intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

原作軸(牛影、モブ影)

・2017年4月

pixiv格納済み




 この春、代表初登録となった新人アウトサイドヒッターは、はきはきとよくしゃべる大学生だった。時刻は18時半を回り、合宿所の食堂は少しがらんとしている。侑も、隣の尾白アランも、「代表での緊張をほぐしてやろう」、などと気を遣ったわけではなかったが、食事に出遅れた者どうし自然ななりゆきで彼と同じテーブルに着き、その日の夕食を共にしていた。

「ほーん、モブっち中体大なんや」
「中体大です。えっ、宮さん俺のことモブっちって呼ぼうとしてますか?」
「友渕やろ? きゅってしたら『モブっち』やん」
「侑、そらないわ。モブキャラっぽいやんか、かわいそうや」
「あかんか。ブッチーとかにしよかな」
「いや、まあ宮さんの宗派もあると思うんで、別にいいですよ」
「ええんかい!」
「ほなモブっちで。宗派て、お前おもろいな」

 本当に気にしていない様子の後輩に、侑は笑った。コミュニケーション能力が高い一方、腹の据わった、からりとした人柄のようだ。

「モブっち彼女おんの?」
「いません。去年の末に別れました」
「マジ?」
「飽きられちゃいましたね」
「はえー、そうなん」
「いやいや、そんなことないと思うで。自分大事にしいや」

 慌てて慰めにかかったアランだったが、後輩は落ち着いたもので、「俺だめなんですよね」と肩をすくめる。

「マメに連絡取るの苦手で」
「あー、分かるわ。気付いたら2日3日経っとるとかあるよな」
「まあ12月とか忙しい時期やもんな」
「俺、男相手のときは割と自分からラインとか送るんですけど、女の人に返すの下手だからつい後回しにするんですよね」
「ん? おん。あかん、変な勘違いしかけたわ」
「アランくん、俺もや」
「ああ、俺バイセクシャルです」
「おぉ!?」
「勘違いちゃうんかい!」

 後輩はグラスの水でごくりと喉を潤し、「バイですバイ」と事もなげに言った。

「普通に言っちゃった。まあいいか」
「ほんで、どっちとも付き合うたことあるんや」
「そうですね。あんま続かないんですけど」
「お前モテとるな」
「宮さんほどじゃないですよ、絶対」
「侑は別や。にしても、お前大学2年やろ? 最低2人か、くっ……」
「男女ともおんなしタイプ好きになるん?」
「あ、結構違いますね。女の人は年上の、ちょっと落ち着いた感じの人が好きだし、男の人は……そうっすね。純情なタイプに弱いかも」
「純情って、……ウブってこと?」
「アランくん、ウブとか言わんといて、恥ずい」
「俺すげー面食いなんで、顔から入っちゃうんですけど、顔いいのにスレてない人とかきゅんとしますね」
「はえー、男のツラなあ」

 面食い公言するとか、やっぱりモテとるよな、とアランが悲しげな顔をする。
 気にならない侑は、つい代表のメンバーをポジションごとにざっと思い浮かべ、具体例を探そうとしてしまう。そんな侑の思考が読まれたのかそうでないのか、後輩の男はタイミングよく言葉を継いだ。

「代表で言うなら、俺影山さんが好みです。かなり」
「えぇっ!」
「飛雄くん!?」

 侑とアランはそろって食事の手を止め、友渕の顔を覗き込んだ。
 確かに、彼の言う条件に影山は当てはまっているようである。「すげー面食い」を自称する男のお眼鏡にも、それはかなうだろう端正な顔立ちをしているし、バレー一筋で、ふらふら遊んだりもしない。純情と言えば、そのような言い方もできそうである。

「最近直接会ってビビりました。テレビで見るよりヤバいっすね」
「顔?」
「顔。『美』って感じで。目の前いるとき発光してるみたいでした」
「発光てなに? 褒め方エグいねん……まあ、顔はええかもしれんけど」

 侑とアランは顔を見合わせ、渋い顔をつくって、後輩に向き直る。

「どうやろ、友渕。それはどうやろか」
「え? どうとは?」
「飛雄くんはやめとけって」
「なんでですか?」
「そら……飛雄くんは、牛島くんがおるやんか。べったり。なあ?」
「おん。旦那様っちゅうかなんちゅうか……」

