intermission II

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原作軸(侑影)

・侑影、2019年3月





 ベッドに寝転ぶ侑は、取って付けたような上機嫌だった。

「はは、ウケる。こんなんでつられるヤツほんまにおるんやな」

 宮の手にはスマートフォンがある。影山は1人掛けのソファーに腰かけ、彼を遠巻きにし、有り体に言うとあきれていた。

「『宮侑と影山って不仲じゃなかったの?』『こういう関係も認められるべきだと思う!』……はー、さむいさむい」

 ツイッターでも見ているのだろう、宮は演技がかった口調で画面の文字を読み上げている。スマホに照らされ薄暗い部屋に青白く浮かび上がった宮の顔は、相変わらずへらへらと笑っているが、影山には何が面白いのだか分からない。

「宮さん、俺帰っていいっすか」
「んー、まだパパラッチうろちょろしとるんちゃう?」
「ぱぱらっち」
「写真週刊誌の記者、オア、スマホを持った一般人」
「みんなじゃないですか」
「せやで、一億総マスコミ時代の到来や」
「……なんであんなことしたんですか」
「別に。なんとなく」

 宮に適当に濁されたところで、カフェテーブルの上に置いた影山のスマホがぶるりと震えた。画面に目をやれば、おびただしい数のポップアップが表示されていて、友人知人チームメイトその他から大量のメッセージが届いていたことに気付く。

「誰がなんて?」

 寝そべったままの宮が影山を瞳に映し、目を細めていた。先ほどまでの薄っぺらな笑顔に比べれば、幾分真実味の増した、侑らしさのある表情だった。

「見てません」
「見てよ」
「……『お前らバカじゃね?』」
「待って、当てる。星海やろ」
「そうです」
「よっしゃ。もいっこもいっこ」
「『宮侑の連絡先教えて?』」
「え、誰」
「菅原さん」
「ん? ああ、烏野のセッターか。怖っ、絶対教えんといてや。牛島くんは? 来てへん?」
「来てます」
「読んで」
「『影山へ。先ほど、ネットニュースになっているのを見た。相手についてはとやかく言わないが、いち社会人として、往来で口づけを交わすのはよくない。お前の言い分もあるだろうから、帰ったらキャプテンを交えて話をしよう。牛島』」
「なんやその厳格ながらも優しさを持ち合わせる父親風のライン」
「いや、牛島さんは父親じゃないです」
「せやろな。って、うわ俺にも来とる……いやなんで俺にはコレだけやねん」
「牛島さん、何て?」
「『合意か?』やて。差別や差別!」
「……宮さん」
「なんですか」
「俺もよくないと思います。チームにも会社にも協会にも、怒られます」
「……そ?」

 人通りの多い交差点で青信号を待っていた。周囲からひそひそと囁き合う声が聞こえて、宮も影山も顔を指された。影山はキャップをかぶっていたし、宮はマスクをしていたが、最近、そんなものじゃあまり意味がないらしい。
 宮侑って、誰々と付き合ってるっていうバレー選手?
 そんな声が聞こえた。挙げられたのは女性の名前だった。
 テレビに疎い影山は、名前を聞いても顔を思い出せなかったが、たしか、どこかの局の女性アナウンサーだったと思う。少し前に、宮と付き合っているとか何とか、噂になっていたような気がする。
 ――影山。
 名字で呼ばれた。怒っているなと思った。
 振り返ると同時に腕を引かれ、影山は目を見開いた。そのまま、鬱陶しげにマスクを外す宮に抱き寄せられて、気が付いたときにはキスをしていた。息を呑む声が周りから聞こえてきて、パシャ、とシャッターを切る音もした。それが今ネットに出回っていて、「男子バレー宮・影山まさかの路チュー!?」という記事にまとめられたらしい、千鹿谷のラインにリンクが貼ってあった。
 宮と影山は横断歩道を渡らなかった。
 駅に向かうのをやめてなだれ込んだホテルは、装飾がやたらときらきらしていた。

「確かに宇城明美と連絡先は交換したで」
「したんですか」

 そうだ、そういえばそんな名前だった。「ウジョウちゃん」は今、どこかの局でスポーツニュースのコーナーを担当しているはずだ。

「人づてに。教えてもいい? って聞かれて、別にええよって言って、今友達リストにおるわ」
「へえ」
「でも俺あの人趣味ちゃうんよな。モデルみたいな感じで、むっちゃ派手やん」
「はあ、そうですか」
「飛雄くん毛ほども興味ないやろ」
「すみません、ないです」
「とにかく、会うてもおらんのに、なんや記事になってた。ソース不明。番組の打ち合わせで二人でしゃべった内容載っとったし、あっちのリークなんかなて。迷惑すぎるやろ」
「リークって……すごいっすね」
「おかげでチームに根ほり葉ほり聞かれるし、ファンの子びーびーうるさいし。かと思えば『宮・影山不仲説』とか出とるし。まあソッチは事実やねんけどな?」
「俺宮さんと不仲だったんですか」
「せやで。なにせ二人はライバルやん。ほら、そのー、ここだけで飯とか行かんもんな」
「この前取材のあと食いましたよ」
「あっ。いや、あれは仕方なしにや、腹減って限界やってんもん」
「どう違うんすか」
「ちゃうやん。いや知らんけど。ええねん、とにかく俺と飛雄くんは不仲で」

