intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

You●uberパラレル(6)牛影

・牛影


6)

 もうデカい。もうデカい。もうデカい。
 配信を待つリスナーたちによる符牒のような言葉が、チャット欄を埋め尽くす。「もうデカい」だけでは「何が?」と首を傾げる者もいようが、10件に1件ほど、「今日も肩にちっちゃいジープ載せてんのかい?」と交じるのを見れば、ピンとくる諸氏もいるだろう。彼らが待機しているのは、ある筋肉質な男――牛島若利の午後9時スタート予定の配信である。定刻9時0分、1秒たりとも遅れることなく、男が画面の中に現れた。

「こんばんは。牛島若利だ。今夜も東北は宮城から生放送でお届けする」

 黒いTシャツをピッチリと着こなした精悍な顔立ちの男が画面に現れると、「もうデカい」のコメントは「ナイスバルク」「今日も切れてる」などの言葉に切り替わっていく。油断なく鍛え上げた己の体を広告塔に、筋トレ・体づくりに効果的な食事のレシピなどを紹介する「牛島若利(筋肉)」(チャンネル名)にて、今週も恒例の生配信が始まった。「肩にジープ」も「ナイスバルク」も、ボディビル大会で聞かれるかけ声として有名なフレーズで、生配信やプレミア公開動画の際、コメント欄は牛島の筋肉を賞賛する言葉で埋め尽くされる。
 牛島の活動は精力的で、週に3本から4本の動画をアップロードする。金曜夜の生配信では、冒頭15分ほどを使って動画の感想や、質問を紹介する時間が設けられていた。
 牛島は画面の右半分に自身を映し、左半分にメッセージボックスに届いたコメントを表示して、いつもどおりの落ち着いた声音で読み上げ始めた。

「月曜日の動画に感想を頂いたので紹介する。『スムージーの動画見ました。トレーニングを兼ねて麺棒で氷砕くなんてさすがだし、最終的にはやっぱりフードプロセッサー使う切り替えの早さも勉強になりました。僕も挑戦してみます!』。うむ。途中で気付いたんだが、スムージーの氷はかなり細かくする必要がある。結局はフードプロセッサーみたいなところがあるから参考にしてほしい。次」

 金曜日の生配信は、チャンネル登録者20万人記念の際に視聴者からのリクエストで始まったものだ。初回に行った、コントローラーをアタッチメントに装着して行う筋トレ系ゲームの配信が好評を博したため、以降はゲーム配信を中心に生配信を行っている。

「『わかピこんばんわ』。……こんばんは。『漢字ゲー配信まぢわら。』、先週やった『漢字で脳トレ』タイムアタック配信の件だな。ご視聴ありがとう。『わかピ常識人でちょーウケる。ウチも漢字の本買って勉強するね。byまりぽよ』。俺の配信がきっかけで勉強に意欲を持ってもらえたのであれば嬉しい。いいことだ、ぜひ励んでくれ。今週もたくさんのメッセージをありがとう。すべてに返事ができずすまない。さて、時間になったので今日のゲームを紹介しよう」

 画面が切り替わり、牛島を映す画面は小さなワイプになって、ゲームのオープニング画面が中央に大写しになる。金色の「WORLD VOLLEYBALL」の文字が登場し、コメント欄には「待ってました」と歓喜の言葉が並んだ。

「ご存じの方も多いと思うが、俺は高校までバレーボールをやっていた。今このバレーボールゲームが人気と小耳に挟んで気になっていたので挑戦する。基本的なルールとキー操作は覚えてきたが、セオリーは分からない。というわけなので今週も頼む。指示厨、集まれ」

 牛島がお決まりのフレーズを言い放ち、ゲームがスタートした。



「少し待ってほしい。心が折れそうだ」

 40分後、牛島はスマートホンから手を離し、ペットボトルの水をがぶりとあおった。
 念を入れ、クリア済みのチュートリアルでゲーム操作を再確認してから対人モードの1つ「トレーニングマッチ」に進んだ牛島だったが、なすすべもなく立て続けに3連敗を喫してしまった。初心者である牛島は「ビギナー」のランク帯におり、対戦相手も同じレベルでマッチメイクしてあるはずなのだが、驚くほど全く歯が立たず牛島は衝撃を受ける。

