intermission II

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永久欠番後日談(日影)

・2014年10月
・日影「永久欠番」(高3日影@pixiv)の後日談、ツッキー





「おれ影山のこと好きだよ」

 先手必勝、月島が口を開く前に先制攻撃よろしく日向が言い放つと、月島は一瞬面食らって、それからひどく脱力した様子で「ほんと君さぁ」と嘆いてみせた。

 春高県大会を優勝で終えてから初めての練習の日の朝だった。
 話があるから顔貸して。
 日向は月島にそう呼び止められた。え? と聞き返すと、「気付いてるのは僕だけじゃないから」と続き、省略された目的語については、「分かるよね」ではなく「分かれよ」と言わんばかりに、その目は脅迫的だった。
 部活終わり、日向以外が退室するのを待って、月島は部室のドアをつま先で蹴りつけるように閉じた。踵を返して尊大な態度で畳に腰を下ろしながら、月島は鋭くクリティカルな一手を繰り出そうと計画していたはずだが、日向の一言はその出鼻をくじく結果となった。

「好きってなに」
「好きは好きだろ」
「付き合いたいってこと?」
「別に付き合わなくてもいいけど」
「意味分かんない」
「なんでだよ? 付き合うかどうかと、好きかどうかって関係ないじゃん」
「あのさぁ……」

 月島は、日向・影山向けの試験日前のスパルタ追い込み授業のときのように、呆れ交じりの大きなため息をついた。

「そういう壮大な意味で君が王様を好きなことくらい重々知ってるんだよこっちは」
「エッ!?」
「当たり前でしょ」
「いや当たり前じゃないと思う……!?」
「別に隠してもなかったんじゃないの?」
「いや、うーん……まあ、おぉ? そうかぁ……?」
「そこらへんにうじゃうじゃいる王様好きの女子なんかじゃまるで太刀打ちできないくらい、君は人生レベルで王様に執着してる。人好きのする、普通のホモサピエンスみたいな君の異常の一番の矛先が王様でしょ」
「月島くん、言い方よ」
「君、相当重いよね。はたから見るとかなり怖い域で」
「げぇ……そんな? やばい?」
「別に、王様から君に対しても本質的には似たようなもんだからいいんだと思ってたけど。でも君らそういうのをはみ出たでしょ。君らっていうか、押し切ったの君でしょ絶対」
「……なんでバレるんだろ」

 月島は確信めいていて、日向をして、適当にお茶を濁そうなどという意欲を失わせた。かなわないのだ到底。月島は頭がいい。

「もともと君はときどきおかしかった。王様のこと見る目、焼き切れそうで、僕が想像してるよりもっと即物的な意味で王様のことを手に入れたがってるんじゃないかって疑うことだってあった」
「嘘だろ。おれ自覚なかったのに」

 そう言って頭を掻きながら、ふと日向は我に返って、月島が放ったセリフを思い返した。

「月島さん、もしかして、気付いてるの月島だけじゃないって言った?」
「言った。言っとくけど、はなから気付いてたわけじゃなくて、ここのところ君らがおかしかったせいだからね」
「……山口も?」
「山口も、時田も庄子も八乙女も」
「ウッソ! 2年が! てか庄子も!?」

 並べ立てられた後輩たちの名前に日向は顔をしかめ、口元を覆う。恋バナマイスター時田、ナチュラルモテ男八乙女に加え、うぶ担当庄子までとは、にわかには信じがたい。

「君さ」
「はい?」
「隠せてるつもりだったでしょ」

 月島は鼻で笑うように言い、あわれみを感じさせる表情で目を細めた。図星が過ぎて、日向は自分の慢心を誤魔化し損ねる。

「まあ……。影山はともかく、おれはいけるかなー、と」
「あーぁ、やだやだ。君、その性格で、普通に嘘つけちゃうタチなのほんとトラップだよね」
「トラップとは」
「みんな騙されてる」
「騙してはない。でも隠したいことはあるじゃん。人間」
「そういうとこだよ」

 日向の答えは何か事態を悪化させた様子だ。「自分に対するその冷めた割り切り、なに?」と不満げな月島が肩をすくめる。

「うーん、そんな隠すの下手だったかぁ」
「9月の遠征のときでしょ」
「……ん。そう」
「うんじゃないよ。君さ」
「うん」
「王様に何したの」

 胡坐を組み、左右の指先を触れ合わせて、そこにできた三角形を日向はのぞき込む。

「ちゅう」
「……頭どうかしてるでショ」
「してねー」
「してないほうが問題だよ馬鹿」
「うん。まあそうかも」
「開き直るな」
「てかバレてたんだろ。月島にも山口にも2年にも」
「2年の鼻がどこまで利いてるかは知らない。けど、少なくとも僕と山口はキス程度のことじゃないって分かってる」
「わははー……さーせん……」
「山口は個人の自由って言ったけど、僕は僕が腹立つことには文句言うことにしてるから」
「……うん」
「君たちはさ」

 月島はずれてもいない眼鏡の位置を直し、深々と息をついた。

「そういうんじゃなかったはずじゃない?」

 終始鋭い言葉を選びながら、しかし二人への本質的な理解を披露する月島に、日向はこっそり舌を巻く。3年かけてじっくり理解させられたことだが、月島は敏く、人間の機微に関する想像力に優れている。

