intermission II

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You●uberパラレル(4)日影、月影

・ゲーム配信者パラレル、日影、やや月影
・<[]:>=配信のチャット欄です


 

4)
 イベント開始2時間前に集められたゲスト出演者たちは、会場でひととおりリハーサルをこなし、チームでの決め事をいくつか済ませたのち、控室でそれぞれ開演までの時間を過ごしていた。
 スクール形式で配置された長机に、「チーム人気者」と「チーム実力者」で6人ずつ緩やかに分かれて着席しているが、残念ながら和気あいあい、という雰囲気でもない。「実力者」のほうは普段からチーム練習をしているうえ、オフライン大会で面識があるので親しげな様子だが、配信者を集めて結成された「人気者」たちは今日が初対面だ。さっきから会話は散発的で、日向はなんとも居心地が悪い。

「おいっす、こんちは。『チーム人気者』のダンサー決まった?」
「あ、黒尾さん!」

 ドアが開きっぱなしだった廊下を、ネックストラップをさげた長身の男性が通りかかった。彼はこのゲーム、ワールドバレーボールの制作会社の社員で、黒尾鉄朗という。今日は、イベントMCと一緒に解説係として登壇するのだとさっき説明があった。
 14時から始まる今日のイベントは3部構成になっている。最初に実力者対人気者の真剣勝負があり、次いでチーム4名のうち1名がDDRコントローラーなどの特殊端末を使うお遊びパート、そして会場の客と視聴者が参加できる特殊ルール対戦が予定されている。黒尾の言う「ダンサー」とは、DDRコントローラー、つまり足で操作するパッドでワルバリをプレーする選手のことで、案の定というべきか、日向が推薦により選出された。

「俺っす。日向翔陽です」
「だと思った。前に自分のチャンネルでダンスゲーム上げてたよねチビちゃん」
「え、俺のチャンネル見てくれてるんですか!」
「うん、研磨のいいねで流れてくんのよね。ほんと仲いいよなぁ」
「ウッス! 研磨さんとは仲よくさしてもらってます!」
「いや俺、親じゃないからね。了解了解、MCに伝えておく。ほかに何か質問とか、不安なこととかない? ……って、おいよい、ツッキーはもう少し楽しそうな顔してちょうだいよ」
「ツッキーって……初対面ですよね、黒尾さん」

 黒尾に水を向けられ、後ろのテーブルで月島と山口が顔を上げる。旧知の仲なのかと思えば違ったようだ。

「ハイ辛辣! 仲よくやっていこうぜ、MC事務所入るんだろ?」
「あ、僕そういう馴れ合いみたいなのいいんで」
「おい冷てえな。ツッキー解釈一致草だわ」
「それより、第1部のガチ試合、実況者勝ち目なさすぎませんか? 縛りとかないんですよね」

 今日のイベント台本を手に、月島が肩をすくめた。

「あ、やっぱ? でも言うてみんなゴールドランカーだし、しかもさ、こないだ君ら代表チームに勝ったらしいじゃない」

 黒尾は声をひそめ、月島と山口、そして日向に向かって囁いた。黒尾に見回された3人は、思考をシンクロさせながら、じっとりと視線を絡める。

「……あれセッターが影山だったんスよ黒尾さん」
「影山――ランカーの『kgym』クンな。うん、知ってる」
「あんなのは王様ありきです。黒尾さんも分かって言ってるんでしょう」
「えー、君らも随分面白いことやってたけどなあ。みんな影山クンのこと買ってんだ」
「……そういうわけじゃないです」
「あ、黒尾さん、一般参加の開場ってもう始まってますよね? 影山って来ました?」
「ん? ああ、さっき受付に来てたよ」

 ざわ、という幻聴が聞こえて、3人は再び目を見交わす。

「ど、どんなヤツでしたか!」
「んんー? ああ、なぁるほど、ライバルが気になっちゃうお年頃なわけね」
「日向って、今日終わったあと影山と会う約束してるんでしょ?」
「マジ? ワルバリを出会い系アプリにしないでほしいねえ」
「男ですから、影山! 会う約束……してるけど、イベント中気になるじゃん……」
「絶対バカそうな顔してるでしょ王様。アイツほんと語彙終わってるし」
「でもあの器作ったの影山だぞ! 語彙は……まあ確かにひどいけど、そんだけのヤツじゃないって!」
「おうおう、恋の嵐吹き荒れてんねえ」
「ち、違います!」
「ハハ、見事なユニゾンどうも。まあまあ、あとでの楽しみに取っとけよ。まずはイベントに集中してくださーい」