「有識者のリスナー、教えてほしい。端的に、どこがよくない?」
<[****]:大丈夫ですよ、キレてますよ!>
<[****]:普通に慣れでは? DL3日目のプレーとしては普通>
「そうか? 気遣いは要らない。正直、試合中はほぼパニックだ。バレーの試合のようにはいかないな」
<[****]:焦ってるのは分かる>
<[****]:とりあえずセッターピックはやめたほうがよくないか? 指示出すポジションだし>
「なるほど。セッターはやめておこう。俺は現役時代オポジットだったしな」
<[****]:オポジットって何? 野党?>
<[****]:牛島さんオポジットは解釈一致だわ>
<[****]:そもそもこのゲームってバレー経験活きるのか?>
「まさか……活きないのか?」
<[****]:モチーフがバレーなだけで、普通のゲームって感じする>
<[****]:確かに、普通にFPS系上手い人が上手いゲームだよね>
「それは困るな」
<[****]:筋トレしときますか?>
「やろう」
<[****]:刺激入れてもろて>
<[****]:見た感じリスナーもあまりワルバリ詳しい人いないですよね>
<[****]:視聴者層と一致してないかもね普通に>
「そうか。困ったな。せめて事前にゲーム名を告知しておくべきだったか」

 椅子を使って腹筋に取り組み、3秒に一度ワイプに顔を出しながら牛島は反省する。思案に暮れるチャット欄を3秒おきに追っていると、目に留まるコメントがあった。

「『牛島さん、座標見てますか?』。セッターからのチャットのことか? 見てはいるが」

 牛島が返事をすると、すぐさま同じアカウント名のユーザーからチャットが投稿される。曰く、「テキストじゃなくて右上のマップです。セッターの指定座標が赤く表示されるので、文字読むよりマップ見たほうがいいです」とのことだ。長らく指示厨こと有識者リスナーと会話してきた経験から、牛島はこの人物の意見に耳を傾けたほうがいいことを直感する。

「マップか。見ていなかった、ありがとう」
<デフォだとマップ小さいんで設定画面で調節したほうがいいです。ついでに、HUからNUに変えるのおすすめです>
「設定画面、これだな。HUとNUとは何だ?」
<ヘディングアップとノースアップです。地図の向き>
「……なるほど、進行方向が上になる設定ではなく、北を上に固定するほうがいいというわけだな。分かった、やってみよう」

 有識者が現れた気配を察し、チャット欄がリスナーの配慮で低速化する。
 普段もこうして指示を仰ぐことはしょっちゅうだが、「ワールドバレーボール」に牛島はどうしても胸がうずき、心惹かれるものがある。上達したい意欲も高いので、一言断ったうえで、牛島はそのアカウントの設定を変更した。

「詳しそうなので一時的にモデレーターにさせてもらった。あとで外すので勘弁してほしい」
<だいじょうぶです>
「ちなみに、ええっと――『烏野窯』さん。あなたはワルバリ界隈の方がたまたま来てくれているのか? それとも、俺のリスナーだろうか?」
<[烏野窯]:配信見るの初めてです。動画見たことあって、おすすめに出てきました>
「なるほど、初見ありがとう。ワルバリはよくやっているのだろうか」
<[烏野窯]:ゴールド帯なんで、ある程度やり込んでます>
「そうか、助かる。すまないが少し協力してほしい」

 この時点で、「おや?」と勘づいた視聴者が数名いた。「烏野窯」という名前を聞いた覚えのあるリスナーたちだった。しかし、視聴者層があまりかぶっておらず母数が少なかったこと、「烏野窯」のチャンネルではゲーム配信を行わないため、この人物が「影山」というゴールドランカーと紐づかない者がほとんどだったこと、そして「烏野窯」のコメントが流れてしまわないようコメントを控えたこと等々が重なって、このときは事態が顕在化することはなかった。

「ほかに設定を変えたほうがいい箇所はあるだろうか」
<[烏野窯]:オートエイム、少し下>
「これか。細かく分かれているんだな」
<[烏野窯]:セッターしねーならトスはオート、アタックは牛島さん次第>
「オートエイムのほうが当たりやすいが、オートエイムを外したほうが成長の余地は大きいという意味で合っているか」
<[烏野窯]:いえす>
「了解だ。アタック以外は最初はオートにしておこう。レシーブも」
<[烏野窯]:いいと思います>
「烏野窯さんはどんな設定に?」
<[烏野窯]:俺はセッターメインなんでトスもオートなしです>
「そうか」

