intermission II

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原作軸(菅影)

・原作軸、菅影(モブ影の気配あり)
・2018年1月




 影山飛雄がどういう後輩だったかって聞かれたら、かわいい後輩だったと言うしかないんだよね、俺としては。
 元同窓生、現友人にして、小学校教諭の菅原孝支はそう会話を切り出した。彼にラインで呼び出された際、この日のトピックスを聞かされていた澤村は、「ずいぶん、遠回りをする予定のようだな」と感じた。ここから、彼独特のセンスでチョイスされた宇宙人が身をくねらせ「LOVEの予感」とつぶやく謎のスタンプにふさわしい展開にどうたどり着こうというのだろうか。途中、宇宙船を2、3隻乗り継ぐ必要があるかもしれない。
 菅原が影山と会ったのは、今月の頭、年始に影山が帰省していたときのことだろう。今年の年末年始は烏野高校OB会が計画されたものの皆の都合が合わず、会えるメンバーだけが散発的に会を開いていたが、影山は特に忙しかったようで、日帰りで短く帰省していたという。その際、実家のほか菅原と会う時間を作っていたという話で、このスケジュール自体、菅原の予定に合わせたものだったと聞く。

「烏野においては多数派だべ」
「うん、だよな。いや、そう。そうなんだけど。影山に改めて聞かれちゃって」
「何を?」
「菅原さんはどうしてあのとき泣いてたんですかって。あのときって、春高負けたあとね」
「ああ、うん」
「そりゃあ泣くよ、愛だよ。かわいい後輩に対する愛がほとばしったよ俺は。でもそう言ったら、影山は『俺、かわいがってもらえること何もしてないです』と言うわけ」
「そういうもんじゃないだろ」
「そうそう、そうなんだよ」
「あ、もしかしてあいつ、今のチームで上手くいってない?」
「大地さんよ。よい着眼点ですよ」

 菅原はまるで教室の生徒を褒めるように、しかし彼の教え子に対しては決してそうは振る舞わないだろう、絶妙に鼻につくしぐさでうなずいてみせた。
 澤村の言った「今のチーム」とは、男子バレーボール国内トップリーグのVプレミアで開幕から首位をひた走っている「シュヴァイデンアドラーズ」という仙台のチームのことである。影山飛雄が在籍しており、彼のリオオリンピックでの活躍によって、一気に国内での知名度を高めた(澤村調べ)チームだ。今2人が酒を酌み交わしている居酒屋も、壁にアドラーズのユニフォームが飾ってある。

「そんなふうには見えないな。チームの雰囲気よさそうなのに」
「うん。上手くいってないとは言ってない」
「お前は何なの? 俺をもてあそびたいの?」
「着眼点はいいんだよ。チームメイトとの関係の問題だから」
「それが、お前にどうつながるの? 直線的に進んでくんね?」
「とても急ぐじゃん。俺、なにかで捕まっても大地には尋問されたくないな」
「お前が凶悪犯罪に手を染めたときは心ゆくまでじっくり話聞いてやるから。今は巻いてくれる? ……いや待て。捕まるなよ菅原」
「分かったよ。つまり、『うまく行き過ぎた』って話でさ」
「うまくいきすぎたぁ?」
「影山、先輩に告白されたんだって」
「は?」
「チームの」
「牛島?」
「ノータイムで特定すんなって! 違うし」
「星海はないだろ」
「分かんないだろ! いや、いいんだよ、誰かっていうの関係ないから。ゆるっと聞けよ」
「分かった。牛島の顔にモザイクかけながら聞くわ」
「牛島じゃないっての」

 誰か思い浮かべないと想像しにくいだろ、と澤村は目を閉じて菅原を促した。ちなみに、後ほど酒が入ったタイミングで詳しく尋ねたところ、影山からこの件を聞かされた菅原もノータイムで「牛島?」と聞き返したという。牛島に男色の気があるかは別として、実力派ぞろいのアドラーズのお歴々の中で、軽率に名前を出す人物として手ごろだったのは間違いない。

「影山、それなんて答えたの」
「答え待つからって言われて、いったん持ち帰ったらしくてさ」
「本気の告白じゃん。少女漫画のヤツじゃん」
「そ。で、影山としてもその先輩のことは嫌いじゃなくて、好きかと言われたら、まあ好きかなって感じだったんだそうな」
「チームメイトとしての話だろ?」
「多分。ヘンないじり方でもされないかぎり、先輩嫌うヤツじゃないもんな。でもアイツ真面目じゃん。好きだけど、どういう好きか分からなくて、もしかしたら相手が思うのと同じ好きなのかもしれないって迷ったらしいの」
「マジその先輩何してくれてんだよ……影山困らせないでやれよ……」
「それな」
「で、スガはいつ出てくるのよ」
「今今。そんで、困った影山が俺に連絡してきたわけ。俺と会って話してみて、俺に対する感情と、その先輩に対する感情の質が違うのか確認したいって」
「なるほどなぁ。同じだったら、単純に先輩に対する好意ってわけか」
「そそ」
「で、会ってみた結果?」
「違ったらしい」
「え、カップル成立!?」

