intermission II

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原作軸(牛影with天童さん)

・2015年11月、牛影が付き合ってる話

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 恋ってさぁ、どんな気持ちになるものなの?
 まるでテレビ中継を横目にプレーの解説でも乞うように男は尋ねてきた。電話越しの天童覚の問いかけに、牛島はあっけにとられる。牛島若利は、天童という男が、牛島の知らないだいたいのことを知っているのだと思い込んでいたからだ。
 スマホの使い方や、今流行っているドラマの楽しみ方、週刊少年ジャンプが月曜日に発売されるわけ。バレーボール以外のこと、とりわけ恋愛の機微なんて、いかにも天童が大得意の領分に思えた。

「知らないのか」
「うん、知らない。教えてよ若利くん」

 あしたのレシピの参考に、影山飛雄と若利くんの日常の悲喜こもごもをさ。
 牛島から影山との交際の報が入って以来、天童はやたら上機嫌だった。牛島若利の身に起こる、新しい感情との出会いを、牛島当人以上に喜んでいるように聞こえた。あるいは楽しんでいるというべきか。交際ってお付き合いしてるって意味? つまり恋してるってこと? 若利くんが恋? たぶんさ、すごくいいことだネ、ソレ!
 天童に言われると、そうかもしれない、と牛島も思うようになる。「マブダチ」の力はすごい。なるほど、恋をするのは、いいことか。

「『いるな』と思う」
「『いるな』? いるなって何!?」
「たとえば寮で俺が食事をしていて、影山が食堂に現れたとするだろう」
「ふんふん」

 牛島はイヤホンのつながったスマホを手に、部屋の中を移動する。テレビの横、ハンドタオルの上に置いてある、先日もらったばかりのブイリーのぬいぐるみを手に取り、牛島は腰を下ろした。この秋、Vリーグでは背番号をカスタムできるブイリーが発売されたのだが、牛島には不可解なことに、先日ファンの女性から、アドラーズ20番をつけたブイリーを贈られた。牛島の背番号は11番だ。困惑した牛島は、寮に戻ってから、アドラーズの20番、すなわち影山を呼び止めた。牛島の声に振り返った彼は、透明な袋でラッピングされた11番のブイリーを胸に抱えて、困惑を顔いっぱいに浮かべていた。
 よく分からないことが起きているぞ、ということをお互いに確認し、しかし特に議論は進展せずに、それぞれ相手の背番号をつけたブイリーを自室に持ち帰った。
 可愛くなっちまって、牛島さん。
 部屋に入り際、影山がぬいぐるみに向かって語りかけているのを目撃した牛島は、どうしてか、自分の胸がとくんと高鳴るのを感じた。
 あの己を模したウサギは、これから影山の部屋に居場所を得るのか。
 部屋に戻り、大きな目をしたマスコットとしばしにらめっこをしたのちに、牛島は「影山ブイリー」をそれなりに丁重にもてなすことに決めたのである。
 話を恋愛談議に戻す。

「――まあ寮暮らしだから、そういうこともあるよね?」
「俺は、必ずしも影山と一緒に食事をするわけじゃない。影山は、たとえば星海と夕飯を取ったりしている。だが、影山が現れてから、俺は別のことを考えているつもりでも、『影山がいるな』と意識して過ごす。影山が出て行くと、『影山が出て行ったな』と認識して、その意識が解ける」
「緊張するってこと? 影山がいると」
「いや、それは違うな。ただ、何というか……『影山が近くにいるときの自分』というものがある気がする。それに切り替わる。もしかすると、俺は、影山に見せたくない部分があるのかもしれない。いうなれば、影山の前では少し……」
「かっこつけたい?」
「ああ、そんな感じだな」
「へえー。でも若利くん、いっつもカッコついてんのにネ!」

 けらけら笑う天童に、牛島は小さく頬を緩めた。ずいぶんな誉め言葉のように思うが、こういう台詞をもったいつけずに口にするのがこの友人だ。その代わり、バレーの人気がないのは弱いからであるとか、手厳しい言葉もさらりと吐く。筋が通っていていいと思う。

「ほかには? ほかにもある?」
「そうだな。あるいは、影山がそばにいるとき、あいつの頭を撫でたり、抱き締めたりする妄想をする。今そうしたらきっと心が満たされるだろうなと。人目があるときは我慢するが、うずうずする。あの感覚がきっと『好き』なんだと思っている」
「はぁー。ナルホドねえ。その情緒俺知らないや」
「だから、あいつの髪に糸くずが付いていたりすると、これで口実ができたな、と思いながら触る」
「にゃははっ! 若利くんてば男子じゃん!」
「影山が一瞬慌てたあと、勘違いだと気付いて、照れたまますんとするのが面白い。あいつの喜怒哀楽をそばで見ていると、心が上向く」
「そっか。ウン、愉快だね。あした作る生チョコ、やっぱラズベリー入れようっと」
「それはどんな味だ?」
「甘酸っぱい恋の味」
「そんなものが作れるのか。お前はすごいな」
「若利くんの薫陶のおかげでね、たぶん! いつか食べてね」
「ああ。楽しみにしている」

 それから、影山のユニフォームを着たぬいぐるみを膝に載せたままひとしきりしゃべり、天童との通話を切った。今日の天童はずっと楽しそうで、牛島のよく分からぬ学びを得続けていたのが、牛島もなんだかおかしかった。

「牛島さん」

 10時過ぎ、寝支度を始めたころ、影山が牛島の部屋を訪れた。
 「影山がいるな」のスイッチと、「抱き締めたいな」という感情が同時にオンになる。

「どうした?」
「いや、用はないんすけど」

 今日は日曜で、明日、チームは全休である。少々の夜更かしは許容できる。

「あの」
「ん?」

 言葉を探してドアに挟まっていた影山の腰を抱き寄せ、部屋に引き入れる。何も言わずに抱き締めると、影山は少し迷い、丸い頭をこてんと肩に預けてきた。たぶん、顔が見たくなっただけなんだろう。牛島にも、そういうときがあるので分かる。

「こっちで寝るか?」
「えっ? いや、戻る……」
「大丈夫だ。何もしない」
「……牛島さんがそれ言うとき、ちょっと何かすんだよな」
「ちょっとだけだ」
「あんたにその気がなくて、俺が押しかけただけのときでもするの、なんでですか?」

 しばし、間近に見つめ合い、牛島は影山のうすいまぶたに唇を落とした。

「……決まっている。お前を好きじゃないときなんてないからだ」
「う……」

 照れと困惑を綯い交ぜにうめく影山を、やや強引にベッドまで連れていく。

「寝よう。明日も走るんだろう?」
「ウス……」

 結局、こうしてたいてい牛島に押し負ける影山も、牛島のことをいつでも好きなんじゃないかと想像する。想像して、幸せな気持ちになる。

「おやすみ。ゆっくり寝ろ」
「いや、パンツ! ちょっとのぞくな!」

 聞いてくれ天童、恋とはこんなに甘いものらしい。この先一生、この人以外選ぶことがないと分かってする恋はなおのこと。