intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

原作軸過去(牛影、宮影)

・(理想)宮影

・(現実)牛影に侑がツッコミ入れる文章

・侑影と牛影両方いける方向け。
・2017年7月くらいのイメージ


 


 本気じゃないなら口にするな。とは、同室のチームメイト、影山飛雄の言だ。確かにもっともだが、侑としては、予見可能性が低かったし、自分がこうむった被害のほうが大きいわけだから、そんな正しいことを言うのは理不尽だ、などという感想をいだく。

「おかしいわ。聞き間違ったんちゃうかな」
「聞こえてただろ絶対……」
「だっておかしいもんな」

 侑は眉間を押さえ、ううんと唸った。ホテルのソファーは座面が硬く、深く身を預けるも、そっけなく平面を保って押し返してくる。

「飛雄くんエッチしよって言うたよな俺」
「うん。宮さん、やばいっす」
「キミそんでなんて言うた?」

 ベッドの上で、体育座りをしてスマホをのぞき込んでいた影山は、腕からだらりと力を抜いて、侑に向かって自分の発言を復唱した。

「『いいですけど』って」
「『いいですけど』。『いいですけど』!? そんなわけあるかい!」
「だから、そう思うなら誘わないでください」
「『誘う』とか言わん! なあ、なんか壮大な勘違いしてんちゃう?」
「してないです」

 たぶん。と付け加える影山の内腿がひどく無防備だった。白くてつやつやとしている。その身なりに気を遣わない性格で、そのきれいな体はずるいと思う。

「エッチってあれやで。普通、男女がこう、ベッドで服を脱がし合うて、くんずほぐれつやる、飛雄くんのおるバレー一色の世界からいっちゃん遠い、煩悩の塊みたいなやつやぞ」
「バレー一色は宮さんもじゃないですか」
「そらまあ……」
「でも宮さんもやってるでしょ」
「それとこれとはアレやんか!」
「それとこれとは、あれです。俺も」
「ぅあーもう、聞きたなかった!」

 ソファーの背もたれにのけぞって侑はうめく。聞きたくなかった。やめてくれ。
 でもちょっと興奮している。嘘やん。「耳寄り情報だ」とささやく悪魔が脳内にいる気がする。なんやそのツルッツルの足は、許すまじ。

「……なんでしようって言ったんですか」
「魔が差してん……むっちゃ疲れとって……男どうしでも真似事くらいはできるんちゃうかと思ってしもてん……」
「普通クソ引かれると思います」
「せやろ。俺も君以外にはよう言わんで。飛雄くんは変な子やから、『冗談やで』って言うたら納得すると思ったんや……」
「……確かに、するかもしれないです」
「ほらぁ。ほらちゃうわ。納得すなよ」

 影山に、こんなあらぬ提案をしてしまった理由を、侑はなんとか、影山のニブさのせいにしようと試みる。胸元のチャックの開き方が半端で気になるなあとか、そういうビジュアル要素は断じて関係ないのだ。なんといっても今のところ、人生最大のライバルがこの青年なのだから、いやらしい目で見ていたなどという実績を作るわけにはいかない。2017年1月、ホーム戦で惜敗。3月、Vリーグファイナルでまたも敗北。同年7月、影山飛雄をエッチだなと感ずる。??オイやめたってくれ。

「なんで」
「はい?」
「飛雄くん初めてちゃうってこと?」
「……まあ」
「はい出たもう。うわぁーや。男と」
「はい」
「ああー、ああー!」
「宮さん、俺20超えてます」
「分かっとるわ! けど君にはまだ早いやん、20年くらい」
「あんた俺を何だと思ってるんですか……」
「朴念仁……」

 この青年が、その辺にいる年頃の男子のように誰かとベッドに入って、当然のように体を許して、朝けだるく目を覚ますなど、考えられない。想定外もいいところだった。

「誰とや」
「それは……言う義務ないです」
「急になんやねん! さっきまであんなあけっぴろげやったやろ!」
「だって宮さんが気にすることじゃないです。俺はその人と付き合ってるわけじゃねーから、宮さんとしたとしても、宮さんがその人を気にする必要ないし」
「つまり俺の知人やん……」
「……あ。宮さんあたまいいっす」
「当てよか」
「いや、いいです」

 侑の頭には、一人の男の顔が浮かんでいる。口ぶりからして、影山はその男と継続的な関係を持っているが、一方で交際しているわけではない。恐らく、恋愛以外の要素で影山との緊密な人間関係が保障されていて、かつ、影山を束縛し忘れる、能天気で恋愛音痴な男だ。