 ひらひらと手を振って去っていく黒尾に、日向はつい腰を浮かせたが、返す言葉が見つからず椅子に再び腰を下ろしてしまう。

「ねえ。王様とどこで会うの」

 ひやりと冷たい言い草で、月島が尋ねてくる。

「どこって、普通に飯屋。ガッツリ系」
「20過ぎてよくそんなもん入るね……」
「オシャレ系のガッツリだから。アッサリしたいときはアッサリいけるやつだから」
「知らないよ」
「影山どんなヤツか俺も気になるなー」

 山口が言い、月島がふんと鼻を鳴らす。
 「どんなヤツか気になる」と言えば、日向にしてみれば月島も山口も本日どきどきの初対面だった。控室に現れた月島が190センチはあろうかという長身で気を失うのではないかと思うほど衝撃を受けたが、その後ろから現れた山口が、こちらも優に180センチを超えていて、日向は顔を覆ってトイレに駆け込んでしまった。ワルバリ界隈は絶対に何かがおかしい。その他の参加者を見回しても、世間の平均よりずっと背が高い気がする。

「ツッキーも気になるよね」
「別に。どうせこーんな顔してるに決まってる」

 指先で目尻を引っ張り、失敗した福笑いのような顔を作る月島を前に、日向は口をすぼめる。会ったことがない相手に会うのは、やはり緊張する。あちらは日向の顔出し配信を見ているから、会って驚かせてしまう可能性は低いが、日向のほうは脳内があらゆる妄想に支配され、煩悩のようになってしまっている。
 あのあとランク戦の際に尋ねたところによると、「目つきが悪い」と指摘したのは、影山に動画投稿を勧めた人物だったらしい。作品PRと副収入源を兼ねて動画サイトの利用を勧め、配信環境の整備などを手伝ってくれたが、目つきが悪いから顔出しはするなと言われたので、それを従順に守っているのだという。
 余計なことをしてくれたなと日向は思う。その発言さえなければ、今日同じチームで楽しく遊べていたかもしれないのに。そう考えてから、いや、どうだろうと首を傾げる。先日最後に一緒に行ったランク戦は、後半ずっと喧嘩のように言い争ってしまっていたから、「楽しく」かどうかは疑わしいか。イベント後、会場ビルの1階エントランスで待ち合わせしているが、果たして影山は約束どおり現れるだろうか。

「うう!」

 日向が物思いにふけっていると、だしぬけに、椅子が倒れる鈍い音が控室内に響き渡った。
 驚き振り返ると、後方のテーブルに座っていたはずの、男性配信者の姿がない。慌てて立ち上がり、日向が駆け寄ると、彼は椅子ごと床に倒れ伏して、腹を抱えて苦しげに呻いていた。

「さ、差し込みが……!」



「さて、始まりましたワールドバレーボール公式配信イベント、新年度もよろしくね! スター全員集合ひなまつりスペシャル!」

 18時を2分回ったところで、少し遅れて配信が始まった。MCと解説の黒尾にカメラが寄り、童謡をアレンジしたにぎやかなBGMが会場に流れる。

「ねえ、聞いてないんだけど」

 ひそめられた月島の声が、とげとげと日向の耳元に届く。そんなことを言われても日向だって知らない。

「――それでは、本日のゲストをご紹介します。まずは言わずと知れたこの人! チャンネル登録者数は16万人を突破、ワルバリを含むバラエティ豊かなゲーム配信で大人気! 『日向のゲームチャンネル』より、日向翔陽さん!」
「よ、よろしくお願いしまーす」
「あれ? 日向さん、今日はなんだか元気がないですねえ!」
「いえ、元気です! ちょっと緊張してて! 今日は頑張ります!」
「日向さんが緊張とは珍しいですね。本日は日向さんのリスナーの皆さんもたくさん見に来てくださっていると思いますので、元気な姿を見せてあげてくださいね! どうぞよろしくお願いいたします!」
「しぁーす!」
「さて、続いて2名一緒にご紹介します。名コンビと名高いこのお2人がそろって参戦です。ワルバリの名物ランカー、『ツッキー』こと月島蛍さん、『グッチー』こと山口忠さんです」
「よろしくお願いします」

 MCと月島の低調なやりとりと、それをフォローする山口の会話が続く。日向からツッキー&グッチーへ、不自然なカメラ移動があったことに視聴者諸君はお気付きだろうか。
 日向は隣をうかがい、うっと胸を押さえる。俺も。俺も差し込みが。
 「チーム人気者」の5人分の紹介が終わり、カメラはMCと黒尾のツーショットに戻った。