 それはなるほど、LOVEの予感というやつかもしれない。しかし、納得しかけた澤村を光速で菅原は否定した。

「いや。違くて」
「は?」
「影山がさ、言うんだよ。俺と会ってみて、『やっぱ違いました』って」
「違うんじゃん」
「菅原さんのほうが好きでしたって」
「は?」
「菅原さんと一緒にいるとあったかくて幸せな気持ちになるけど、その先輩だとならないって。だから断りますって言ってた。どう思う?」
「LOVEじゃん……」
「LOVEだろ?」
「なに自慢? モテ自慢?」
「いや違うし。報告だし」
「要らんよその報告」
「俺と影山が付き合い始めた報告要らん?」
「付き合い始めた!?」
「ほら。要るべ」
「なんで! 経緯すっ飛んだだろ今!」
「影山がさぁ、俺との思い出をとつとつと語るわけよ……無理。愛おしいもん」
「スガ、いやお前が影山を大事に思ってるのは知ってる。でも、冷静に考えて、そういうんじゃないと思うぞ……」
「俺も半信半疑だけどさぁ。影山は、またチームに帰っちゃうわけだろ。で、その先輩にまた『返事考えてくれた?』『俺お前のことほんとに大切にするよ』って口説かれる。なんかヤじゃん。『ほかに付き合ってる人がいます』って、『菅原さんって人です』って言わせたいなって思ったんだよ」
「それ、父性じゃね……?」
「どーかなあ。その日影山と飲んでて、けっこう、エッチな気分になったんだよなぁ」
「…………要らんよその報告……」

 澤村はレモンハイを口の端からこぼしながら、信じられないものを見る思いで旧友の横顔を見つめていた。





「『お前からそれを聞けただけでここに来た意味がある』って、『このチームをそんな風に思ってくれるなら、きっとこの先も』って言って、菅原さんが泣いてるのを見たとき、俺は一生、菅原さんとバレーした時間を忘れないだろうと思いました」

 後日、澤村に呼び出されて一人カフェを訪れた影山は、甘いラテの湯気にうずもれながらそう打ち明けた。久しぶりに会った2つ下の後輩は、相変わらずまなざしの鋭い、スポーツファン好きのする顔つきをしていたが、他人の愛情にくるまれることを知っている人間にだけある隙がのぞき見えるように感じてしまうのは、澤村の先入観のせいだったのだろうか。

「バレー選手として、セッターとして、たくさん間違ってきた俺が、コウセイ……キョウセイ? されたことに安心してるわけでもなくて。菅原さんはただ、俺の人生を思ってくれてたんだと思いました。俺に足りないものがあることをおかしいっていうんじゃなくて、足りないものを与えてくれようとした」

 影山の表情は穏やかで、無表情にも近いそれなのに、澤村のほうばかり余裕がなかった。菅原の注いだ愛を、何の邪心もなくまっすぐに受け止めている影山を前に、その澄み切った感情のやり取りに、どうにも泣いてしまいそうだった。

「中学までのことに俺は後悔が、あって……俺はいつもどこかに罪悪感みたいなものがありました。そこに痛みを感じなくなったらだめなんだと思ってたし、俺は自分が結果を残す裏側で、この先もずっと、誰かを傷つけながらバレーをするんだと思ってた。でも、菅原さんは俺にそういうの、なにも要らないって言う。このまま俺は、前に進んでいいんだって思わせてくれる。菅原さんは、愛をたくさん持ってて、豊かだと思いました」

 つまり、とただすまでもなく、影山はぽつりと「菅原さんが好きです」とつぶやいた。

「やっぱりだめですか?」
「いや。全然。『どういう意味の好き?』とか聞こうと思ってたけど、野暮すぎて聞けねえ」
「意味は、俺もあまり分かってないです」
「……うん、いいよそれで」

 影山の頬はどことなく赤く、下心のない他人をして、ぎくりとさせる力があった。いつの間にそんな顔するようになったんだ後輩よ、と澤村は心の中でひとりごちる。
 いんじゃね。もういいよ、幸せになってくれ。

「えーっと、あれだ、スガのことよろしくな」
「はい。よろしくお願いします。すみません」
「謝ることないっスよ」

 かわいい後輩ではあるけれど、この後輩をこんなにかわいくしてしまったのは菅原、お前なんじゃないのか、と澤村は思うのだ。