intermission II

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You●uberパラレル(7)日影(、牛影、月影)

・<[]:>=配信チャット欄




 当社比、日向翔陽は明らかに覇気がなかった。
 夜も更け20時15分、日向が人気スマホゲーム「ワールドバレーボール」、通称ワルバリのランク戦配信を始め、すでに1時間20分ほどが経過している。その間、顔出し配信者である日向の顔がワイプ画面に映り続けているが、トレードマークの笑顔と元気は鳴りを潜め、ゲーミングチェアに深く腰掛け、淡々とランク戦をこなす時間が続いている。
 この消沈ぶりの原因は、1つには、満を持して誘った本日のランク戦を影山に断られてしまったことがある。影山はこのところ本業が忙しいらしく、前回一緒に行ってから1週間近く経っており、しかたのないこととはいえそろそろ寂しくなってきた。
 そして、これを原因とし、日向の最近の戦績が右肩下がりなのも精神衛生上よくない。勝てないわけではないが、すかっと胸のすくような勝利をしばらく味わっていない気がする。まあ、ここまではいい。原因も解決法も明快で、要するにまた影山とランク戦に行けるようになればいいだけなのだ。
 問題は3点目である。
 先日開催されたワルバリ公式イベント後、にわかに広がり始めた影山の交友関係に、日向はこのところ一喜一憂しているのだ。

「みんなさぁ。牛島さんっていう動画投稿者知ってる? 『牛島若利』」

 マッチング待機画面でせわしなくアバターを動かしながら、日向はぽつりとつぶやいた。
 日向としては、努めてさりげなくその名を口にしたつもりだった。しかし、よく訓練されたチャット欄はもちろんこの事態を予測しており、「あ……」「まあ……」「うん……」と気遣いにあふれたメッセージが大量に流れた。

「あれ? 何かを察している?」
<[****]:寝て忘れよう?>
「待たれよ。そんな事態じゃない。全然そんな事態じゃない」
<[****]:翔子にもすぐいいオトコ見つかるよぉ。元気出しなって>
「元気だよぉ!? いや違うって。えっとね、筋肉系チャンネルって言えばいいのかなあ、最近動画見つけて、すげー面白かったんだよね。って世間話ですよみなさん」
<[****]1000円:影山の件だろ? みんな分かってるから言いたいこと言いな>
「うぐ、スパチャありがと……動画見てたのはほんとなんだけど。そのぉ、牛島さんがさ、この前の金曜ワルバリの生配信してたんだよね。見た?」
<[****]:見た>
<[****]:途中から>
<[****]:影山がいるってツイで流れてきて見た>
「う、そう。そう。牛島さんワルバリ初心者だったらしくて、リスナーにいろいろ聞きながら進める配信だったんさ?」
<[****]:なまり新しいが?>
<[****]:煮てさ?>
<[****]:焼いてさ?>
「食ってさ? 食わないよ。で、案の定、チャット欄に影山登場よ。しかも名前『烏野窯』だから誰にも気づかれないでやんの。あとでバレてたけども」
<[****]:牛島さんの動画もともと見てたらしいね>
「それよ。あいつ結構鍛えてたもんな、体。特にお尻がさ……あ、マッチした」
<[****]:お尻が!?>
「よーし試合頑張るぞお」

 コートサイドに進んだ日向のアバターは、オレンジの髪を揺らして元気にストレッチをしている。現実世界版3D日向の精神状態とのシンクロ率があまりにも低い。

「あ、で、影山の話ね。なんか牛島さんとボイチャつなぐなどして、仲よくなっちゃって。なっちゃってっていうこともないんだけども。すごくその……濃密な1時間? 1時間半? のあと、また一緒にゲームしようね、ってなって終わってたよね」
<[****]:日向も配信見てたの?>
「俺はアーカイブで見ました。あーレセプ遠いっすねえ。任せんべ」
<[****]500円:拾えボゲェ>
「棒読み先生人格乗っ取られてる! スパチャありがと、自我を取り戻して! あヤバ。ヤバい、ハイ俺! 俺です。わーごめん、今のブロックしくったのマジ申し訳ない。セッター影山だったら俺をコンクリに詰めて人気のない海に捨ててるところだろうなあ」
<[****]:いや草>
<[****]:影山ヤクザじゃねえのよ>
<[****]:1週間連絡取ってなかったせいで影山の解像度落ちてるぞ>
「はい次取る。取る! はいA、これはAパス。ヨーロッパではAパスですこれ。セッターのポジションとスロットの意識がうんたらかんたらです」
<[****]:リアルバレー知識のうろ覚えが過ぎる>
<[****]:影山から聞いたやつね>