 1時間近い迷走を経て、ようやく正しい方向に向かって取り組めていることに安堵しながら、牛島は「烏野窯」の指示に従いひととおりの設定を終えた。コメントを控えていたリスナーたちも活気を取り戻し、プレーの指導もしてもらったほうがいいのではないか、という意見が出始める。

「それは負担が大きいし、まず今の俺にはワルバリをしながらチャットを見る余裕はないぞ」
<[****]:それはそう>
<[****]:チャット打つほうもしんどそう>
「設定は改善されたことだし、bot戦を少しやってみてから、トレーニングマッチを試してみよう」
<[****]:了解>
<[****]:でも配信に金帯いるのラッキーすぎるし活かさない手ないのでは>
<[****]:VC無理なんか>
<[****]:烏野窯さんだめかな?>
「お前たち。いきなりボイスチャットとは不躾だぞ。あまり高望みするものじゃない」
<[****]:ごめんなさい……>
<[****]:すみません!!>
「烏野窯さんボイスチャット繋げますか」
<[****]:言うと思った>
<[****]:頼むんかい>
<[烏野窯]:できます>
「本当か。ありがたい。申し訳ないが、少し付き合ってもらえるだろうか」
<[烏野窯]:はい。メッセージボックスにアカウント送ります>
「助かる。ちなみに、名前の読み方は『からすのがま』さんで合っていただろうか?」
<[烏野窯]:合ってます。ただ、俺影山っていいます。VCの名前もそっちなんでよろしくお願いします>
<[****]:影山……?>

 ここまで言ってしまうと、さすがにピンとくる人の数が増えた。なんといっても先だって行われた公式配信で終始連呼され、話題をさらったトップランカーの名前である。通話準備のため影山が配信から落ちたあと、リスナーは次第に動揺を広げていった。

<[****]:影山ってもしかして、このランク1位のkgymさん?>
「なんだ、コメントがざわついているな。どうした」
<[****]:烏野窯さん多分かなり有名な人>
「……詳しく。影山さんが移動と機材設定で席を外している間に最大限の付け焼刃を頼む」
<[****]:了解>
<[****]:了解>

 かくして、影山飛雄に関する牛島とリスナーの即興勉強会が始まった。



 影山が通話に浮上した約10分後、牛島はひととおりの状況を了解していた。影山が登場する日向という人物の動画をざっと見て、烏野窯のチャンネルもチェックしたし、影山がワルバリのセッターとして輝かしい戦績を持つ人物だと知り、牛島は尊敬の念に包まれた。唯一心配だったのはリスナーの反応だが、「特定のリスナーと仲よくなっている」というよりは、「有名人とのコラボ」と受け止められたためか反発の声はなかった。それどころか、影山が実力の確かなプレイヤーであることが分かって、みないつも以上にはしゃいでいた。

「あなたはセッター1位の影山さんだったのか」
「あ……はい。まあ」
「そうか……」
「どうかしましたか」
「いや……。そこまで仕上げるには、眠れない夜もあっただろう、と思って」
「え、寝てます……?」
「いや、ちょっとした筋肉ジョークだ。気にしないでくれ」

 牛島が引用したのは、ボディビル大会において発せられたことで知られる著名なマッチョ賞賛フレーズだったが、影山は知る由もない。筋肉に偏った知識を持つリスナーだけがツボにはまって爆笑した。

「本当なら、こういったコーチングは有料で依頼すべきものだ。なりゆきで頼んでしまったが、あとできちんとお礼をさせてほしい」
「えっ、そんなんいいです。俺も牛島さんの動画参考にしてるし、そもそも俺プロじゃねーし」
「それはそれだ。とにかく、俺がおさまらない。礼をさせてくれ」
「……上達したら、考えてください。俺上手く教えられるか分からないです」
「心配はいらない。俺はズブの素人だから、今は何でも知りたい。お礼に、何か俺にできることがないか考えていてくれ」
「……うっす」

 影山と牛島以外の空きをbotで埋めながら、牛島は配信画面に目をやり、にわかに人が増え始めていることに気付く。もしかすると、影山がここにいると情報が出回っているのかもしれない。