 なあ、と侑とアランは言葉を濁しては通じ合う。もはや、暗黙の了解のようなものだと思っていたから、いざ言葉にしようとすると上手く説明できない。

「牛島さんと影山さん、付き合ってるんですか?」
「いや知らん。はっきり聞いたことはないな」
「せやけど、あれ手出しできる雰囲気ちゃうで。影山一人にすることほぼないし、ほんま身内に対する旦那様のスタンスやんか。つかず離れず。時にくっつき、意味もなく連れ立っとるし」
「そうなんですか……」
「モブっち鈍感すぎん? 3秒で気付くであんなん」
「影山さんしか見てなかった説ありますね」
「おい、わりとガチなんやめろ」
「わりとマジで好みなんですよ。あの人バレー以外ふわっとしてるっていうか、抜けてるじゃないですか。ギャップあってかわいいです」
「ふわっちゅうかボケっちゅうか」
「そら、牛島も目ぇ光らすわけやな……」

 悟りを開くアランに反論するでもなく、後輩は水の入ったカップを置いて、一人仕切り直した。

「あの。牛島さんと影山さんって、いつからそうなんですか」
「『そう』って、仲ええかってこと? さあ、侑のほうが詳しいんちゃうか」
「いや俺もよう知らんで。高校んときから多少絡みはあったらしいけど、飛雄くんから牛島くんの話が出るようになったんはアドラーズ入ってからやもん」
「牛島さんの話するんですか」
「むっちゃ食いつくやん。なんや、これ牛島さんから教えてもろたんですーとか、どこどこに出かけたーいう話で、よう聞いたら牛島くんと一緒やったとか、しょーもないことやで」
「へえ……」
「言うて、牛島も影山もずっと一緒に代表にも選ばれとるしな。ある程度仲ようなるんは当然ちゃうか」
「そっから踏み込んだ理由は知らん」
「そうですか……」

 ありがとうございます、と頭を下げ、後輩はしばらく何か考え込んでいるふうだった。
 その気になって二人を観察すれば、距離感のおかしさに気付くに違いない、そうすれば、彼も思い直すだろう。侑もアランも、そんなふうに軽く考えて夕食を終えたのだった。




 だだっぴろい合宿所の外周を夕食後の腹ごなしに散歩していると、「あかん!」とアランに腕を引かれ、侑の視界はぐらりと傾いだ。

「おわっ、何すんの!」
「前っ、前!」
「前って何が……、マジか」

 すっかり日の落ちた遊歩道で何か踏みかけたのかと足元に目をやれば、アランの指は前方をさしている。人さし指の先数十メートルには、文字どおり、人が並んで歩いていた。

「タイミングよすぎちゃう」
「牛島と影山も散歩かいな」

 合宿所の外周を少し離れた、別に面白いものもないだろう川べりを、二つの人影が歩いている。

「ちっか」

 二人の影は、遠目に2つになったり、1つになったりしながら、ただのチームメイトにしては近すぎる距離で連れ立っている。後輩の言ではないが、いったいいつから彼らはあんなふうだったのだろう、ずっと見ていたはずの侑にももう思い出せない。

「むしろ、何で、手、つないで、へんねん!」
「ピカソの本名みたいな切り方せんといて」

 押し殺した声で憤るアランに突っ込んで、侑は大きく息をついた。牛島が影山を見ている。表情なんて遠すぎて見えやしないのに、どんなふうに目を細めているか、どんなふうに影山の言葉を待つのか、もう想像できる気がする。

「手え引いたれや!」
「飛雄くんやで。コケへんよ」
「いやちゃうねん、コケへんやろうけど、ほれ」
「どれ?」
「エスコートや」
「なんでやねん。……なあアランくん。俺な。飛雄くんは立派な成人男子やと思うねん」
「ハタチなったん」
「そういうことちゃうわ」
「せやろな。――何や侑、急にしっとりして」
「しっとりて何よ」

 侑はつい、口元を緩める。アランはこういうとき本当に勘がよくて、侑の言葉にきちんと耳を傾けてくれる先輩だった。

「何で牛島は影山の腕を引いて歩かへんのや」
「――牛島くんは分かっとるんやろ、きっと。あの子は誰かに守られなあかんような弱い子ちゃうって。自分に厳しいし、それで心壊したりもせん。自分の足でしっかり立つつもりで大人になったから」
「……そうなんや」
「手ぇ引いたら守るみたいやん。守られてくれっちゅうんは、男のエゴやん。気持ち押しつけて飛雄くんに逃げられてもうたら意味ないし、牛島くんは飛雄くんに告白せんまま、ああやって隣で見とるだけなんもしれへんな」
「それでええんやろか。っちゅうか、牛島が影山のこと好きなんは決まりなんか」
「惚れてへんと思う?」
「思わん」
「よな」