 宮は右手に握り締めていたスマホをシーツに伏せ、影山をその瞳に捉えた。

「でもチューとかすんねん」

 影山は数度瞬きし、「しないです」と首を振った。
 すると、むくりと起き上がった宮が、裸足のままベッドから降りて影山の正面にやって来る。

「すんねん」
「なんでですか」
「しとるほうがおもろいって」
「面白くなくていいです俺」
「君の都合は聞いてへんのよ」

 小物を置く以外の機能を期待できない華奢なカフェテーブルに、宮は憚りなく尻を預け、だらりと垂らした腕をゆるく組み合わせる。

「俺ほんまにムカついとんのよな。エラい人らが、遊ぶなとか、彼女つくんな、おっても隠せとか言うやん。でもフリーでおる間は、一生こういう噂から逃げられへん。証拠もないのに勝手に信じて、ほんで勝手に失望してグチグチ言うアホがおる。コスパ最悪やろ。ほんなら、なんや、彼女以外と落ち着けってこと? 男どうしくっつけば満足? ……って、思て。試してみた」
「どうでしたか」
「騒がしいわ」
「そうっすね」
「ごめんな。えっちなキスして」
「昼神さんと牛島さんに今の説明してくれたらいいですよ」
「……死刑宣告?」
「いや、全然、生きてください」
「牛島くんは嫌や。箱入り娘の家に交際申し込みに行く感じのそれや。しかも事後」
「じゃあ俺相手にしねーほうがよかったと思います」
「そらまあそう……やけど、そや、そう、説得力あるやん」
「説得力?」
「宮が男とデキとるで! ってなって、普通『そんなアホな』言われるんがオチやろ。でも相手が飛雄くんやったら、たぶん『もしかして?』って思うヤツおんで、知らんけど」
「はあ、いないと思います」
「おるて。分かるやん」
「なんでですか」
「いや言わそうとすな」
「分かんないんで」
「……ツラツラ、顔や、それ以外何があんねん。あちこち男引っ掛けて、あ、見たでこの前、ファイナル来とった後輩。チャラそうな茶髪の。ペンのケツで頭小突かれて、耳まで真っ赤にして、アレ何?」
「金髪の宮さんに言われたくないです。バレーはちゃんとしてるヤツです」
「はい? 俺かてバレーちゃんとしてますけど?」
「どこで張り合ってるんですか。バレーちゃんとしてない宮さんとか、もう宮さんじゃないでしょ」
「複雑な褒め方すんなや」
「褒めてはいないです」

 テーブルを軋ませながら、ゆらりと宮が立ち上がる。無言で身をかがめた宮は、影山の座るソファーのひじ掛けに両手をついた。

「あームカついてきた」
「じゃあ、もう寝ちまえば」
「うーわ、飛雄くんのエッチ」
「なんでですか……」

 宮の腕に囲い込まれた影山は、もぞもぞと身じろぎし、顔をしかめる。

「なあ、さっきキスしたときも思ったんやけど、飛雄くんええ匂いすんな」
「げ。嗅がないでください」
「ええやん、減るもんちゃうし。なんやろな、石鹸ぽいけど、もっとええ匂い」
「……シャワー浴びてきます」
「いけずか。そしたらラブホの安っすいシャンプーの匂いになってまうやん」
「ここ、やっぱりラブホテルなんですね」
「せやで。ドキドキしてきた?」
「……俺ら、入るとこ見られてましたよね」
「あかん違うドキドキやこれ。シュヴァイデン本社に呼び出されるかもしれへん」
「どっちにしろ寝たいんで俺風呂入ってきます」
「おん……一緒入る?」
「入らないです」

 覆いかぶさる姿勢のまま頑として動かない宮を、ジャングルジムの類として諦め、影山は腕をくぐってソファーを立った。ハンガーポールの下からバスローブを見繕い、バスルームへと向かう。