 セルフAパス判定したレシーブはセッターに返り、その後飛んできたトスを日向は無事にポイントエリアに叩きつけることに成功した。実力が拮抗しているのか、一進一退のラリーが続く。

<[****]400円:牛島さんの配信中、日向何してたの>
「スパチャサンキュー! 配信中……あの、動画ね……ああ。動画作ってましたね」
<[****]:ほう>
「よっしゃい! うぉ、これ勝つかぁ! でかいでかい」
<[****]:ナイス>
<[****]:gg>
<[****]1000円:よくやった>
「上司か! あざまーす、勝ったぁ。よしよし」

 最後はややパワープレイ気味だったものの、野良で無事1勝を挙げ、日向はほっと息をついた。ワルバリは4対4のPvPゲームで、上位層では、悪くするとランク戦2時間全敗に近い戦績となることもある。成績は配信の人気に一定の相関関係があり、固定リスナーをつかんでいる日向でも、やはり勝つに越したことはない。今日は残念ながら野良だが、どうやら泥沼デーではないようだぞ、と日向は胸を撫で下ろす。
 次のマッチングの前に、日向はひとこと断ってサーモボトルの水を飲み、チャット欄に目を向けた。

「『何の動画ですか』。あの……はあ、あのね。どれだと思う? この1週間で出したやつ。はい。はい。そうそれ。『遠方彼氏声選手権』」

 選択肢としては、一応10択程度はあったはずなのだが、異口同音に挙げられたのは一昨日深夜にひっそりと公開したネタ動画だった。作っている間はノリノリだったのだが、公開間際に「これはもしかして、自分しか面白くないのでは?」と不安になり、結局ゴールデンタイムを外して送り出してみたところ、24時間で早々に再生回数10万台に乗り、日向は自分の動画クリエイターとしての嗅覚に首を傾げているところだ。

<[****]:アレでしょうなあ>
<[****]:よりにもよってか>
<[****]:遠方彼氏声選手権とは……?>
<[****]:後方彼氏面みたいな言い方すんじゃん>
<[****]:解説しよう。日向どうぞ>
「俺かい。えっとね、あ、動画の概要欄読むね。『遠方彼氏声選手権とは、リビングのテレビで動画を再生し、キッチンで料理をしながら声を聞いたときに、日向翔陽が一番彼氏っぽいなと感じた人が優勝という由緒正しく厳格なeスポーツ競技である』だそうです」
<[****]:eスポーツだったのかよ>
「あのね、eだよあれは。eのものよ。ちょー白熱したよね」
<[****]:正直面白かったぞ>
<[****]:審査が難航して調理時間が延びた結果夜ご飯豪勢になってて草だった>
<[****]:日向の「ご飯できたよー?」がどんどん上達してたね>
<[****]1200円:誰が出場したの?>
「わ、スパチャありがと! えっとね、影山と月島と山口。結果は動画を見てほしいんだけど、あのさ、マジでこれ3人ともめちゃくちゃよかった。びっくりしたよ俺は。隠れた才能を発掘してしまったよね」
<[****]:遠方彼氏声選手権でのみ発揮される才能要る?>
「要るだろ! なんか……名誉だろ!」
<[****]:まあみんな声はもともといいから>
「そうそう、それな。あと滑舌いいよな全員」
<[****]:影山パートの「やめろ」「何してんだ」「ぁあっ……」みたいなゾーン何?>
「それはね。偶然だよ」
<[****]:趣味が仕事になるって羨ましいな>
<[****]:その動画の撮影してて気づかなかったんだ>
「あ、ううん。撮影はまた後日で、金曜日は、その動画用の素材作ってた。具体的に言うと、俺と影山の通話音声から、俺の声だけをつまんでカットする作業をしていた」
<[****]2000円:あの……これ、少ないけど>
「気遣うな!? ありがとう、気遣わないで! 俺は元気だよ。10万……15万再生ありがとう! みんなを笑顔にできて幸せです!」