「あ、やっぱし? おれと影山もさ、同じ意見……」
「じゃあ何がどうしたんだよ」
「……だってさ。おれ、影山より特別なやついないんだよ。今も、これから先も絶対」

 絶対、と月島は復唱した。日向はそれにうなずく。

「別れは目の前でしょ」
「おう。おれ一応、あと1年は日本にいるけど、影山下手すりゃ全日本とか行っちゃいそうだよなぁ。全然会わなくなりそう」
「ブラジルで彼女でも作れば?」
「モテ男特有の『作ろうと思えば作れる』理論やめてくんね?」
「そうは言ってない」
「……いつか、誰か女の子と仲良くなって、いい感じになったとしてもさ。――おれ、影山から電話一本入ったら、影山のことしか考えられなくなると思う。あいつはどう生きるんだって、そればっか頭の中にある。世界中の誰でもなく影山に『お前が特別だ』って思われてたいし、影山以外の人を、影山より大切にできる気がしない」
「……だからって王様と恋愛もしちゃうわけ?」
「レンアイじゃないって思ってた。でも、順番間違えたけど、結局好きになっちゃった。3年も付き合ってきて、今さら影山に見惚れちゃってる自分がいる。そりゃ影山に断られたらちゃんと我慢する気でいたよ。でも最終的には影山もおれのこと好きって言ったから許せ」
「言ったのあいつ」
「うん」
「どんな追い込み方したら影山がそんなこと言うの」
「人聞き悪いって! 脅迫したわけじゃねーからな!?」
「分かってるよ。けど、仮に本音でもあいつ言わないでしょ自分から」
「まあ」
「ねえ」
「はい」
「……本気で手出したの?」
「おう……」

 2人きりの部室に、重苦しい沈黙が流れる。月島は、触ってはいけない物体を前に、ティッシュでくるむか手袋を着けるか迷うような苦々しげな間をたっぷり空けて、やがて眉間を押さえ「信じらんない」と吐き出した。

「君ってそんな雄の本能に忠実なヤツだっけ」
「影山以外にはしない」
「影山にもしないだろって言ってんの」
「ごめん」
「あいつ大丈夫なの」
「なんかちょっとかわいくなっちゃったけど、一応だいじょぶ。でも二度とさしてくんないって言ってた」
「誘うなよこんな時期に」
「察されただけで、誘ってはねーって。おれは理性と戦ってるところです。うーん、隠し通せなかったかぁ」
「あのさ。君気付いてないみたいだけど、周りへの牽制ひどくなってるよ」
「うげ、そっちか! あー……うん、あはは、なるほど……」

 言われてみれば、そこは配慮が行き届いていなかった気がする。遠征を終えてから、日向は影山への恋情を隠そうと自分の言動にブレーキをかけてきたが、その分不用意に影山に接近する人物への嫉妬じみた警戒心が以前より強まっている節がある。先日、地元のテレビ番組の取材で訪れたタレントに対してなど、影山との距離感に大いにストレスをためてしまい、撮影後影山に「お前腹でも下してんの?」と指摘されたほどだった。

「気をつけマス」
「特に後輩に対してと、テレビの前では控えて」
「ッス……」
「王様とどうなろうとバレーには絶対影響出さないで」
「分かってる」

 この真っ当すぎる指導にはさすがに素直に従うしかない。バレーに支障をきたさないのはもちろんのこと、自分の気付かないところで烏野高校に風評被害を及ぼすのは避けたい。

「月島サン、この話、影山には……」
「するけど?」
「するのかよ! よろしければやめていただけない?」
「なんで? 君にだけ言う意味ある?」
「だってあいつは、受け身で」
「ハァア?」
「いえあのそういう意味じゃなくてですね! 精神的に、じゅ、受動的って意味! あいつはおれが何も言わなかったら、何もしなかったし、変わらなかったはず」
「あのさ。だからって王様が被害者なわけじゃないでしょ。一線踏み越えたのは君だろうけど、根本的に対等なのが君たちじゃないの」
「そうだけどもぉ! つらいからぁ!」
「あー、アイツに何聞いてやろうかな。バカみたいにうろたえそう」
「やめろってばー!」
「ねえ、でも、これは君にだけ言うけど」
「なんすか」
「僕、もしかすると、君は後悔してるのかと思ってた。影山に手を出したこと」

 月島は立ち上がり、足元の自分のバッグを取り上げた。遠ざかっていく声に、今日の話が、どうやらエピローグに突入したらしいことを悟る。

「なんで?」
「隠そうとしたから。今日そうしたみたいに、最初から言っちゃう選択肢もあったはずでしょ」
「……まあ、うん」
「君さ。王様のこと愛しすぎて、僕らに出し惜しみしてたでしょ。影山への宇宙規模のバカでかい感情を人に教えることすらもったいないって思ってたでしょ。――やめてよね。世界は君ら二人で完結しないんだから」
「……うん。分かってる。さんきゅ」
「あいつ、どういう奴に惚れられてるか分かってるのかな」
「やばいやつに惚れたのはおれのほうだよ」

 日向の返事を背に聞いて、月島はドアに手を掛ける。
 振り返った月島をまっすぐに見つめていると、やがて月島は諦めを漂わせて「だから、そういうとこだよ」と小さくつぶやいて、部室をあとにした。

 自分は間違っているのだろうか? 日向は首を傾げる。影山飛雄が、現代バレーボールの傾城じゃなくて何だろうか。
 今に世界は影山を見つけ、熱狂する。日向翔陽はそのとき彼の隣にいない。
 だが行くのだ。どれだけ時間がかかっても必ずそこへ。自分を特別に選んだ影山に、後悔も失望もさせないために。