intermission II

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You●uberパラレル(1)日影

・ゲーム配信者パラレル、日影
・展開の都合上、「ライブ配信のチャット欄」を、<[発言者]:発言内容>という形で表記します。小説としてはちょっと微妙だと思うので、許せる方のみお付き合いいただければ幸いです。


 日が暮れ、ウーバーイーツで腹を満たして定刻18時55分。日向は咳払いで喉の調子を整え、カメラとマイクをオンにする。昨日の配信でご機嫌ナナメだったスマホのミラーリング、配信ソフトともに今日は快調なようで、スパチャ読み上げ用の「棒読み先生」も準備万端だ。

「こんばんはー、日向です。今日もランク戦やっていきます。んー、こんばんは、こんばんはー」

 何百回と繰り返した配信開始のあいさつだ。「いい声出してやろう」なんて気張っていたのは最初の1か月くらいで、すぐに家族に対する「ただいま」くらい、肩の力の抜けたものになった。ゲーム配信稼業を始めて3年目になる。最初の半年から1年ほどは苦戦したが、今は登録人数15万人ほどの中堅チャンネルに成長し、すっかり食うには困らなくなった。
 勢いよく流れ始めるチャット欄を横目で追いながら、手元のスマホでマッチング画面手前まで進む。日向がこれから始めるのは、ワールドバレーボール、通称「ワルバリ」という人気スマホゲームのランキング戦だ。視聴者のチャットの中に、昨日の戦績を慰めるコメントが交じる。日向は配信画面の左下に出したワイプの中で渋面をつくり、うんうんとうなずいた。

「そうなんだよね。昨日さ、超! 超負け越しちゃって。もうアーカイブ消したいくらいヤバくてさぁ。今日しっかり勝っとかないと、今月ゴールド帯で終われるか怪しいまである。いや待ってなんでアーカイブ見に行くの? 今の俺を見て!?」

 今日は月末の29日、ワルバリのランキングは月ごとにシーズンが切り替わるシステムだ。本日時点で、日向は全プレイヤーを6分割したうち、最上位帯にあたる「ゴールドランク」に位置しているが、あと3日間の戦績しだいで、1つ下の「シルバーランク」降格の危険がある非常に微妙なポイント事情にあった。今月あと2日ランク戦をやらないという選択肢もなくはないが、そこは職業配信者、毎日定刻に配信をのぞきに来てくれる視聴者の期待に応えないわけにはいかない。
 ――それに。それに、今日は日曜日だ。日曜夜のランク戦といえば、あのトップランカーがオンラインのはずなのだ。

<[kodzuken]10000円:昨日は影山いなかったもんね。>

 うっ。無機質な機械音声が読み上げたスーパーチャットに日向は顔をしかめ、実際に「うっ」とオンマイクで発言した。

「研磨さん、それ言うために1万払うのはいかがなものでしょうか!?」

 そうだ。確かに昨日は影山がいなかった。
 先に「kodzuken」の話をしよう。チャット欄の流れは、「世界のkodzuken」が突如現れ発言したことで一気に加速し、無限高速スクロール状態になっていた。kodzukenこと孤爪研磨はチャンネル登録者数ダブルミリオンの超大物ストリーマーで、日本でゲーム好きなら知らぬ者のいない人気配信者だ。日向は、「ワルバリ」が流行する前の、超マイナーバレーボールゲーム時代にそれと知らずに研磨と出会い、現在も友達として交流が続いている。モデレーターに設定してあるので研磨のチャットを見逃すことは基本的にないのだが、何かにつけて「投げ銭」をしてくる習癖があり、いわく「棒読み先生」をしゃべらせて日向に茶々を入れるいたずらがお気に入りなのだそうだ。

「確かに、昨日は影山いなかったけど。そのせいで負けたわけじゃないから! 全然、Pingが高かっただけだから!」

 「ワールドバレーボール」は、その名のとおり、バレーボールをモチーフにしたゲームだ。ランダムマッチングによって4人1組となり、同じく4人1組の相手チームと得点を競い合うルールで、実際のバレーの用語にならい、「アタッカー」3人、「セッター」1人でチームを構成する。ポジションは結成後に自由に選べるようになっているが、よほどの低ランク帯か、過疎な時間帯でもないかぎり4人のうち1人はセッターポイントの高いプレイヤーが編成に入る設定になっており、たいていの場合、マッチ待機中(コートサイド)の時間に阿吽の呼吸でポジション分担が決まる。得点時の爽快感が売りのこのゲームで、「難しいわりに、あんまり楽しくない」(日向談)ことから、セッターは相対的にプレー人口が少なく、上位帯のランク戦では特定のセッターと固定マッチのようになることが少なくない。その中でも、やたらと味方サイドでマッチするのが「影山」こと、「kgym」というユーザーネームのプレイヤーなのだ。
 もしかしたら、「釘山」さんかもしれないし、「加賀山」さんかもしれない。というかそもそも、母音を省略して作った名前かどうかすら分からないので、「Kジム」さんの可能性だって捨てきれない。日向は半ば言いがかり気味に相手をそう呼んでおり、いつしかリスナーの間でも「影山」の名が定着していた。
 この通称影山というプレイヤーは、上手いか下手かで言うと、もうとんでもなくバカみたいに上手い。盤面把握能力が高く、指示は迅速かつ的確、流動的な状況にも優れた対応力を発揮する。味方で組んだときには高確率でゲームに勝利できる、お助けガチャ的存在だ。そんな相手に、日向はもちろん好感を持った。立て続けに数日固定マッチしたあと、日向はすっかり感動し惚れ込んで、「今回のセットアップもすごかったです! マジかっけー!! またマッチしたらお願いします!」(原文ママ)とゲーム内チャットで伝えた。何度読み直しても、一切の過失が見当たらないシンプルな賛辞だ。しかし。

