intermission II

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You●uberパラレル(5)日影、月影

・ゲーム配信者パラレル、日影、月影
・<[]:>=配信のチャット欄です

・いったん完


 

5)
 嬉しいとき、悲しいとき、驚いたとき、戸惑ったとき、ついライブを始めてしまうのが配信者のサガだ。宿泊先のホテルに着くと、日向は流れるような手つきで機材のセッティングを行い、スマホから雑談配信を始めていた。

「ただいま。ホテルから無予告配信中です。あ、今日ゲームはナシ! 雑談枠です」

 お疲れ、お帰り、生きてたか、乙童貞、などとリスナーのコメントが流れていく。みんな、昼間の公式配信を見ていたようで、すべてを察したうえで奥歯に物をわざと挟んだようなメッセージを残していく。
 3時間半にわたる公式イベントののち、夕食をとってホテルまで戻ってきた。日向の自宅は都内だが、今日は帰りが遅くなるかもしれないとの名推理に基づき部屋を取っておいたのだ。

<[****]:夜ごはん食べただけにしては遅かったな>
<[****]:さては……>
<[****]500円:コーヒーでも飲んで肩の力抜けよ>
「え……マジでありがと。ルームサービスでコーヒー頼む。みんなイベント見た? 見た前提で話していい?」
<[****]:どうぞ>
<[****]:見る気なかったけどTL見て慌てて飛んだ>
<[****]:参加型入れた! 超楽しかった!!>
「あ、コーヒーお願いします。ホットで。はい。はい。お願いします。あ、参加型入れた人いたんだ。よかったよかった。会場のセットすごかったっしょ? ワルバリの世界そのまま! って感じで」
<[****]:お金かかってたねー>
<[****]:俺の課金でアド郎とジャカ助が受肉してた>
「そういや着ぐるみ可愛かったなー。こんくらいのサイズのぬいぐるみ出るって言ってたよ。Vリーグとコラボだって」
<[****]:それは欲しい>
<[****]:雑談枠って今日のイベント振り返りなん?>
「あー、うーん、違う」
<[****]:影山の話どうぞ>
「う……あのですね、ご存じない方に説明すると、最初の予定では俺だけ、俺だけが、影山と会う予定だったんスよ」
<[****]:影山マウント取るな>
「取れなかったんだよ。みんな見ちゃったんだよね影山……」

 スマホのカメラに疲れ切った自分の顔が映っていて、日向はさらにダメージを受ける。

<[****]:イケメンすぎてスマホ投げた>
<[****]:あれはビビる>
「うん……。なんかね。美人系っていうか。なんだろねあれ」
<[****]:いや美人系とは言ってない>
<[****]:マジで言ってる?>
「え、美人系だったじゃん。配信じゃ見えてなかったかもしれんけど、睫毛めっちゃ長かったからな。顔ちっちぇーし」
<[****]:影山マウント欠かさないな>
「違うって違うって。あ、コーヒー来た」

 ノックの音に立ち上がり、日向はセッティングを断ってコーヒーを受け取った。トレーを手に戻った日向は、コーヒーにミルクと砂糖をたっぷり溶かしながら続ける。

「影山がさ、目つきのこと気にしてたじゃん。だから顔出ししないって」
<[****]:誰かに言われたんだっけ?>
<[****]:あれは目つきが悪いじゃなく色気のある目元というべき>
「ね。ほんとに。多分目つきどうこうはあと付けで、単に『顔出しすんな』って意味だったんだと思う。危ないファンがついちゃうかもしれないから」
<[****]:おお、なるほどな>
<[****]:これは名推理>
<[****]:日向が言うと説得力あるね>
「なぜ? なぜ俺は今説得力を持った?」
<[****]:影山の顔好きだろ>
「好きじゃな……す、まあ、好き……好きかぁ。好きかな。好きかもしれないですね」
<[****]:ずっと見てたもんな>
「マジ? ずっとってことはないっしょ。俺の華麗なダンス思い出してみ?」
<[****]:ソーラン節ってダンスだっけ?>
<[****]:日向ダンスできたよね確か。なぜああなった>
「ワルバリを操作しながら踊ってたことを考慮しもうちょっと褒めて!」
<[****]:いやすげーがな>
<[****]:普通に多才なんだよな>
「だろだろ? 俺今日MVP級だよなーぁあっと」
<[****]:その割に元気がなさすぎる>
「うん……」