「飛雄くん」
「はい?」

 肩を落とした宮が言いよどむので、とうとう反省したかと思い、影山は立ち止まった。あのな、と宮は難しげに言葉を探す。

「なんですか」
「もし。もしもやで」
「はい」
「飛雄くんがケツで俺を受け入れる準備をしてきた場合、そこはまあ俺も男やから」
「床で寝てください」
「オイコラ年上やぞォ!!」
「俺、言ってませんでしたけど、結構前から宮さんのこと先輩と思ってません」
「ウソやろ! 敬えや!! そんで場を和まそうっちゅう俺の気遣い無下にすんなや!」
「和まねえだろ」

 地団駄を踏む宮を横目に、影山は風呂場のドアに手を掛けた。以後スルーを決め込もうとしていることに不満を抱いたらしい宮が、やはり裸足のまま、影山のそばにやって来る。

「なあ、飛雄くん俺の扱い雑すぎん?」
「……先輩とは思ってませんけど、尊敬してないとは言ってないです」
「そらそ……ほぉん? え、なに? 上げて落として上げるん流行ってる?」
「だから、先輩ヅラしなくていいです」
「おい、どないや」
「――俺も後輩ヅラしません。ムカついたら言うし、宮さんも、ちゃんと俺にキレてください」
「……どしたん」
「対等がいいです。だめですか」

 まっすぐ瞳を見つめて言うと、ぱち、ぱちと宮は瞬きをした。

「……ん。ええよ、それで」

 せやから、これはパワハラではないで。
 そう言う宮に、どうしてか、またキスをされた。頭の後ろに手を回されて、ねっとりと唇を食まれる間、影山は黙ってじっと立っていた。

「俺は君に負けたないって思うけど」

 唇が離れる。
 影山のよく知る宮がそこにいて、深謀遠慮と、明晰さのにじむ瞳がこちらを見つめていた。

「『君なんかに』負けたないって、思ったことは一回もないで」

 影山はその瞳が好きだった。



 影山と入れ替わりに宮がシャワーを浴びに行き、ベッドの中でごろごろしていると、日向からのメッセージがスマホに届いた。曰く。
 ――なにごつ?
 何事か、という意味らしい。「抵抗。」と短く答えると、すぐに既読がついた。
 ――何への!?
 首を傾げながら、社会、と答えた。どうだかよく分からない。影山が決めたことではないので、宮に聞いてほしい。
 すると少し間を空けて、もう1通メッセージが送られてくる。
 ――お前侑さんとどうなってんの? ちなみに俺、「もしかして?」って思ってますよ。
 宮の言葉を思い出した。相手が影山なら、「もしかして?」と思う人がいるかもしれない、らしい。理由は不明だ。影山は何もかもに首を傾げ、「なんで」と折り返した。
 日向は返事をくれる。

 ――お前は、人生において、「宮侑」って人をだいぶ贔屓してると思うから。

「飛雄くん、上がったで。ちゃっちゃとエッチしよか!」
「……してねぇよ贔屓」

 最悪のタイミングで最悪のセリフがインサートされ、影山はベッドに沈んだ。日向の指摘に、心臓をつかまれたような気分になった瞬間だった。

「え、なんて? 冗談やんか、そない恥じらわんでも」
「早く寝てください」
「寝るて。ほら、隣空けてや」
「……どうぞ」
「はいどうも」

 部屋の電気を消さないまま、宮が隣に滑り込んできた。まだ寝ないつもりなのだろうかといぶかってベッドの中で振り返ると、頬杖をついた宮が、今度こそ本当に機嫌よさそうに影山を見つめていた。

「な、事後写真前撮りしよ」
「じご……は?」
「エッチしたあと風の写真。ほれ、髪乱して、バスローブの胸元もっと開けたれ」
「いや……は!? ちょ、何してるんですか!」

 もっと開けるどころか腰ひもに手を掛けてくる宮に驚き、影山は慌てて手を引き離しにかかった。宮の手に乱暴なことはできないので、指を一本一本はがす羽目になる。

「……写真撮って、どうするんですか」
「俺と飛雄くん、どっちかがガセネタでスッパ抜かれたときに放流すんねん、ネットの海に」
「……ヤバいでしょ」
「ええやん。自分の頭じゃなぁんも考えんやつらに好き勝手言われるよりマシや。カメラこっちな。はいピース。おいもっとエロい顔せえよ」
「無茶言うな」
「できんの?」
「できない」
「ほおん。ほな、しゃあないな。これはアレやで。やむにやまれず教えるんやから、セクハラちゃうで」
「う……いや、バカだろあんた!」
「こっちは何人つれるやろなあ。あ、ほんまに安っぽい匂いすんねんけど!」
「知りませんよ!」

 それから20分ほどをかけ、宮に手取り足取り指導された影山は、とうとう宮を満足させる写真を提供するに至る。すでに息も絶え絶えの影山だったが、したり顔で口元を拭う宮にこう言葉を続けられ、目を丸くして絶句した。

「本番こっからやで。先に言うたやろ? 前撮りやって」