intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

原作軸(牛影+日)

・牛影が日向さんに迷惑かける
・2018年11月くらい


 



 牛島さんは不思議な人だ。
 普通じゃないことを普通にするくせ、「そういう考え方も世の中にはあるんだなあ」と人を説得する力がある。それも言葉じゃなくて、ゆったりと座ってる、その佇まいで。牛島さんがそう言うなら、そうなのか。俺は今日この店で牛島さんと会って以来、そういう感慨をすでに3、4回抱いている。でもよく考えると、いや、おかしくね? ってなるようなことばかりだ。
 遠征中の外出、大丈夫なんですか?
 土日の連戦で、アドラーズはブラックジャッカルホーム地近郊を訪れていた。ゲーム数の調整の都合で、その土日はブラックジャッカルの試合はなくて、俺のほうは寮の外出許可を取ればいいだけだったが、牛島さんは違う。チーム宿舎に本来夕食が用意されてて、チーム負担で食事が提供されるはずなのだ。
 大丈夫だ。
 牛島さんは言った。うちは許可制で、マネージャーに申し出れば外食ができる。
 へえ、そうなんですね。としか言いようがない。チームメイトの影山からは、そんな話聞いたことないけど、とかは言えない。まあ、実際どうだか知らないのだ。影山飛雄という男は生真面目な人間で、仮に外食OKだったとしても、栄養士が監修しているホテルのメニューを平らげることを優先するだろうから、制度を活用することはあまりないだろう。牛島さんも本来そちらの人種なんじゃないのか、という疑問の種が目の前にあるわけだけど、今、それより優先すべきことがどうやら彼にはあるらしい。

「対戦前に会うのって、ヤバくないですか?」
「別に、ヤバくない。リーグ戦だし、序盤だ」
「あ、そうなんですね……。俺まだあんまこっちの感覚分かんなくて」
「俺も詳しくはない。今日はお前に話があったから、例外だ」

 謎の権限でもって、牛島さんはそう宣言した。

「……影山のことですか?」
「そうだ。意外か」

 牛島さんは俺を見やることなく、もくもくとチキンを口に運んでいる。

「いえ。ぜんぜん」
「俺は、高校時代のお前たちをそんなに知っているわけではないんだが」
「はい」
「あいつが高2のころには、うちは獲得に向けた勧誘を始めていたから、俺もそういう意識で影山のことを見ていた」
「そうなんですか」

 あいつ。
 俺は心の中で牛島さんの発した二人称を転がした。親しげ、と賽の目が出る。

「それから、高3になり、インターハイで――いや」
「はい?」
「よそうか。別に、関係のない話だ」
「はあ……」
「日向翔陽。俺は今、影山と付き合っている」
「……へ?」

 突然、俺は蚊帳の外だった。牛島さんが他人になった。影山を連れて遠のいた。遅れて、心臓が脈打ち始める。

「付き合う?」
「交際している」
「交際……、こう、え、影山? 影山とですか?」
「そうだ」
「好きってことですか」
「……そうだな。好き、ということだ」

 牛島さんは落ち着き払っていたが、食事の手は止まっていた。重大なことを話している、という意識があるらしかった。

「お前は影山を恋愛対象として見たことがあるか?」
「い、いえ! まさか、ないです」
「そうか」
「なんでそう……、一緒にバレーしてるうちにってことですか」
「そう言うと、チームメイト全員に惚れなければいけない気がするな」
「それは違うだろうけど……」
「違う。そうだな。一人の人間としてとても好ましいと思った。人に譲りたくないと思ったから、特別な関係になりたいと伝えた」
「牛島さんから」
「ああ。放っておいたら、影山のほうからは何も言わなかっただろうな」
「今は、ほんとに、付き合ってるって感じなんですか」
「そうだと思う」
「へえ……」
「なんだ?」
「影山も恋愛とかするんだなって、びっくりしてます」
「する」

 牛島さんの口元が、小さくほころんだ気がした。
 俺の知らない、知ることのなかった影山を牛島さんは知っている。
 たぶんもともとからして、影山は牛島さんに対して俺とは違う接し方をしていて、もののはずみに恋愛に発展するような、そういう姿を見せたのだろうなと思う。
 たぶんそれは、俺のほうが影山との関わりが浅かったとか、そういう単純なことでもなくて、見せる側面が違ったのだろうなと思う。俺は影山と永遠のライバルになれたとしても、家族になることはきっとない。恋人になることは、もっとありえない。

「どういうことするんですか」
「大胆なことを聞くな」
「え!? あ、あ、いや違くて! 違わないか、でも違くて!」
「別に、普通だ。俺は俺の好きなときに影山を抱きしめていいことになっている。逆もしかりだ。だいたいそんな感じだ」
「影山が……マジすか……」
「結構、寂しがりだな、影山は」
「や、初耳です」
「……日向翔陽。影山の人生にとっての重大さにおいて、お前にだけはかなわないと思っていた。お前が影山を好きでなくてよかった」
「……嫌いではないですよ?」
「そういう話はしてない」
「……そうっすね。――今日、その確認ですか」
「そうだ。これで心置きなく戦える。来週よろしく頼む」
「な、なんだかなー!」

 勝手に火照る頬をごまかすように声を上げる俺を見ながら、今度こそ牛島さんは微笑んでいた。影山と思いを通わせ合うことはこんなに幸せなことなんだぞ、と教えられているみたいで、胸がぐっと詰まる。

「影山に言ってもいいですか」
「なんと?」
「牛島さんと付き合ってるってほんと? って」
「……できれば試合後にしてくれ」
「ですよねえー」

 知らぬ間に牛島さんに惚れられていた影山に、さて次会って俺は何と言おうか。数年ぶりの再会で、大事な一戦の前だから、俺の頭からその件が吹っ飛んでしまっているとありがたい。ゲームセットになった瞬間、「そういえば付き合ってるんだっけ」と思い出してしまうのも、なんだか情緒が不安になるけど、なんとかそこまでもてば御の字か。

「あいつのどこがいいんスか」
「日向翔陽。こういうものにはたいてい、理由がない」
「んぐぐっ」

 この、早々に敗北したような気分をどうしてくれようか。