 空元気のようであり、15万回再生は素直に嬉しくもあり、日向は複雑な思いで拳を突き上げた。牛島若利の配信を仮にリアルタイム試聴できていたとしても、きっと状況は何も変わらなかったに違いない。あるとすれば、影山より先に日向が牛島へのサポートを申し出るパターンくらいだが、日向が牛島フォロワーでない以上望み薄だ。
 そもそも日向としては、影山に友人が増えようがどうしようが関係のない立場のはずだ。なにせただのゲーム友達なのだから。ところで。

「影山ってさ、タメ世代に対してと、しゃべり方全然違ったよな」
<[****]:後輩モードだったね>
<[****]:きれいな影山的な?>
「んー、猫かぶってるっていうより、あれもあれで影山の素って気がするなあ。あと単純に、俺が気を許されているというのもあるよね」
<[****]:驚くほどすぐ調子乗るじゃん>
「ただあのー、気になってんのがさ、二人とも宮城住みみたいなんだよね」

 顎先に手を当て、日向は急に、学者のような顔つきになる。「しかもわりと近そうだった」と応じるコメントに、日向は頷いた。

「だよね? まあだからといって何というわけではないけどね」
<[****]:ちょっとオフコラボしやすいだけだよね>
「うん……」

 そう。それは気になる。むしろ、まだ「オフコラボ」として表に出るものならいいが、ネット上では一切明かさず、実は二人で会っていましたというパターンもありえる。どちらかというと、そのほうが堪える。

「あとさ、純粋な疑問なんだけど、牛島さんのチャット欄で『牛島さん影山のこと好きなんじゃね?』みたいなコメントを結構見たんだけど。あれはー……どういうニュアンスなんだろ? なんかさ、単に気に入ってるっていうんじゃなくて、コメントが妙にはやし立てる感じっていうかさ。端的に言うと、うちのコメ欄みたいだったんだよね。気のせい?」
<[****]:日向と同じで恋愛の意味で好きってこと?>
「俺は違うよ?」
<[****]:えぇっ! 違うのかい!?>
<[****]:マジか、てっきり……>
「おいおいリスナーたち、今まで俺の何を見てきたんだい」
<[****]:ホテル凸してるところとか、ツッキーに対抗意識燃やしてるところとか?>
「ぅおおおホテル凸はマズいマズい人聞き悪い! あと月島とは切磋琢磨し合うよき関係だし、それはPSの話で、影山全然関係ねーべ!」
<[****]:だよな。この前配信外でツッキーと影山ランク戦回してたけど、関係ないよな>
「え……ナニソレ……?」
<[****]:ワイプ百面相で草>
「待って待って? いつ?」
<[****]:先週? 対戦相手の配信見てた>
<[****]:俺も見た>
「デモたまたまの可能性あるヨネ?」
<[****]:チーム結成マーク出てたよ!!>
「あ……ふーん、へえー、バグかな?」
<[****]:グッチーが用事あるって言ってた日だったような>
<[****]:影山が自分から声かけるとは思えないし、一緒に行く人いなくてツッキーが誘ったんじゃない?>
「あのぉー……月島って影山ととってもギスギスしてなかったっけ?」
<[****]:日向もしかして、ツッキーが影山をほんとに嫌いなんだと思ってたの?>
<[****]:おいおい冗談だろ?>
「う、うぐ……」

 痛いところを突かれて、日向は画面の中でキャスターごと後ずさる。
 月島が影山を心底毛嫌いしているわけではないことくらい、もちろん知っていた。作品と本人の人格の間で引き裂かれかけてはいたが、少し付き合えば影山の本質は見えてくる。聡い月島ならなおのことだろう。意外と抜けているところも、隙だらけなところも、反面、自分の本分に関しては一本通った哲学を持ち、努力を惜しまないところも、きっと知っているだろう。
 それでも、もっともっと外面を繕っていくのだと思っていた。配信外で行ったというのは、ある種誤魔化す意図があるとも言えるが、影山に対して隠さないとなると、話が変わってくる。
 抜け駆けじゃん、と日向は思った。
 マイクに乗せては言わなかった。抜け駆けというのは、普通、恋のさや当てをしている人物の間で使う言葉だからだ。