「ちょっ、コメ欄影山ガチャ回すな! ていうかさ、みんな影山に好意的すぎない? 俺のメッセージにアイツが『下手くそ。』って返信してきたのをご存じない!?」

 半年前の初絡みの第一声、それも誉め言葉に対する返事が「下手くそ」であったのだから、当時の日向は、それはひっくり返らんばかりに驚いた。なんてこった。セッター界の超新星・kgymは暴言クソ野郎だった。日向は大いに嘆き、ランク戦終了後、放送枠を普段より大幅に延長して複雑な胸中を吐露した。あんなに上手いのに、あの瞬時の判断力と的確なサポート、豊富なアイディアがあれば最上位入りは間違いないし、きっと大人気プレイヤーになるに決まっているのに。お気に入りの晩酌セットを持ち出して来て、酒を入れてぐだぐだと管を巻いていると、しばらくして、チャット欄に同ランク帯のリスナーが現れた。そして「俺が対戦後にメッセで褒めたときは『ありがとうございます』って返ってきたぞ」と発言したものだから、日向は手の施しようがないほど荒れ、その後半年を経て「影山」に激しい対抗意識を持つに至ったのだった。

<[****]500円:でも好きじゃん>
「いや好きじゃねえし!? スパチャありがと! 好きじゃないから!」

 リスナーからの指摘に日向は激しく首を振る。確かに、日向は影山のことを頻繁に話題に出すが、それは単純にマッチする回数が多いからだ。影山はゲームに常駐しているわけではなく、立て続けにマッチしたかと思えば1週間ログインしていないなどということもあるようだが(プロフィールページにて確認済み)、オンラインのときには、日向は腐れ縁のようにやたらめったら影山を引き当てる。そりゃあ、話題にも上りやすくなるというものだ、というのが日向の主張だ。よく「嫌よ嫌よも好きのうち」「クラスの秀才女子に対する小学生男子のそれ」などというコメントが来るが全くもって的を射ていない。

<[****]:日向が影山に言った「くぅ~上手ぇ~」切り抜き動画再生10万いってたぞ>
「伸びたなあ! じゃない、嘘だろ! そんなこと言ってねーよ!」
<[****]:いや言ってたよ>
「言ってないって!」
<[****]:素材豊富で作りやすかったよ!>
「本人いるの!? なんなの!? いや多分それ影山に対してじゃないと思うなあ!」
<[****]:とかなんとか言って、もし影山がツンデレ系カワボ女子だったらキュンとしちゃうんだろ?>
「じょ……え、女子……? それは考えたことなかった……」

 ワイプの中で、日向は突如真顔になった。コメントビューワーを埋める大草原に煽られ呆然としているうちに、時刻は19時を迎え、「hinata819」はコートサイド画面に進む。

「うわマッチしちゃった!」

 待機画面には、4つのアバターがそれぞれ異なるストレッチのモーションをして居並んでいる。日向の右隣には、真っ黒なユニフォーム風衣装を着た、黒髪にブルーのメッシュが入ったキャラクターが立っていた。そうだ。この、「kgym」のアバターが男性モデルだから、日向はなんとなく、影山が男性なのだと思い込んでいた。だがもちろんのこと、バーチャルなゲーム世界において男性が男性モデルを、女性が女性モデルを使わなければいけないルールなんてどこにもない。影山本人が女性の可能性は十二分にあるのだ。

「え、女の子なの!? ねえ影山、女の子なの!?」
<[****]:いや語りかけるのは草>
「ツンデレかもしれない。ヤバい。ツリ目の、ちょー美人な女の子が、腰に手当てて『へったくそ!』って言ってたのかもしれない!?」
<[****]:試合始まるぞ! レセプ絶対拾えよ!!>
「もしかして……俺にだけ冷たいのは、俺のこと好きだから!?」
<[****]:コメ欄見られないときにかぎって大胆な発想の飛躍すんのやめろ>