 覇気を出すことを諦め、ずず、とコーヒーをすする。角砂糖を入れ過ぎたようで、ねっとりと舌にまとわりつくほど甘かった。

<[****]:夜ごはんは一緒に食べてきたんだよね?>
「ごはん? うん……まあ」
<[****]:歯切れ悪!!>
<[****]:何かあった?>
<[kodzuken]:二人きりになれなかったんでしょ。たぶん、ツッキーとグッチーも一緒で>
「けけっけけ、研磨! なんっ、会場いた!?」
<[kodzuken]:いないよ。察した>
「うう……。大正解……。影山結局番組出たからさ、待ち合わせせず控室から一緒に直行しようしたんだけど、どこまで行ってもついてくるわけよ。夕暮れどきの影のように、月島と山口が」

 にやにやと笑いながら、ぴったりと後をついてくる2人に日向は何度も「プライベートなんで!」と断ったが、馬耳東風だった。早々に面倒になっていたらしい影山は援護してくれるでもなく、店に着いたときには日向はなかばヤケクソ気味に「4名で」と口にしていた。

「結局4人で居酒屋」
<[****]:おいしかった?>
「うん。上手かった。あとめっちゃ楽しかった」
<[****]:何なん?>
<[****]:情緒どうなってる?>
「いや普通に、同世代だし。なんか、クラスメートっつーか、部活仲間みたいな感じで、わいわいしたよね」
<[****]:よかったじゃん>
<[****]:喜怒哀楽接続間違えたんか?>
「メシはよかったの。みんなお酒も入って赤くなっちゃったりしてさ。デザート食べて落ち着いたころ、山口が『ホタルイカのランプシェード見たい』って言いだしてさ」
<[****]:ウミホタルだけどな>
「素で間違えたわ。ウミホタルっすね。俺も月島もすっげー興味あるわけもちろん。え、動画あんの? へー、見ちゃう? みたいな、何でもないふう装ってたけど、もうふわっふわに浮足立ってんの」
<[****]:まあ気になるよね>
<[****]:ネーミングからしていい予感しかしない>
「たぶん今度動画で上がる映像の元のデータが影山のスマホに入ってて、それをみんなで見たんだけどさ、見たんだけど……」
<[****]:引っ張るなって>
<[****]:どうした>
「もう……『きれい』とかじゃなくて、『好き』って言っちゃった。好きとしか言えなかった」
<[****]:あっ……>
<[****]1000円:結婚おめ>
「けけけけ、スパチャありがとう、いや、結婚してねーよ!?」
<[****]:知っとるわ>
「ごめん……」

 ウミホタルのランプシェードは、卓上サイズのしずく型のライトになっていて、青い透き影がシェード越しにゆらゆらと漏れ輝く、息を呑むほど美しい逸品だった。繊細で不揃いな穿孔がウミホタルのようでもあり、海の底から見上げる水面のようでもあり、角度が変わるたびに表情を変えるので、一生見ていられると何の誇張もなく思った。