「さて、ここで視聴者そして会場の皆様にお知らせがございます。本日出演を予定されていました『パラダイス平和島』さんですが、体調不良のため、急遽出演を見送ることとなりました。パラダイス平和島さんのご出演を楽しみにされていた皆様、大変申し訳ありません。現在はホテルで静養されており、大事ないとのことでしたのでどうぞご安心ください。さて、『チーム人気者』が1名欠け5名となってしまいましたが、本日、観客席より急遽この方に参戦していただけることになりました!」
「聞いてないんだけど……舞台袖で初対面だったんですけど……」
「月島いっぺん落ち着けって! おおお俺も動揺してんだから!」
「現在セッターランク堂々1位! 彗星のごとく現れた無敵のゴールドランカー、『コート上の王様』こと影山飛雄さんです!」

 会場から、黄色い悲鳴が上がった。あらかじめ出演が分かっていた他の配信者たちと違い、影山の出演が決まったのはイベント開始10分前のことで、皆、日向と月島の間に立つこの男が誰か分かっていなかったのだ。
 少々思い上がりもあるかもしれないが、ワルバリをプレイするだけでなく、こうしてリアルのイベントに足を運ぶ層の、日向への認知度は高い。日向の放送から、あるいは月島や山口の放送から、影山の存在を知り、その美声を耳にしていたリスナーが少なからず会場にいたのに違いない。
 日向は隣の男を見上げる。本人の申告どおり、180センチを少し超すくらいの背丈だろう。ASMR動画で何度も見た、あの首から下だけで雰囲気イケメン確定の青年が、その小顔をカメラの前に晒して立っていた。
 眉の上で、さらりと黒髪が揺れる。小さな顔と、切れ長の大きな瞳が印象的だった。見上げる日向の角度からは、繊細にまぶたを縁取る長い睫毛がはっきり見えた。鼻筋はすっと通り、小さくつぐまれた唇へと続いている。
 悔しながら、日向翔陽、正直に申し上げる。
 影山飛雄はイケメンだった。

「『kgym』さんと言ったほうがピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。影山さんは本日一般参加でご来場いただいていたのですが……」
「わたくしの判断で、その場でオファーさせていただきました」

 黒尾が会場に向かって親指を立て、観客が沸き上がる。ヘッドセットに向かって、黒尾は続けた。

「トップランカーが『人気者』チームでいいのかってな話もあるかもしれませんが、これだけ会場が沸いてりゃOKでしょう。影山さん、本業は窯業、陶芸のほうをされているんですが、今回ご自身の『烏野窯』の動画チャンネルのご紹介を条件に、若干ゴリ押し気味ではございましたが、ステージに上がることをご了承いただきました。影山さん。最近、いい作品が焼けたそうですね」

 柔和な笑みを浮かべる黒尾を見やり、「騙されてるじゃん!」と月島が小さな声を上げる。黒尾は半ば悟りを開いたような顔をしており、どうやら口八丁で上手く影山を丸め込んでしまったらしいことが分かった。そりゃあ、運営サイドとしてはこの金脈を逃す手はないだろう。不動のトップランカー「kgym」が名の通った若手陶芸家となれば話題性は抜群で、メディアへの訴求力も高い。いちプレイヤーにとどめておくより、ここで公式がつばをつけたほうが得策に違いない。しかもそれが、端麗な容貌をした青年となれば、全く違った畑を耕せる可能性だって十分すぎるほどある。

「ウス。ウミホタルっぽい感じの蛍手のランプシェードなんスけど、海の風合いを出したくて試行錯誤してて、今週やっと納得できるモンに仕上がりました」

 影山越しに、「何それ欲しい」という顔をした月島とばっちり目が合う。最近急激に詳しくなったが、影山はよく1つのテーマでさまざまな作品を連作する。星空シリーズもよかったが、ウミホタルも名作の予感が激しくする。

「はい、その『ウミホタルのランプシェード』紹介動画が近日公開予定ということで、皆さんどうぞチャンネル登録してお待ちください。チャンネルは概要欄に掲載しております。さて、それではイベントのほう続けてまいりましょう――」

 MCの軽快な進行でイベントは台本の流れに戻っていった。
 見るまい、イベントに集中せねばと思うのに、日向の視線は影山の顔へと吸い寄せられてしまう。単に日向が面食いなだけなら、月島だって相当なイケメンだ、もっと月島にもどぎまぎしたっていい。だが日向は影山が、影山だけが気になってしまう。
 こいつがこの顔で、ちょっと目元を隠しながら、「目つきが悪いから」なんて言ってたのかな。想像すると、胸の底から何かがぐわぁあっと湧き上がってくるのだった。