「……人生波乱万丈」
<[****]:まとめ雑で草>
<[****]:日向も影山とまたランク戦行けば?>
「うん……影山がヒマになったらね」
<[****]:なんで忙しいの?>
<[****]:俺らがいっぱい通販したせい?>
「それもすんげーあると思うけど、なんかね、イベントやるんだって」
<[****]:イベント?>
<[****]:本業で? 個展とか!?>
<[****]:動画の概要欄になんかそんなこと書いてあったような>
「そうそう、それ。個展じゃないけど」
<[****]:あれ何回読んでも意味分からん。何やるの?>
「はは、影山ああいうの苦手そうだもんなぁ」

 しゃべりながら影山のチャンネルの最新動画を開く。つい先日投稿された、素焼きの器に釉薬をかける作業の垂れ流し動画23分だ。素焼きの器が木の板とこすれる音や、釉薬が静かに重ねられていく水音など、ASMRとして非常に優秀な動画だった。ちなみに、今回もやっぱり影山は動画に顔を映していなかった。影山が参加したワルバリのイベントアーカイブは公開期間が終了しているので、再び世間に影山の顔を知れる媒体はなくなったことになる。

「えっとね、前に俺がカフェの中のショップで影山の酒器買った話したっしょ? そのカフェ都内にあって、カフェスペースの横で、いろんな窯から卸した食器を展示販売してるんだよね。そこと烏野窯で1か月くらいがっつりコラボやるらしくて、その準備やってんだって」
<[****]:烏野窯の食器買えるの!?>
「販売はね、人が殺到するとマズイっていうんで今回はやらないらしい。もうちょっと落ち着かないとそういうのは厳しそうかな。その代わり、烏野窯の食器でランチできる特別なコースが食数限定で用意されるんだって。メニュー決める段階からカフェと影山とで打ち合わせして、料理がいっちばん映えるように器作ったらしくてさ、俺写真見せてもらったけど、ほんとすごかった! 料理と皿が一体化してるっていうのかな、1つの芸術作品って感じ。あれは一見の価値ありですよ皆さん。……なんで草生やすの?」
<[****]:プレゼン100点で笑ってるんだぞ>
<[****]:日向のおかげでどういうイベントかやっと分かった>
<[****]:そういうとこマジでプロ配信者で笑う>
「えっそう!? あ、ネット予約制らしいから無計画に突撃すんなよ。ちなみに予約ページはまだできてないからな!」
<[****]:フォローも完璧で草>
「え、えへへ? あざ……」

 急にリスナーに褒められ、日向は照れた。影山には普段、日向の本業である配信活動に直接に間接に力を貸してもらっている分、多少の礼ができたかもしれないと思うと嬉しい。
 ふと時計を見れば、ランク戦もあと15分ほどだ。マッチングにかかる時間を考えると、できてあと2戦といったところだろう。対戦の準備に進んでいると、配信管理用の画面にポップアップが出てきた。アバターの操作をしながら顔を向けると、「影山さんからメッセージ」の文字があり、日向は目を丸くする。

「ぅおっしょい!」
<[****]:どうした?>
<[****]:影山?>
「なぜバレたのでしょうか……影山だ。なんだろ」
<[****]:急に元気になるな>
「なってねーし!」

 試合が始まるまで、あと20、30秒ほどある。日向は素早く通知をクリックし、ボイスチャットサービス内の機能で届いた影山からのメッセージに目を通す。
 いわく、お前ランク戦のあとひま? とのことである。

「暇じゃねえし……」
<[****]:お?>
<[****]:なんか誘われた?>
「暇じゃないけど時間を作ってやらんこともないぞと!」
<[****]:顔と台詞合わせようぜ>
「なになに? 『時間ない。5戦』。あいつ言葉をそぎ落としすぎじゃない?」

 首を傾げながら、短く了承の返事を送り、日向はランク戦画面に向き直る。間もなく笛が鳴り、試合が開始される。

「えー、もー、しょうがないなあ。なんだろ、5戦って?」
<[****]:嬉しそうだなー>
<[****]250円:アバター衣装がもらえるイベント今日までだからでは>
「あー! なるほどね! スパチャさんきゅ、あれって今日までだったんだ。早めに取ったから忘れてた」

 ワルバリでは、先日からお花見キャンペーンと銘打たれたイベントがゲーム内で開催されていて、条件を満たすと特別な衣装がもらえるようになっていた。アバターのダッシュ時に桜の花びらが舞うエフェクトのついた衣装で、ちまたではかなり評判がいいようである。

