってやがんな……」
「何年一緒にいると思ってるんですか」
「影山クン、俺の家に家出してきていいんですよ」
「しねーよボゲ! くそ、朝から疲れる……」

 これだけ言っているのに、俺の体の上でマウンティングが行われていて、2人は一向に離れようとしない。

「そんな」
「ん?」
「離れたがらねえほど、俺のどこがいいんですか。2人とも。へん」
「理屈じゃねーなあ。好きなものは好き。そんだけ。この顔もすげー好きだけどね」
「八雲さんは影山のことエッチな目で見てるじゃないですか?」
「見てるよ?」
「おい」
「影山、俺は違うからな。俺はお前の意思を尊重する!」
「影山に誘われたら?」
「影山の意思を尊重して、全力で取り組みます」
「ほぼ一緒じゃん」
「違いますよ!」
「もういい。手どけてください。起きます」
「あ、かげやま」
「影山ぁ」

 絡みつく蔦を振り切るほどくがごとく、俺は体を起こして、ベッドの上で深く息をついた。

「やっぱり、へんだと思うし、理由も分からないけど。でも」

 背後を振り返ると、朝日を浴びてきらきら光る瞳で、2人が俺を見つめていた。
 2人は俺を好きだという。しかも、どうやら嘘ではないらしい。

「……ありがと。顔洗ってきます」

 言ったそばから恥ずかしくなって、ベッドを降り、逃げるように洗面所に向かう。

「う……ぉおおおッ、なんだそれ影山ぁーっ」
「待て! おい! 俺以外に見せていいモンじゃないぞ今の!」

 背後から、足音が階段を駆け下り迫って来る。まだ6時なのに、両親が起きてしまう。

「別れてない! 絶対一生別れない!」
「ぁああ、やっぱ好きだー!」

 ふざけんなうるさい。親に聞こえる。
 くそ。
 俺だって好きだ。
 恋人とか、相棒とか、正しい名前を選んで付けるのは得意じゃないけど、ちゃんと俺も、愛している。
 だからお願いだ、どうか、そこにいてほしい。