intermission II

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原作軸if侑影

・及影を警戒した宮さんによる侑影(中身は侑影のみ、及影派の方向きでないかも)
・3年前くらいに書いたものなので、情報が古いです。少し修正はしています。


 




 隣に座る影山飛雄が、メニューで顔を覆いながら唐突に肩口に体を預けてきたので、とうとうノンアルコールビールで酔いが回ったのかと思えば、そうではなかったらしい。

「どないしたん」
「か、隠してください」
「隠す?」

 奥の小上がりの座敷と、侑たちの座る壁向きのカウンター、それからテーブル席で、全部で50席くらいはあるだろうか。駅ビルの中にある創作和食の居酒屋は落ち着いた雰囲気で、ピーク時を過ぎただろう9時半現在も、満席の客でにぎわっていた。影山の地元に行ってみたいと宮城に初上陸した侑は一日フル稼働で影山と歩き倒し、お互い存外くたびれていたので交通の便のいい駅ビルを選んだのだが、それが困った事態を招いてしまったらしい。

「知り合いがいるんです」
「見つかったらまずいん?」
「まずいです。俺のこと嫌いで、すげー絡んでくる人なんです。中学の先輩」
「バレー部?」
「はい」
「えー、めっちゃ話聞きたいやん。どの人?」
「奥の座敷の、白いセーター……ちょ、そんなガン見しないでください、バレるんで!」
「はあはあはあ、茶髪の?」
「そうです。宮さん、マジでやめてください」
「あー、萎えたわ。イケメンさんやん。関わらんとこ」
「どういうことっスか」

 カウンター席では、影山が出入り口に近い側、奥に侑が座っている。そのさらに奥の座敷に、5人くらいの男女グループがいて、上座に座っているのが、どうやら影山の先輩なる人物らしい。
 自分がイケメンだということをよぉく知ってますよ、という雰囲気がたっぷりのイケメンだった。店内は音楽が流れているし、こちらの会話が届くような距離ではないが、向こうのテーブルが大きく笑い声を立てると、僅かにその男の声が聞こえてくる。

「名前なんていうん?」
「及川さんです。2つ上の先輩でした」
「ふうん。おいかわさん。ポジションは?」
「セッターです」
「せやろなぁ。今絶対そうやろなて思った」
「……俺言いましたっけ? 及川さんのこと」
「言うてへんよ。けど飛雄くんにウザ絡みしとる時点でお察しや」

 元先輩セッターは、素直に計算すると、今年大学4年生ということになる。友人らしい同世代の男女と鍋をつつく彼は楽しげだ。あまり見るなと服を引っ張られた侑は、影山に向き直って頬杖をついた。

「仲ようなかったん?」
「はい。ポジション同じだったんで」
「なんやそれ、理由になってへんよ」
「……なりますよ」
「なんで。俺飛雄くんと仲ええつもりなんやけど」
「それは……」
「俺の気のせい?」

 距離を詰め、下から影山の藍色の瞳を覗き込めば、彼はゆらりと視線を彷徨わせ、分かりにくく、照れた。

「気のせいじゃないです」
「ん。よかった」
「さーせん」
「ええよ。せやけどなんで? 飛雄くん、先輩に嫌われるタイプと違うやんか」
「え……違わねえと思うし、……俺しつこかったんで」
「ん?」
「教えてくれってすげぇ頼んだし、サーブとかブロックとか、及川さんの見て覚えたんです、俺」
「……なんや、上手いんあの人」
「上手いです」
「言い切ったな」
「敵わねえから、あの人には……」
「……はあ? 本気なん」
「本気って?」
「飛雄くん年代別選ばれて、世界のあっちこっちで日の丸しょって試合して、まだ中学んときの先輩に負けとるつもりなん?」
「……ああ、宮さん、及川さん見たことねえか。でも、いや、そういう意味じゃないです。あの人のバレーに対するコンプレックスみたいなのは、もう感じてないつもりなんですけど……。及川さん、すげぇケツの穴ちっせーくせに、デカイんです。俺にとってはずっと、たぶんこの先も」
「そんなこと聞いてへんしそんなわけあれへん」
「……はい?」
「嫌や」
「え?」
「嫌や。俺にして。もう何年もずっと一緒におるんは誰なん?」