「動画マジ楽しみにしてていいよ。見てるだけでめちゃくちゃ脳髄癒やされる」
<[****]:脳髄癒やされるって何?>
<[****]:楽しみだけど我々としてもそれどころではない>
<[****]:告白してどうなったん>
「告白っていうか、やー、作品に対するラブを伝えたものとして処理された」
<[kodzuken]:ツッキーは騙されないんじゃない?>
「うえっ、研磨。……うん、騙されてないと思うけど、そのほうが月島にとっても都合がよかったからさ……」
<[****]:え? つまり?>
<[****]:まさかツッキーも!?>
「さらーっと流されて。月島が影山に『王様、連絡先教えなよ』とか言って。ボイチャでつながってんじゃんって俺が言ったら『キミは黙ってて』って言われてさ、ライン交換してやんの。俺も流れでしたけどさ、なんぞぉ!?」
<[****]:落ち着け落ち着け>
<[****]:ツッキーらしくねぇなあ>
「そんで、じゃあ見るもん見たし帰る? ってなってさ。最寄り駅の前で、じゃーって別れたあと影山捕まえようとしたら、俺がツッキーさんに捕まりまして。『ちょっと話そうか?』っつわれて影山抜きで3人で二次会よ」
<[****]:えー!>
<[****]:強制連行草>

 結局その二次会に中身らしい中身はなく、ちくちくととげのある口調で釘を刺され、日向も負けじと刺し返し、影山が量産体制に入るまではウミホタルのランプシェードには手を出さない、という取り決めが交わされて終わった。

<[****]:ウミガメの産卵見守るみたいな言い方やめろ>
「エッチな言い方やめてください!!」
<[****]:結局その会合何の意味があったの>
<[****]:挟まれてるグッチーの気持ちも考えて差し上げろ>
「まー、アレだよね。俺が今日抜け駆けすんのを止められた感じ? グッチーはずっと悟りを開いてたよ。あれはマジで申し訳なかったな」
<[****]:影山帰ったん? 烏野窯って宮城だろ>
「うん、こっち泊まりなんだって。せっかくこっち来るからって、明日商談入れてるみたい」
<[****]:商談!>
<[****]:影山商談とかできるの!?>
「できんのかな……。いやできるんだろうけどさ、できないんじゃないかと思わせる何かがあるよね。あいつ、逆に怪しい壺買わされたりしないのかな」
<[烏野窯]:するわけねーだろボゲ>
「ま、だよなー。……ん?」
<[****]:!?>
<[****]:!! ん!?>

 チャット欄を流し見していた日向のぼんやりとした頭に、突如雷に打たれたような衝撃が走る。発言者名が「烏野窯」ということはつまり、「烏野窯」のチャンネルにログインしている人物が発言した、ということだ。

「影山!? いんの!? いつから!?」
<[烏野窯]:さっき>
「ウミガメが産卵したくだり聞いた!?」
<[烏野窯]:はあ? ここ何チャンネルだよ>
「っぶね! 聞いてないならよかった、あっぶね!」
<[烏野窯]:てかお前らだけで二次会行ったのかよ>
「え? え、あー、お、おう」
<[****]:あーやらかし>
<[****]:それは確かにイヤだな!>

 言われてみれば、なるほどそういう状況だ。日向にとっても不本意この上なかったが、影山が面白くなく思っても無理はない。

<[烏野窯]:ふーん。>
「い、いや影山待って! 違ぇんだって! 俺はめちゃくちゃお前と抜け駆けしたかったよ!」
<[****]:普通に何言ってんだ>
「今からでも遅くない、結婚、違う、会えない!?」
<[****]:今結婚って言わなかった?>
<[****]:サブリミナル効果狙うのやめろ>
「影山、俺と今日、会って嫌だった? もう会いたくないなって思った!?」
<[烏野窯]:別に思ってねーよ>
「じゃあまた会お! 約束! なお俺は今日でも可!」
<[烏野窯]:10時だぞ。寝ろ>
「だめー!?」

 むなしい雄たけびががらんとしたツインルームに響き、日向はしゅんと肩をすくめる。絶対にこれきりにはしたくないし、せっかく対面で会えたのだ、今後も顔を合わせられる関係でありたいと日向は思う。

「影山ぁ」
<[烏野窯]:今度な>
「ぅお影山!? 本当!?」
<[烏野窯]:今日はむり。通販パンクしてずっとトラブってる>
「つうは……ああ!? もしかして、公式配信出たから!?」
<[烏野窯]:多分な>
「マジか、ああー、そっか、そりゃ大変だ」

