intermission II

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原作軸(侑影+日)

・侑影+日向
・2018.7くらい




「やっぱ言うといたほうがええよなぁ……」
「はい?」

 決められた夕食時間が終わると、たちまちジャッカル寮の食堂は閑散とする。サプリメントが並べられ、24時間利用可能なコーヒーサーバーも用意されている食堂だが、手狭なせいで内緒話には向かず、1組いればほかは遠慮する、という暗黙の了解がある。今日は、食事の時間から日向と侑が話し込んでいて、調理師も20、30分ほど前に帰ってしまったから、食堂はすっかり2人の貸し切り状態だった。

「宮さ……侑さん、何をですか?」
「いやでも、言わんでええっちゅう考えもあるよな?」
「だから何をですか! 俺何とも言えませんって、もー!」

 高校時代に、春高で2年連続しのぎを削った宮侑と日向が同じチームになったのは、けっして偶然ではなかった。このセッターが卓抜した能力を持っているのを日向は知っていたから、彼になら自分を「跳ばして」もらえると思ったし、純粋に彼と一緒にプレーをしてみたい興味もあった。侑の所属するチームがトライアウトをしているか――という部分に関しては運が大きく絡んだが、逆に言えば、偶然と呼べる要素はおよそそのくらいだった。
 高校時代の侑を見るかぎり、かなり好戦的な人物ということは間違いなく、さて上手くやれるだろうかと多少の人間関係の心配はあった。実際、最初の数日は交流を深めるというより、からかわれ倒したという表現が適切で、疲れ果てた日向はペドロと過ごしたブラジルの住まいに激しく焦がれたが、数週間もするうちにそれも次第に慣れていった。
 宮侑は、明るく、人とのコミュニケーションに前向きな人物である一方、すっとカーテンを引くように他人と距離を取る心の雲行きがあった。時折日向はそうした雰囲気を察して退き、そこは、双子の片割れである治がいなければ覗き見ることができない領域なのだろうか、などと考えた。
 とはいえ、日常の会話には差し支えない。話題が豊富でウィットに富んだ侑との会話はあっという間に時間が過ぎる。今日もそうしておしゃべりを楽しんでいたのだが、前々から日向に何か話があったらしい侑は、午後も9時を回って急に歯切れが悪くなったのだった。

「言いたいんですか? 言いたくないんですか?」
「そらー君、言いたないよ」
「じゃあ言わなくてもいいですよ」
「でも言わんのもアレやんか。キミら的に言うと、『いずい』ゆうヤツやねん。いや言う。言うわ」
「ど、どうぞ」
「改まらんといて。ふつーにして聞いてくれへん。ほら翔陽くんコーヒーでも飲んで」
「ウッス……」

 ずず、と日向は紙コップの中の冷めたコーヒーをすすった。苦くて味気ない。それにしても、「いずい」などという宮城の方言を侑がよく知っていたなと思う。

「ここのコーヒー旨味ないよな。ブラジル帰りの翔陽くんなんか飲んでられへんやろ」
「うーん、熱いうちはけっこういけますよ。でも冷めるとちょっと」
「よなぁ。ほんで、俺なあ、飛雄くんとしばらく付き合うてたんよな」
「あ、影山といえば、アドラーズ寮のコーヒーは旨いらしいです。星海さんから聞いたんですけど、――は?」
「は?」
「今侑さんなんて言いました?」
「コーヒーマズイよなぁて」
「そのあとですよ。影山と、はい?」
「付き合うてた」
「付き合ってた!?」
「ちょ、声デカいわ。ここ防音ゼロやねんから」
「付き合うって何ですか」
「中学生みたいなこと言わんといて。アレや、普通に、いわゆるお付き合い」
「俺もしかして今日どっかで頭打ちました?」
「打ってへんよ、最高に健康体しとるで」
「付き合、付き合う、付き合うって! あの、影山ってあの影山とですか。影山のお姉さんとかじゃなくて」
「なんで飛雄くんの姉ちゃんと付き合うねんややこしい」
「影山と付き合うほうがややこしいですよ!」
「むっちゃ一理あったわ。いやもう、しゃあないねん、いろいろあってん」
「……侑さんって」
「なん」
「影山のこと好きだったんですか……!」
「いやもう、やめてくれ。違うことないけど、男は複雑な生き物なんや」