「セッター視点で、アタッカーに求めたい一番の要素とは何だろうか?」
「個人的な意見でいいですか」
「かまわない。ぜひ頼む」
「ラストボール打つときに、射線に相手に入られないこと。ダイレクトブロックだけはかわしてほしいですね」
「そうなのか」
「よく、トスを安全に受けること優先してブロックにつかまるアタッカーいるんスけど、トスはこっちが持ってくんで、敵かわすこと意識してもらったほうがいいです。リモ……リモートブロックは読み合いだし慣れるのに時間かかるんで追い追いでよくて、でもダイレクトは対策やるかやらねーかなんで、最初からしっかりかわす意識持ってほしいです」
「なるほど、あい分かった。やってみよう。しかし、こう聞くと本物のバレーのようだな」
「あ、そうっすね。リモはネット際の攻防みたいなもんで、ダイレクトかわせっつーのは、攻撃スロットは自分で考えて工夫して入れって話です。ワルバリのアタックは全方位ですけど」
「……経験者か?」
「はい?」
「バレーボールだ」
「バレー、はい。やってました」
「セッターを、だな」
「セッターっす。だから、そうっすね。牛島さんとは対角ですね」
「……参ったな…………」

 つい口元を手で覆い、マイク越しの牛島の声がくぐもる。
 牛島の挙動と心理の関係に詳しい、知見豊富なコメント欄が「あっ」「あっ」と気付きの声を上げる。

「参った?」
「いや、気にしないでくれ」
<[****]:牛島さんこの人好きだろ>
<[牛島若利(筋肉)]:静かにしろ>

 影山と会話を続けながら、自ら配信チャットに降臨した牛島にリスナーたちは沸き、「草」「当ててごめんな」などとコメントを残していく。

「あと俺の配信を絶対に見ないでくれ」
「配信っすか? いいですけど……」
「影山さん」
「はい。あ、俺年下です。呼び捨てでいいです」
「……影山」
「はい」
「影山……その」
「何ですか?」

 チャット欄が「あっ……」と「こりゃあ」と「草」で埋め尽くされる。

「リアルのバレーには、今も関心が?」
「ウス、試合見てます。俺自身は、ガチなのは高校まででやめましたけど、日頃の運動もいまだにバレーやってたころと同じとこ鍛えちまって。あ、そうだ。それで牛島さんの動画にたどり着いたんだった」
「そうか……」

 眉間を押さえて感じ入っていると、「こんな分かりやすい人おる?」とのコメントが流れていくのが目に入り、慌てて眉を顰めてみたが、よく見ると鼻から下が笑っていた。

「ところで、烏野窯は、宮城県にあるそうだな」
「はい。宮城です」
「そうか。俺も宮城だ」
<[****]:まさか>
<[****]:誘う気か!!>
<[牛島若利(筋肉)]:めしどこかたのむ>
<[****]:いや草>
<[****]:草>
<[****]:伝説始めるな>

 牛島が小さいころは、バレーももっと盛り上がっていたのだが、最近は環境も厳しく、身近にバレーを語り合える仲間がいないのを牛島は長らく寂しく思っていた。近郊に住み、ワルバリが上手く、バレーの話もできる。配信という文化が生んだ奇跡の出会いに牛島は思わず感謝した。

「影山。モデレーターに設定した際、今日限りと言ったが撤回したい」
「えっ、俺モデできませんよたぶん」
「そういう意味じゃなく。よければ、今後もこうしてぜひ交流を持ちたい。たまにバレーの話でもしないか」
「……いんスか。俺も話したいです」

 文字は追えていない。しかし、高速でスクロールしていくチャット欄が目の端に映るので、リスナーたちのことだ、おおかた祝福の言葉が大量に投稿されていることだろう。

「改めて、よろしく頼む。牛島若利だ」
「よろしくお願いします。影山飛雄です」

 こうして配信でつながった二人が、再びオンラインで顔を合わせるのは、実はもう少し先の話になる。翌週は日向なる人物、翌々週は月島なる人物が影山の花金を押さえており、事情を探った牛島は図らずも彼らについての知識を深めることになるのだった。

 

 

引用元:

3/* あのゲームに挑戦する【牛島若利】(牛島若利(筋肉))