「牛島くん」
「げっ」
「当たりかい」
「なんで分かったんですか」
「最近、君ら距離近いもん」
「え、そうですか。でももう1年半くらいなります」
「追撃してくんなウソやん何してん」
「自分でもあんまりよく分からないです。成り行きだったんで」

 1年半前ということは、影山はまだ19か、下手をすれば18歳だった可能性もある。牛島の理性はどうなっているのだろうか。

「成り行きはないやろ。なんかきっかけあるやろ」
「いや、ほんと別に。寮に年末たまたま残ってて、食堂でプロテイン作ってたら」
「なんて言うてきたんや牛島くんは」
「後ろから急に腰抱き寄せられて、……無言?」
「は?」
「2、3分じーっと抱き締められて、それから『嫌か』って」
「ムッツリスケベや! とんだドスケベ野郎や! ほんで!」
「嫌ではねえなって思ったんで黙って首振ったら、テーブルに押し倒されて、そのまま流れでしました」

 小首を傾げて記憶をたどる影山を前に、侑は激しいめまいに襲われた。
 仮にも共用スペースである食堂で、いやらしい目的を持ち、牛島が影山を押し倒すとは何事か。

「そんな流れはこの世にはないで! しっかりせえ!」
「あ、そのあとちゃんと移動したんで、したのは部屋です、大丈夫」
「どこが大丈夫なん、なんも大丈夫ちゃうわ。牛島くんむっちゃムラムラしとるやん。なんでそれ、告白とかは? されてへんの?」
「されてないです。全然、ゆるい感じ」
「キスしてんの」
「キスは……はい。普通に」
「いやなんで付き合ってへんねん……。俺とヤっても平気っちゅう理由が分からん」
「ダメな理由もねえんで。俺も今、宮さんならいいかって思ったし」
「俺ならいい理由なに……」
「んー……」

 影山は、しばしの間、天井を見上げて、ぱたりと背中からベッドに沈んだ。
 乱れた前髪の隙間から、青い瞳が侑を捕らえる。

「勘です」
「ざっつ。詳しく言うて」

 ソファーから立ち上がる。影山が瞬きもせず侑を見つめ、そばにやって来るのに合わせてそのくるりと大きい瞳を動かし、宮を見上げた。

「俺は」
「うん」
「宮さんと少し、おかしくなってもいいなって思いました」
「なんやそれ……」

 萎えたわ、アホ。
 そう呟きながら、侑はベッドに腰を沈め、影山の顎先に手をかけた。



 翌日、飛行機の待合時間に、ベンチがずしりと沈んで、侑は隣に座った男を見上げた。牛島くんやん、と侑が朗らかに声をかけるより早く、「宮」と食い気味に呼びかけられる。

「なんです?」
「お前は女性が好きなんだと思っていたが」
「そうですけど。牛島くんは違うん?」
「……興味がない」
「女の人に? んー、納得してまうなあ。ほんで、飛雄くん」
「聞いたんだな」
「はい。ええなあ、優良物件そばにおるん。あの子エロいもん」
「……否定しないが。影山に何をしたか教えてくれ」
「別に俺はなぁんもしてませんよ。なんでです?」
「今朝急に、影山が『俺たち付き合ってませんよね』と確認しに来た。宮のほうをちらちら見ながら。あいつは分かりやすい」
「はは! そんで、返事は? なんて答えたんです?」
「確かに付き合ってはいないが、他を当たる気なら止めると。だんだん後悔し始めている。もっと強く言えばよかった」
「ぶくくっ、むっちゃ好きやん」

 抑えきれずに、笑いがこぼれてしまう。恋愛頓珍漢の二人が、身体の関係だけずるずると先行しているのはいやらしいし、後になって焦り始める俗っぽさに、なんともいえない親しみを覚える。

「安心してください。ちゅーしただけです」
「おい」
「ちょっとエッチぃちゅーやったけど」
「女性が好きと聞いたぞさっき」
「それはそれですよ。誘い上手やねんもん」
「そういうものじゃないだろう……」

 うなだれる牛島の背をたたき、宮は「元気出してや!」と笑う。元気がない理由は百も承知だが、あまり配慮する気も起きない。口元を覆った指に表情を隠しながら、牛島が宮をちらりと見やる。

「手を引くか?」
「んー、どないしょ。正直、俺も興味ない子にはキスせえへんし……」

 通路の先で、検査場を抜けた黒髪の青年がふらふらとこちらに向かって歩いてくるのが見える。

「せや。今から飛雄くんに決めてもらいましょ?」

 影山と、顔を交互に見比べにっこりと微笑みかけると、牛島は胃もたれをこじらせたような顔で、「勘弁してくれ」とうめくのだった。