intermission II

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原作軸?(日影、ややモブ影)

・オメガバースの要素を取り入れようとするも無事失敗した日影(ややモブ影)
・失敗してますがオメガバ苦手な方にはお薦めできない感じです
・2013.9くらい

 


 



 異変の端緒を探ろうと記憶をたどったかぎりでは、やはり、あの英語の授業中の居眠りにきっかけがあったというよりほかなさそうだった。

 チャイムの音が意識の彼方へ消える。肩を乱暴に揺すって起こされた日向は、「起きたということは、つまり、寝ていたということか!」と、悪びれもせず戸惑った。

「起きろい。メシだぞメシ!」

 春高予選が近い。このところ朝練がハードになってきたせいだろうか、日向は4限が終わったことにも気付かず、昼休みに入ってもまだこんこんと眠り続けていたらしい。起こしてくれたのは、前の席のクラスメートだ。名前を杉山という。

「うおぉやべー……先生に見られてたかなぁ。英語の成績危ないんだよな」
「感謝しろ日向。俺がこの大きな背中で隠しといてやった」
「まじかサンキュー! バスケ部かっこいい!」

 そうそう、彼はバスケ部でセンターのポジションを務めていて、巨木を思わせるほど体が大きい。残念ながらというべきか、幸運なことにというべきか、小柄な日向は彼の後ろでは黒板も見えにくいくらいなので、今日の居眠りがバレずに済んだ期待を大いに持つことができた。
 約束しているわけではないものの、2年の2学期初めの席替えで今の場所になってから、杉山が日向を振り返る形で一緒に昼食を食べることが多かった。どちらも運動部ということもあって、授業中の空腹のごまかし方とか、部活のできないテスト期間の過ごし方とか、小さな悩みやあるあるが共通していて話が弾む。チームの中では言いづらいことも気兼ねなく話せたりして、最近の日向はバスケ部員たちの恋愛事情にまで精通している始末だ。女子人気の高いバスケ部というのは、まあいろいろとあるらしく、バレー部に浮いた話が少なくて面白みに欠けるのを申し訳なく思うくらいだった。

「お前ら大会近いんだっけ。最近すげー遅いよね」

 部室棟のある方角にちらりと視線をやりながら、クラスメートは言った。

「帰りだろー? そうそう。やり過ぎもダメなんだけど、今はたぶん、頑張りどきってヤツでして」
「ふーん、そうか」

 話の風向きがおかしくなり始めたのは、このあたりからだった。

「遊んでる暇ねーべ? 恋愛とかやっぱ部内で始まっちゃう感じ?」
「部内ぃ? マネージャーとってこと?」
「え? ああ、それもあるかもしんないけどさ、ほら、そっちは影山いんじゃん」
「いるけど……え?」
「えぇ? イヤだからさあ……俺ら的には影山も……あれじゃん。ありなわけだろ」
「……スギ、何言ってんの?」
「いやいやいや、ええ? お前、気にするタイプだったっけ」
「何をですかっ」
「だから、いや、だって影山だぞ?」
「うん。どういうこと? ……影山の見た目が――なんかキレイみたいな、そういう話?」

 日向は、感情が追いつかないながらも、最近女子から聞き及んだ影山評を丸々引用して尋ねた。影山くんってなんかヤバいよね。横顔ヤバい。Eラインえげつない。超きれい。??そういえばEラインって何なんだろう。

「見た目っつーか……だってさ」

 友人は、言いづらそうに「こういう言い方よくないかもしれないけど」と断り、言葉を続けた。

「影山は、俺らとかの子ども産める体なわけだろ。それってやっぱ、ハードル下がるじゃん。好きになる、とかの。じゃあ、デキてるヤツいるかもって思っちゃうよ」
「……それ、どういうこと」
「日向は好きじゃねーの?」
「よく分かんないよ、なんでそんな話になんの? だいたいおれ、影山とすげー仲悪いし」
「お前は別に、影山のこと嫌いじゃないだろ」
「え……」

 彼の言葉は、終始意味が分からない。自分の頭がおかしくなってしまったのかとさえ思う。だけど、突然何もかも見透かしたように、友人は言う。

「俺、日向が影山と付き合ってても驚かないよ。自覚があるか知らないけど、お前ら二人がすげー特別って感じ出してるのが、人除けになってるとこあんじゃね?」




 ふつりと場面が切り替わるように、我れにかえったときには午後の授業が終わっていた。ぼんやりとしたまま終礼を終え、おぼつかない足取りで廊下を歩き、部室棟へ向かう途中、ふと、通りかかった教室の中に視線を奪われる。
 まだ放課になってすぐなのに、教室はがらんとしていて、人が2人きりしかいなかった。1人は知らない他クラスの男子生徒で、もう1人は影山だった。

「影山」

 男子生徒は、ふらりと足を踏み出し、思いつめた様子で影山の両肩を掴んだ。

「好きだ。付き合ってくれ」

 嘘だ。なんだそれ。人除け?
 ぐるぐる思考が巡った。影山の訳なく長いまつげが秋口の風に震える様子が鮮明に見えた。
 だめじゃんか。おれ、全然機能してない。影山のこと、守ってない。

「ずっと憧れてた。ほんとに、本気」

 Eラインの正体は分からないままだったが、たそがれる教室の中、影山の横顔は、確かにきれいで、タッチの違う絵画のように異質だった。
 影山。影山。
 名前を呼ぼうとするのに、思うように声が出なかった。
 本当にハードル、低いのか。影山のことをそういう目で見る男がいっぱいいて、みんな影山を好きになる準備があって、平等に、スタートラインに並んでるっていうのか。

 なあ、影山。お前を好きになっていいって何だよ。

 次に気が付いたときには、日向はその場を離れ、部室のささくれた畳の上に座り込んでいた。





「腹でも下してんのかテメーは」

 声をかけられ、周囲を見回すと、そこには自分と声をかけてきた男以外誰もいなかった。時計を見れば、今に部活が始まる時間だ。みんな移動してしまったのだろう。ぼうっとしていた日向と、なぜか影山だけ、出遅れているらしい。
 目の前に立つ男を見上げる。くるりと丸い頭がどうにも気になる。
 たとえば、影山が女の子だったら、おれは影山とどう関わっていただろうか。
 好きにはなってないと思う。おれは影山みたいに愛想のない怖い顔したヤツより可愛らしい子が好きだし、たぶん、トスが上手いより、料理とか上手いほうが好きだ。バレーに興味がないって言われたら哀しいけど、多少距離があるほうが実は付き合いやすいのかもしれない。
 影山みたいに努力家じゃなくてもいい。影山みたいなやつ普通いない。影山がおかしい。
 影山ほどおれのために悩んでくれなくてもいい。そんなにおれを特別にしなくてもいい。おれも、影山を特別に思うほど、きっとその子のことを特別にできないから。

「影山、なんて返事したの」
「は? 何に?」
「告白されてたじゃん。付き合うの?」
「お前何言ってんだ? 寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてない。お前の防御ががばがばなのは見た」
「俺はブロックもレシーブも得意だ」
「ちげーよ、おバカ」

 立ち上がる日向を、影山は口をとがらせてにらんでいる。

「なあ、影山」

 もし、影山という人が、誰かに縛られ、結ばれてしまう未来があるのなら。

「だったらおれじゃない理由ってある?」

 笑ってしまいそうなほど、脅迫しているみたいな声が出た。影山が目を丸くしている。ごめん、でも、嫌だ。誰かに「アリ」だなんて思わせないでくれ、おれ以外の誰にも、お前を譲らないでくれ。