 侑は身悶えしてマズイと言い切ったコーヒーを渋い顔で一気にあおった。
 日向はもちろんパニックだった。付き合う、交際するというのは、つまり恋人どうしになるということだ。こちらに来る前、幸せに結ばれたエイトールとニースのように。侑と、影山が。

「待ってください全然頭追いつかない……!!」
「落ち着いてや。もう別れとるし。別れて結構なんねん。お互い過去やねん。そう、過去」
「い、いつごろの話なんですか」
「君がブラジル行ったあとちゃう? なんだかんだ、1年くらい付き合うてたかな」
「なんでそうなったんですか……?」
「なんでやったっけ……」
「俺、侑さんって、すごく女の人にモテて」
「まあまあな」
「遊んでそうに見えて、でも意外とちゃんと決まった女の人と付き合って」
「おん、せやな」
「ある日突然、前触れもなくフラれて、すっごくショック受けるタイプだと思ってました」
「オイ表に出たらんかい。なに持ち前の洞察力発揮しとんねんアホ、そのとおりじゃ!」
「なんでそれで影山なんですか!」
「いやむしろ理由思い出したわ! 全日本の合宿中にそんときの彼女にフラれて、飛雄くんにむちゃくちゃ八つ当たりして、勢いで押し倒したらアイツ、むっちゃ優しく抱きとめてきよったんや! なんちゅうことすんねん!」
「侑さんほだされやすっ!!」
「ちゅーしようとしても避けんし!」
「侑さんと影山がチュウッ……!?」
「君が俺の彼女やってくれるん? って聞いたら、宮さんが元気出るまで、いいですよ。って。……言うてきてん。はあ? 飛雄くんおかしいなほんま。思い出しキュンしたで今」
「じゃあその、売り言葉に買い言葉ってことですか? 口約束っていうか」
「イヤまあまあ。まあまあな」
「それ、付き合ってたんですか……?」

 むしろ付き合っていたというのが誤解だったのではないか、やっぱりな、と日向は胸を撫で下ろしかけた。しかし。

「付き合っとるは付き合ってたで。デートとかしてもうたし。ちゅーもしたし。まあその、まあまあひととおりやったわ」
「はい……?」
「あの子ほんま……鈍感なくせに、変なとこ察しがええんよな。正直気楽やったし、顔はええから見飽きんし。そういうわけやから、翔陽くんには一応言うといたほうがええかなって。俺らむちゃくちゃ因縁あんで。今年のアドラーズ戦絶対勝つでこれ、翔陽くんも意気込んでや?」
「侑さん……」
「ハイ」
「俺、今、すげえ腹立ってます……」
「あ、やっぱし? いや、なんでやねーん。ええやん、君のそのー、ちょっとした元相棒やんかーい」
「影山、俺のが絶対因縁あるから! 俺の『ラスボス』との一戦! すげー楽しみにしてるんです……!! 変なののっけないでください!!」
「やー……しゃあないやん……お互い大人やし、いろいろあんねんて。あ、付き合い始めたとき飛雄くん19か。まあ誤差として」
「ほんと……何やってんですか二人……!! なん……なんで付き合っ、ああもう!」
「ごぉめんて、一緒にアドラーズ倒そ? な?」

 Goジャッカル! と侑がこぶしを握って見せるが、もはや日向は全身、力が入らない状態だった。まったく信じられない。プライベートな領域は、仲間内でも距離を空ける人だと想像までしていたのに、まさか影山とそんなウェットな関係になっているだなんて思いもしない。

「ちなみに、なんで別れたんですか……?」
「なんでやったっけ……。あ、せや、飛雄くんが俺に言わんとサムの店にむちゃくちゃ通ってたんが判明してな。なんやケンカんなって、浮気やぁ言うて別れたような……」
「しょうもない……!!」
「いやオブラート着せんかい」

 そんなわけで、ブラックジャッカル対アドラーズの今シーズンの一戦は、日向と影山の因縁の再戦、侑と影山のライバル対決、そして痴情のもつれが絡み、きわめて複雑な意義をはらむ試合になってしまった。「飛雄くんあれからカレシつくったんかなあ」と顎をさするこの男に跳ばしてもらい、日向は影山と全力でぶつかり合わなければいけないのだが、果たして試合は大丈夫なのだろうか。