 果たして、「ファーストラウンドの実力者vs人気者ガチ試合パートは、人気者チームに勝ち目がなさすぎるのではないか」、という月島の懸念は杞憂に終わった。

「か、影山くうん? ちょっとガチすぎない?」
「あぁ? ガチじゃねえワルバリなんざねーんだよ」

 意識高い系セッターランカー・影山はヘッドホンを外し、眉をきりっとさせて、日向にそう言い放った。

 ワールドバレーボールというゲームは7点1セット制で、通常のランク戦は1試合1セット先取のシンプルなルールなので、大体5分から10分ほどで回転する。試合展開が早いのでワンサイドゲームになることも珍しくなく、そうなると本当に5分そこそこで終わるのだが、本日のステージ上のBO5戦は毎セットデュースにもつれ込む白熱の展開となっていた。お互いに2セットずつを取り、これから第5セットを迎えるところだ。
 人気者チームは6名が交代で試合に出場していたが、ファイナルセットは直前の第4セットを競り勝った日向・影山・月島・山口がそのまま臨むことになった。

「ねえ、キッツいんだけど!」
「ツッキーしっかり!」

 月島がテーブルに肘をついて前髪を掻き上げ、疲労感たっぷりに吐き捨てる。月島をなだめる山口も「俺もキツいけどね!」と額の汗を拭っている。
 ランク戦に同じ4名のメンバーで挑むことも多いが、最大でも日向・影山、月島・山口のツーペアなので――というか、日向以外はそもそも影山とボイスチャットを繋いだことがないので、ランク戦とのギャップに苦しんでいるらしい。

「指示多いし細かいよ。耳からの情報量多くてさばけない。ほんっと王様プレイだよね」
「うるせーな。これ俺の端末じゃねーし、プリセットする時間なかったから欲しいチャットがねーんだよ」
「今! 今入れなよ。っとに、チビが普通にこなせてんのもムカつく……」
「俺半分くらいしか聞けてない。残りは勘。なんとなく分かる」
「はあ? 変人コンビアピールやめてよね」
「おい月島コラ」
「なに」
「じゃあ、あと何減らせばいい」

 日向に後ろ頭を向け、月島に向かって、影山が静かな声で言った。
 日向の視界の中で、影山に至近距離で見上げられた月島が目に見えてうろたえる。

「ご……」
「おやおやおやぁ? 『チーム人気者』、何やら真剣な話し合いが行われているようです! ちょっと盗み聞きしてみましょう!」

 突然、マイク越しの大きな声が割り込んできた。MC席から満面の笑みで出てきたのは黒尾だ。「盗み聞き」の概念を覆す大胆さで、影山と月島の間にハンドマイクが突き出される。

「ディ、ディグとレセプションは黙っててくれない」
「チッ……じゃあ絶対拾えよ」
「分かってるよ!」
「うわぁ、和やか! 和やかかつ真剣ですねえ! いったんお返ししまーす!」

 適当そのものの総括で話を打ち切り、黒尾はマイクをオフにして、にやにやと「チーム人気者」を見下ろす。

「仲よさそうじゃあねえの」
「どこがですか」

 むしろ仲よくできそうだったところを黒尾が今邪魔してしまったような、と日向は思ったがひとまず黙っておいた。

「影山クン、ウミホタルのランプシェード、いやー素敵だったよ」
「え、あざっす」
「くっ……見たのかよ」
「あ、配信聞いてたぜ? ツッキーってば烏野窯の作品大っ好きなんだってな」
「別に。焼き物好きなんで、その1つっていうだけです」
「ふーん。そうかよ」
「いや違うけど」
「どっちだよ」
「この場合『違う』が正解だよ」
「月島むずかし! 山口しか分かんねーな、こりゃ」
「ぎゃはは。まあまあ、今日はタテヨコナナメにつながり作って帰ってくれよな。思わぬ大熱戦で配信も大盛り上がりだ。みんなビジュアルいいしね。また呼ぶから、いっぱいワルバリで遊んでよ」

 じゃあね、と手を振って去っていく黒尾を見つめ、影山が「タテヨコナナメってボールの射線のことか?」ととんちんかんなことを言っている。

「ウソだから」
「あ?」

 月島が影山の手首をつかみ、それを目撃した客席から「きゃあ」だか「あなや」だかの悲鳴が聞こえた。

「いろいろ好きなうちの1つっていうの。君のゴブレットがきっかけで、焼き物に興味湧いただけ」
「へー。そう」
「……ねえ、ちょっと、淡白すぎるで……」 
「サンキュ」
「はっ……」
「さぁーて準備も整いましたのでファイナルセットやっていきましょう! コートサイドへお進みください!」

 会話は遮られ、準備なんてまるで整わないまま試合までのカウントダウンが進む。目を丸くした月島は、異様に瞬きの回数が多かったし、日向はその瞬間の影山の表情が知りたくて、そわそわと落ち着かない。結局、その後の試合でいつもどおりのプレイができたアタッカーは山口だけで、普段の調子を取り戻せないままチーム人気者はファイナルセットを落としてしまったのだった。

 

 

引用元:

【#ワルバリ】新年度もよろしくね!スター全員集合ひなまつりスペシャル!(ワールドバレーボール公式)