 それから4、5日経った。再び同席した食事の場で、おもむろに後輩は姿勢を正し、口を開いた。「結論から言うと」

「飛雄くんのハナシ?」
「はい」

 何の前振りもなく始まった結論報告会に、侑もアランも、つられて背筋を伸ばす。モブっちこと友渕は、箸をおき、喉を潤してからこう言った。

「付き合ってはいなかったです」
「は!?」
「やめとけお前! 聞いたんか!」

 ええまあ、と後輩は悪びれない。

「お二人と話してから、俺本当に影山さんのこと意識しだして、目で追っちゃうようになってたんで。いっそすっきりしたくなって聞きました」
「どっちに」
「牛島さん」
「何しとんねん」
「なんて言うたん」
「『俺、影山さんのこと好きになりそうです』。『いいですかね』」
「おいおいおいおいおいマジかお前」

 侑もアランも手のひらで口元を覆っていた。豆鉄砲を食らったような顔をする牛島が容易に想像できた。いきなり同性間の恋情を打ち明けられただけでも驚くだろうし、自分相手に許可を取りにくる行動も、大概理解不能のはずだ。それに答えるには、牛島はまず自分の感情と向き合わなければならない。

「お前、あかんぞ。それで牛島は何て」
「がんがん聞き出すやんか。それで牛島くんは何て」
「すごかったですよ、牛島さん。一字一句間違えず、多分俺思い出せます」

 短く息を吸って、後輩が暗唱していわく。
 「そうか。それなら俺は今から宿舎に戻って」、「その足で影山の部屋に行き、交際を申し込む」。

「え……」
「嘘やろ」
「ホントです」

 思いがけない返事に黙り込んだ後輩に対し、牛島は続けた。
 「ちなみに」。
 「俺は影山が断らないことを知っている」。

「どうです」
「いやどうですではないねん」
「どないなっとんじゃ牛島と影山は!!」

 つい先日思い描いていたのは、影山に遠慮し、一歩下がって彼を見守る牛島の姿だ。少なくとも彼らが現役で、第一線のバレーボール選手でいる間は、そのような距離感でやり過ごすのではないかと想像していた。

「牛島くん、踏み込むつもりあったんか」
「言わずに済むならそれでいいと思ってたそうですけど、それ以上に他人に譲るつもりはないと言われました」
「友渕お前、ほんまよう首つながっとるな」
「なんか意外や。自分の気持ち認めるにしても、『俺とお前で勝負やな』とか言うんかと思ったわ。普段グリーンカードコレクターやんあの人」
「多分、俺みたいな人間がいつか現れると分かってたんじゃないですかね。『影山に関して、俺はいくらでもズルをする準備がある』、だそうです」
「ヤバ……」

 本当に首がつながっているのだろうか、もしかすると霊体かもしれない後輩を前に、侑とアランはそろっておののき、疲労をあらわにした。

「友渕は人の恋路邪魔して、馬……牛に蹴られたっちゅうわけやな」
「じゃああの二人、今付き合うてんの?」
「いや、どうですかね。俺撤回したから、結局付き合わないままじゃないですか」
「撤回したんか。お前この1週間で唯一正しい判断ちゃうかそれ」
「いつか言うのかもしれないですけど、俺がかき乱すのも何だし。一回引きました」
「なんで急に良識的なんねん」

 アランに突っ込まれた後輩は、「そうですか?」と鈍感さを見せる。ここまで、登場人物の鈍感さと鋭利さのバランスがどうにもおかしいように思う。

「牛島くんは、臆病風に吹かれて手ぇこまねいとったわけちゃうかってんな。飛雄くんに指の先ぎりぎり触れんよう両手で抱え込んで、自分だけが手に入れられる距離で待ってただけや」
「あ、噂をすれば」

 後輩の声で振り返れば、通路の向こうで牛島と影山が並んで歩いていくのが見えた。牛島は影山を見ている。きっと影山も、見られていることを知っている。

「そういやモブっち失恋やん」
「いや、まだふられてはないんで」
「気丈か」

 やめとけやめとけ、とアランが言う。侑も、やめておいたほうがいいと思う。ぎりぎりの均衡の中、彼らはこの明るい食堂で、今日もまだチームメイトの顔だ。この関係を続けるのも、終わらせるのも、二人が好きに選ぶといい。