 試合開始の笛が鳴る。日向はアタッカーだ。自チームのセッターにセカンドボールを回すため、マップ内にランダムにスポーンするボールにいち早く追いつき、セッターの指示する場所へ転送しなければいけない。ファーストボールのレシーブは「レセプション」と呼ばれ、これを取ったチームに試合の流れが大きく傾きがちなので、なんとしてももぎ取りたいとどちらのチームも考えている。ところが、日向はこの「レセプション」が得意ではない。日向は、セッターがセットしたボールを打つ「アタック」は大好きだし、アタックをブロックされたときのレシーブ、「ディグ」も反射神経勝負であるため得意だが、レセプションは理詰めの分野なので不得手なのだ。マップにスポーンした8人の位置関係と、周囲のオブジェクト配置から、ボールのスポーン位置をある程度割り出せるらしいのだが、正直日向から言わせると、あれを覚えるのは「変態さんの類」だ。普通に無理。影山というセッターはそれをどうやら覚えているようで、アタッカーの領分であるレセプションにも指示を出してくるし、チームメイトがレセプションできなかった場合に備えてポジショニングし、相手セッターからセカンドボールを奪い取ることも珍しくない。つまり、影山は日向基準で「変態さん」である。

「影山は……変態さんで……。そんな影山が……女の子だった場合……!!」

 チャット欄を大量に流れていく草原と警官を探す声、こうなると影山には絶対に男であってほしい勢のコメントで、配信はどんどんと加速する。日向の脳内は煩悩に占拠されている。影山のプレーは、正直大好きだ。自分の大好きなゲームをめちゃくちゃ上手くプレーできる。日向が欲しいトスや、ときに日向が想像もしていないアタックを引き出すトスをくれる。時折「ゾーン」のように訪れる、影山の考えが手に取るように分かる瞬間が、たまらなく快感だ。

「影山俺……俺やっぱ、影山のこと好きなのかもしれない!」

 ボールがスポーンする。チーム内でどうやら一番ボールに近いのは日向のようだ。

「影山ー! 今日のランク戦が終わったら、俺とボイチャ、つないでください!」

 大量の「集中しろ」コメントもむなしく、日向は一人、青春に向かって駆け出していた。



「で? お前、反省してんだろうな?」
「いえあの……その……あの……あぁ……」

 2時間半後。日向の短い青春は終わりを告げていた。
 ランク戦が終わったあと、通話を繋ぎたいとゲーム内チャットで申し出た日向に、「kgym」は思いがけずあっさりと了承の返事を寄越した。影山はゲーム用通話ツールを持っていなかったようで、あちらがアプリをインストールし、アカウントを作っている間に、日向は配信タイトルを「日向、男になります」に変え、サムネは「告白枠」の文字をボールド体で配したシンプルなものに変更しておいた。
 満を持して、通話をつなぐ。もしもし、と少し震える声で話しかけた日向に、影山は答えた。短く「何?」と。少し眠たげで、甘くかすれた、けれど底冷えする怒りを感じさせる――イケメンボイスで。

「おい。聞いてんのか? 今日の試合の言い訳あんなら早くしろよ」
「影山……じゃない、kgymさん、ですか、ほんとに……」
「お前、なんで俺の名前知ってんだ?」
「あ、ゲッ、やばっ、当たってた! え、あ、影山って意味で付けてたんだそのアルファベット、ハハ、すてきなハンドルネームですね! あのな影山くん、これ今配信してて」
「……配信?」
「ユーチューバで……」
「ユーチューバ? お前が?」
「俺のチャンネルで……一応、チャットにも書いてたんだけどさ……。ちなみに今、5000人見てる……」
「――何やってんの、お前」

 語気荒く配信に登場した影山(確定)に対し、驚くほど否定的な意見は来なかった。「なぜ配信をやっていないんだ」と言うしかない常軌を逸したイケボに歓喜に沸いていたし、そもそも大半は日向の矢のような失恋に爆笑していた。

「見つけた。『告白枠』って何」
「うっ、うう……」
「男になる? お前女だったのか?」
「馬鹿だろお前、馬鹿だろ」
「お前が言うな。クソみたいなレセプしやがって。今日の1試合目で一生お前にトス上げんのやめようかと思った」
「なぁんで影山くんはそんなに偉そうなのかなあ!?」
「うるせぇ下手くそ!」
「下手くそって言うな!」

 影山――のちに、「影山飛雄」という名と知ることになる男と初会話した日の出来事だった。圧倒的なゲームの才能、ムカつくほどのイケボ、それらと相いれない、やっぱり「暴言クソ野郎」な発言の数々。やり場のない怒りに燃え上がる日向は、のちに「日向&影山ケンカップル会話集」と題された動画が100万再生を迎える日が来るなど、知る由もないのだった。

 

 

引用元:ゴールド帯にしがみつく【ワルバリ】(日向のゲームチャンネル)