 影山は、不思議そうに目をしばたいて、みやさん、と小さな声で呟いた。

「憧れるんも、お手本にするんも、ライバルも、俺でなんか足りてへんとこある? 俺でええやん。聞かれたら教えたるし、いくらでも君のこと受け止めたるよ。なんやねん、はよ中学から卒業し」
「卒業はしました。宮さんと及川さんは違います。宮さんは、ライバルだし、チームメイトです」
「でも先輩やん。あ、先輩や思てへんな。俺かて先輩できるで。なんでもできる」
「なんでも」
「先輩でも友達でもカレシでもできるよ」
「……宮さんが、かれし」
「あ、いや。――言葉のあややん」
「はい」

 侑は冗談と説明して、影山もそれに納得したはずの会話なのに、空気はちっとも軽くならなかった。視線が湿度を帯びて絡んだままだ。侑の喉はいやに渇いている。

「飛雄くん」
「はい」
「俺が彼氏やったらどうする?」

 俺と、ちゅーとかするん。もっとすごいこととか。他の人と絶対せんことすんねん、想像してみて。かすれた声で囁くと、影山は睫毛を小さく震わせた。

「分からない。……でも、心臓」
「うん」
「苦しくなりました」
「それ、どっち。ほっぺ赤いよ。俺のこと好きなら言うて」
「……」
「俺は好きやで。飛雄くんも、俺のこと好きやと思う」

 おい、必死か。なに言うてるん、俺。
 意識は目の前の、のぼせた顔の青年と、それから背後の奥座敷に向かっていた。
 今ここで選ばせなければいけない気がした。逃げ道を与えず、いくらか混乱させたまま、宮侑を正答にしてしまわなければいけない。

「な? そうやろ?」

 侑が仕掛けた糸に引っ張られるように、影山はこくんと頷いた。好きです。目を細める影山を抱き締めずにはいられなかった。





「悪趣味」

 見込んだとおり、くだんの男は侑のことを認識していた。トイレの出口で待ち伏せていた侑に、及川は挨拶も省略し、開口一番、ため息交じりにそう言い放ったのだった。

「なにが? オイカワさんに見えるよう飛雄くん抱き締めたことですか?」
「それもだし、まず男の趣味がだよ」
「男どうしってのは否定せんのですね」
「そこは個人の自由でしょ」
「ふうん、なるほどなあ」

 影山が口にした、及川が「大きい」というのは、こういうところなのだろうか。顔面は派手だが、ただ容姿がチャラついているだけではなさそうだ。

「お前、宮侑でしょ。セッターの」
「はい。飛雄くんのいちばんのライバルです、こんちは」
「別にそこ競ってないから。勝手にやってよ」
「なんや、ホネないなあ」
「あのね、こっちは飛雄ばっか気にして生きてないから。忙しいんだよいろいろ」
「ほんなら、飛雄くんもろてもええ?」

 鏡に向き合っていた男が、ぴたりと動きを止め、侑に視線を寄越す。

「俺、あの子欲しいです」
「……どうして。わざわざ、しんどくないの」
「飛雄くんもおんなしくらいしんどくなってくれるなら、悪くない取り引きやと思います」
「……馬鹿だね、お前も」

 及川はもう一度手を洗い、ジェットタオルで手を乾かして、侑のほうへやって来た。

「せいぜい後悔しないようにね」
「及川さんと違って、俺は『やって後悔』タイプなんで」
「誰が『やらずに後悔』だって?」
「察しええなあ」
「口の減らないやつ。飛雄を後悔させんのやめてよね」
「……そのつもりですよ」
「ふん」

 及川は大きく肩をすくめて、トイレを出て行った。

「まぁまぁ気にして生きてるやんか」

 すっきりとしない思いで侑は頭を掻いた。
 すでにしんどい予感はする。なにせライバルなのだ、どちらかが怪我でもしない限りおそらく一生。

「全部や。全部俺にしてくれんと、割に合わんで飛雄くん」

 店に戻る道をたどりながら、侑は小さくつぶやいた。