<[****]:3日連続ログインで衣装チャレンジ解放だっけ>
<[****]:累計じゃなくて連続だから忙しい人は取り逃すよね>
<[****]:5戦やれば衣装もらえるの?>
<[****]600円:花見イベントは本日24時まで。3日連続ログイン後5勝すると桜衣装がもらえる>

 ゲームに小休止が入ったところで、日向はイベント概要を説明するチャットに礼を言い、ふと首を傾げた。

「あれ? 5勝? 5戦じゃなくて?」
<[****]:5勝だよ>
<[****]300円:結構苦しんだから5勝で間違いない>
「ありがと! さっきの影山のメッセ、5戦て書いてたんだよな」
<[****]:勘違いか?>
「影山の勘違いかもしれないけど、勘違いじゃない気がしている俺がいる」

 マップ内で大胆なダイアゴナル・ランを決めた日向は、勢いのまま得点をもぎ取り、勝利を収めた。ふう、と息を一つついて、時計と相談し、今日はこの勝利を最後にランク戦を切り上げることを決める。

「影山さぁ」

 ヘッドホンを外し、日向は頭をかく。

「5戦で5勝するつもりくさいな……」

 コメント欄は「ははは」と笑ったあと、「それだ」と口をそろえた。

「ワルバリってそういうゲームじゃな、ぅおわ!」

 今度は着信だ。影山の名前を確認し、日向は慌ててヘッドホンを着け直す。

「もしもし!」
「行けんのか」
「おま、お前さぁ! 『久しぶり』とか『元気にしてた?』とかあるでしょうよ、親しき仲にもなんとやらだぞ!」
「行けねーならいい」
「行ける行ける! はいはい、お前のために9時きっかりに終わってやったぞ!」
「ん」

 最小にエネルギーを切り詰め返答した影山から、チーム結成申請が送られてくる。愛想はないが、聞き慣れた、けれど一生飽きることのなさそうな艶っぽい声に日向は口元をくねらせる。褒めるのもしゃくだが、まあさすがに、日向杯遠方彼氏声選手権で優勝しただけのことはある。

「お前さぁ……そんな忙しいの? 大丈夫?」
「生きてる」
「ぎりぎりじゃん」
「ランク戦の時間がダメ。体が空かない」
「あー、そうなんだ」
<[****]2500円:体が空かないってなんだかエッチですね>
「おい影山に聞こえたらどうすんだよ! 名前覚えたからな! お礼もあとで言うぞ!」
「聞こえた」
「すみませんうちのリスナーちょっとおかしくて!」
「お前も変だけどな」
「ぬぐううう!?」

 暗に、「お前もエッチだなと思ったんじゃないのか」と問われた気がして日向は冷や汗をかく。そんなことは断じてない。多分。

「影山さぁ」
「ん?」
「もしかしなくても、5戦で5勝なさるおつもりで?」
「そりゃそうだろ。時間ねえんだよ」
「うーん。何かがおかしいんだよな、こいつは」
「何のためにお前誘ったと思ってんだよ」
「うんまあそれは……エ!?」

 日向が潰れたカエルのような声を上げたところでマッチングが完了し、日向と影山のアバターはコートサイドに進んでしまう。

「ちょ、影山くん!?」
「オラ行くぞ。レセプ取れよ!」
「影山くん! 影山! お前デレたよね今!!」
「うるせー走れ。あ、お前桜のエフェクト切ってんのか? 遠目に見やすいから付けろよ。何のためにソレ着てんだよ」
「ふんわり花柄コーデがカワイイからでしょうが!? お前が衣装欲しがるとか珍しいと思ったら効率厨だった! なー、ていうかさっきのデレもっかいくれよ!」
「言わない」
「言わないってことはやっぱデレじゃん!」
「デレてねえ」
「嘘つけー! 恥ずかしがんなよ影山クン!」

 小一時間前の消沈ぶりはどこへいったのか、夜は9時を回って日向は俄然元気いっぱいだ。なんだかんだ、一番仲がいいのはこの二人ではないか、と誰もが思っているが、日向と、それから影山だけがそのことに無自覚なのだった。



引用元:
影山にふられたのでソロランク【ワルバリ】(日向のゲームチャンネル)
施釉 蛍手ランプシェード(烏野窯)