intermission II

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原作軸(侑影)つづき

1つ前の侑影のつづき(過去、付き合っていたころの話)、日向なし
・2016年12月くらい





 人と付き合うって、どういうことやったっけ?
 侑は思春期真っ盛りの学生時代にさえ、ついぞ直面することのなかった疑問に頭の中を占拠されていた。
 ――考えるな、感じるんや。
 あらゆる実践的取り組みにより、恋愛にまつわる悩みらしい悩みを退けてきた過去の自分が無責任なエールを送ってくる。
 だが、目の前で姿勢よく座り、ローテーブルに向かって煎茶をすする少年は、侑くん好き好きオーラや、一緒にいるだけで幸せでおなかいっぱいなのメンタルの類は持ち合わせていない。無だ。付き合う前もあとも彼の態度は何も変わらなくて、何か壮大な勘違いが生じているのではないかと日に日に疑惑が濃度を増してくる。あれぇ、キミ、俺とちゅうしましたよね? と不満交じりに思いつめるにつけ、いや俺何しとんねん、とそっちにひっくり返りそうになる。あれが2か月と少し前のこと。
 1年半付き合った彼女にふられてやけっぱちになっていたとしても、度が過ぎるんちゃうか、ジブン。そもそも影山は、「侑の彼女をやってくれ」という何のメリットもない売り言葉をどうしてあっさり買い受けたりなんかしたのだろう。考えれば考えるほど、さっぱり訳が分からない。

「飛雄くん」
「はい」
「質問あんねんけど」

 今は12月の末も末、僧侶が最後の給水を終え、やけくそ気味のラストスパートをかけるような時期だった。Vリーグのシーズンも年末年始の中断期間に入っており、影山と侑はスポーツ番組の撮影のため東京を訪れていた。同じ宿の隣の部屋を用意されたので影山の部屋を訪れてみると、誰何されることもなくドアが開き、にこりともしないくせに用も訊かれず通されてしまうので、どういう顔をしたらいいのか分からなくなる。
 世間はカウントダウンコンサートや旅行の需要で、ビジネスホテルはどこも手いっぱいらしい。番組に案内されたのは、都内のシティホテルの和室フロアだった。窓外には日本庭園が、というわけにはいかないが、ビル街が眼下に広がり見晴らしはいい。

「質問なんですか?」
「俺ら今何してるん?」
「今は茶飲んでます」
「いや、ちゃう。付き合うとる感じせえへんよなって話」

 影山は、大きな目をぱちぱちとしばたいた。試合中の彼が、コートサイドのベンチに向かってチャレンジを求めるときの表情に似ていた。ぎくりとするほど、淡々とした「不本意」がそこにあった。

「え。します」
「嘘やん。どんな体質? あれきり試合でしか会うてへんかったし。ラインも電話も別に増えてへんし。前と変わらんやろ、実質」
「宮さん」

 テーブルの角を挟んで隣に座っていた影山が、畳の上をいざりよって、侑に膝をくっつけた。

「え、なん」

 透き通る虹彩に吸い込まれそうだ、と感じた直後、腕を引かれて体がかくんと傾いた。
 視界が翳る。
 唇に、温かいものが触れた。

「浮気だめです」

 もう一度、ゆっくりと影山に口づけられる。

「だめです。俺と付き合ってるから」
「なぁ、嘘やろ……」

 手がひとりでに影山の背へと回る。自分とさほど変わらない、筋肉質な体を抱き寄せて侑のほうから口づけると、影山は一瞬だけ目を閉じた。唇を離すと、またまぶたを上げる。

「君怖いわ」
「もしかして浮気してますか?」
「いや。……なあ飛雄くん、もうちょっと、疑っとる顔できんの?」

 言葉とはうらはらに、影山が侑の浮気を疑っているようには見えなかった。信じている、その代わりに、妥協も譲歩もない。脅迫じみたものさえ感じる。

「宮さん」
「なん」
「好きですよ」

 時に出会う、苦笑いしてしまうツーアタックのような。冷静で会心で痛恨の一撃をどうも。

「なんで。どこが。ほんまに?」

 侑は、自分が付き合いたての彼女に言われるようなことをつい口にする。

「たくさん」
「アホ。どこって訊いてるやん」
「ちゃんと」
「うん」
「生きてるところとか」
「なんそれ。謎めかんといて」
「試合で、宮さんと……こうやって」
「向き合うて?」
「はい。向き合って、宮さんのプレーに振り回されながら、セットアップ、嫉妬とかしながら」
「うん」
「宮さんが会うたび強くなんのが俺の前提で、それが、間違ってたことがないです」
「なん。バレーの話やん」

 バレーの話ばっかり、と言われるのはいつも侑のほうだというのに、影山といるとおかしなことばかり起こる。
 侑に頬を撫でられながら、影山はきらきら、瞳に光を集めては言葉を続ける。

「むかつくくらい、いいセッターです。かのじょにフられても」
「傷抉ってくんなや」
「信頼してます。仲間としてもすごく。俺も宮さんにとって、そういうのがいい」
「ムズい……」
「宮さんはかっこいいです」
「マジか」
「俺が独り占めできるなら、します」
「なんそれ、もぉ、なんなん」

 くそったれ、と悪態をつきながら、侑はまた影山に口づける。顎先を押し下げ、歯列を割る。いよいよ後戻りができなくなるのを分かっていて、舌を絡めてしまう。

「本気になるやろ……」
「いいですよ」
「よぉないわ。男どうしやで」
「今すか」
「それな。……もうええかそれは」
「はい」
「いろいろしたなってきた。なあ、どう思う」
「していいですよ」
「ウソや。絶対意味わかってへんし」
「俺、宮さんと付き合ってるから。ぜんぶ、いいですよ」
「なんでそんなこと言うん?」

 「宮さんと付き合ってるから」、と言いながら、少し自慢げにする影山がかわいかった。
 侑が彼女と別れた傷を癒やして、元気になるまで。そういう始まりだったことをこのときにはもう忘れていた。


 影山は侑に甘かったし、漫画の中でしか見たことがないような、嘘のない、いじらしい好意を向けてきた。
 侑はその一途さを、付き合っているからこそなのだと考えた。つまり影山は、ほかの誰かと付き合ったらきっと、その誰かをまた底抜けに誠実に愛するんだろう。侑に対してそうであったように、無菌室なバレー人生で有り余った愛の引き取り手を探すみたいに、一心に傾けるのだろう。
 そんなことを考えて、侑はずっと、まだ見ぬ誰かに嫉妬していた。いつか誰か、自分より上手に影山を愛するだろう誰かに。自分より心豊かで、世界のいろはを知る優しい誰かに。

「飛雄くん、浮気したら絶対許さへんよ」

 侑は寝言のように繰り返した。
 そうすると影山は決まって少しあきれて、シーツに頬をうずめ、「好きですよ」と言って笑うのだった。