 烏野窯の公式チャンネルも数万単位で登録者が増えたようだし、通販に人が殺到するのもうなずける話だ。日向のチャット欄でも、「俺だすまん……」「すみません注文しました」といったコメントがちらほら流れている。

「影山、全然これはさ、変な意味じゃないんだけど。俺結構メカメカ詳しいよ。手伝おうか?」
<[烏野窯]:いい。状況説明すんのがめんどい。変な意味ってなに>
「あ、いやその、えーっと、俺そっち行こうか?」
<[烏野窯]:なんで。>
「見たほうが早いじゃん! な、一人でトラブル対応してると滅入るだろ。イライラしてくるし、手伝うよ」
<[烏野窯]:おれはいまほんとにイライラしてるぞ>
「ひい! 行く、行きたい! ラインでホテル教えて!!」
<[烏野窯]:おくった>
「よっしゃ! お、結構近い。30……20分で着く! じゃあまた後でな!」
<[烏野窯]:おちる>
「おう! 後で!」

 激しく手を振ったあと、ふう、と一息ついて、日向は配信画面に向き直った。

「ごめん、今日の配信ここまでで! おい、誰ですか『束縛系彼氏』って送ったの! 影山のホテルから配信!? 無茶言うな、絶対ブン殴られるって! とにかく、俺行くね! いつも付き合ってくれてありがとー!」

 あの尾羽打ち枯らした様子はどこへやら、配信を始めたときよりずいぶん元気になって、日向は配信を切った。さて、影山のホテルまで走るが早いか、レンタサイクルでも調達するか。ふと背後を振り返り、宿泊セット一式が入ったサブバッグに、日向はそろりと手を伸ばした。影山のホテルにお泊まりしちゃうかもしれないぞ、などと、ふわふわと浮かれながら、自分の部屋を後にする。



 その1時間半後の、深夜11時半。「日向のゲームチャンネル」に、再び「LIVE」の文字が灯った。

「日向の……ゲームちゃんねる……こんばんは、日向翔陽です」

 本日2度目のゲリラ配信に、それでも素早く人が集まり、戸惑いながらあいさつの言葉を返してくれる。
 インカメラに映る日向の顔は再びどんよりと暗く、声には生気がない。どうした、今日は熱い夜になるんじゃなかったのか。喧嘩して追い返されたのか、そうなると思ったよ。期待値低めの、何とも言えず心地いいチャット欄に迎えられ、日向は深く息をつく。

「影山のホテルからお届けしております。影山くんは目下トラブル対応中。俺『たち』はそのお手伝い中です」
「三人寄れば文殊の知恵って言うもんね?」
「これってもう映ってるの?」
「おい月島、俺を数えろよ、俺を!」

 この会話ですべてが伝わったようだ。チャット欄が洪水のように流れていく。
 影山のホテルに日向が到着したのが1時間前のこと。そして、なぜでしょうか不思議なことに、そこへあとから駆け付けた男が2人。影山一人を3人でフォローする手厚いサポート態勢が構築されてしまい、日向はがっくりと肩を落とした。

「通販のトラブルはなんとか解決しそう。それが終わったら、えー、何すんの?」

 後ろを振り返ると、影山の背に手をつく月島と、にっこり笑う山口の姿がある。

「それはやっぱ、あれじゃね? 恋バナ大会!」
「いやっ……修学旅行か!」

 こんなはずではなかった、もっとしっとりした雰囲気の中で、影山への思いを伝えるはずだったのに。何がどうしてこうなったのか。

「あーもう! 次は絶対こっそり会う!」
「王様が間違ってグループラインに返信するまでがセットでしょ」
「あっ……あー! それかー!」
「お前らうっせー!」

 その後も、「日向のゲームチャンネル」は、騒がしく色気のない夜が更けていく様を、夜遅くまで配信し続けたのだった。

 

 

引用元:

ワルバリイベの振り返り雑談します(日向のゲームチャンネル)

密会失敗枠(日向のゲームチャンネル)