・顔がいい宮影
・気をつけようSNS
とまあそういうわけですので、次回の合宿では風紀に関する指導も行いましょう。年明け、春高を終えたのち開催されるユース合宿に向けた選考ミーティングの最後に、ディレクターはそう付け加え、会を締めくくった。決め事が順調に進み、事務連絡に移行したあたりでつい、よそ事を考えていた火焼は、頭をかきながら隣の席のトレーナーに声をかけた。
「そういうわけっていうのは、どういうわけ?」
「はあ、監督、聞いてなかったんですか」
「うん」
「最近、SNSのトラブルとか多いじゃないですか?」
スタッフウェアであるポロシャツの胸元に収めた自身のスマホを指さしながら、「ツイッターとか、インスタとか」と、慣れ親しんだふうに彼は例を挙げた。優秀なトレーナーである彼は30代後半、そう面白がって愛用している年代とも思えなかったが、ここで「あれ面白いの?」などと言ってはオジサン認定を受けてしまいかねないので、「うん、ティクトックとかね」と火焼は腕組みし、頷いて見せた。小さい「ツ」を入れるのだったか、入れないのだったか、なにぶん初めて口にのせた単語であるので心許なく、やや駆け足の相槌であったが、トレーナーは気に留めることなく、話を先に進めた。
「調べてみたところ、ユースのメンツもやってる選手が多いんですよ。で、春高組は一般の子に『ファンですー』なんて話しかけられてたり」
「はあ、怖いねそりゃ」
「そうなんですよね。まあ強豪校はそのへんも言い含めてるでしょうが、こっちでもネットリテラシー関係を重点的に指導を入れておきましょうって話です」
「なるほどねえ。賛成賛成。今のところは大丈夫なの?」
「あ、僕、さっきの会議では言わなかったんですけど」
会議室を後にし、並んで歩きながら、トレーナー氏はスマホを手早く操作し、ネットブラウザを起動した。
「宮がですね」
「侑かぁー」
「なんですか、『やっぱりなあ』みたいな」
「だってやっぱりじゃない。SNSばりばりやってそうだし、女子受けめちゃくちゃよさそうだし」
「まあ、やってますし、女子受けもいいでしょうけど、違いますよ。宮本人は問題ないんです」
「あら、そうなんだ」
「ああいう手合いは案外大丈夫なんですよ。宮に関しては、治とセットで昔からちやほやされ慣れてるみたいですし、距離の取り方を知ってるっていうんですかね」
「はああ、深いね。なるほどね。急にちやほやされ始めちゃうのが危ないのか」
「そう思います」
「で、じゃあ、侑がなに?」
「これ、合宿の写真を最近ツイートしてるんですけど」
「ほうほう、年末のね」
「ほらこれ。見てください、リプライ欄」
「んん?」
促されるまま小さな画面を覗き込み、指先をたどる。
「『宮さん、今日電話していいですか』……影山?」
「はい」
「影山もツイッターやってるの? 世も末だな!」
「昨年12月登録ってなってるので、合宿で周りに勧められたんじゃないですかね? で、問題はそれに対するリプライなんですけど」
「『うん、何時でもええよ。寝落ちするまでおしゃべりしよ』、ハート……なにこれ」
「ハート10連です」
「すごくない……この二人実はものすごく仲良いとか?」
「どうですかね……まあ悪くはなさそうでしたけど、こういうノリではなかったと思います」
「うん。良きライバルって感じに見えたけど」
「はい。しかも、これに対する影山の返事が」
「『ありがとうございます。またあとで』……投げキスしてない? この絵文字」
「してます」
「なにこれ! 影山アカウントか、最悪人格乗っ取られてるよ!」
「乗っ取りかどうかは分かりませんが、なんらかの作為が働いていることは間違いなかったので、ちょっと確認を入れまして」
「うーん、仕事が早い」
「宮と連絡を取ったところ、『これには深いワケがありまして』という感じで、どうやら入れ知恵したのは宮のようで」
「……まさか、壮大なドッキリとか?」
「いえ、そういうことでもないようなんです。ただ詳しいことを話さないので、影山にも探りを入れたいんですが」
「そっか、うん、そうだな。よし、俺も参加する。次の合宿のとき二人とも呼んで事情聴取してみよう」
はい、とトレーナー氏は頷き、「ちなみにティクトックではなく、ティックトックです」と、慣れ親しんだふうに指摘した。
***
思い返せば、このとき「次の合宿で」なんて悠長なことを言っている場合ではなかった。事態は急転直下で悪化の一途をたどることになる。いや、「バレーボール人気を高める」という巨大テーマに引きつけて考えれば、最終的な収支はプラスに振れているかもしれず、もしそうなら若者の先見の明には目を瞠るものがあるが、しかし。
「時系列で」
問題のページを表示したスマホを差し出し、火焼は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「時系列で説明してほしいんだけど」
「……」
「どうしてこうなったの?」
疑問符は、発案者であろう宮に向けて投げかけたが、間髪入れず影山が「俺が」と口を挟んできた。
「俺が悪いんです」
都内某トレセン内会議室にて。指導者と選手が2対2で向き合い、16の若者にそんなふうにしおらしく謝られてしまっては、本当に呼び出して叱りつけている気分になる。
「いやそういうシリアスな感じじゃないんだけど」
「ほかに頼れる人がいなくて。宮さんに助けてくださいって言って巻き込んで……」
「いやもうええで飛雄くんそんなん。全部話そ」
その影山を遮って、はぁー、と長く宮は息をついた。
「春高終わって。烏野バレー部はウチを破る大金星やらなんやらもう大活躍で、当然飛雄くんに行くやないですか、いろいろ。3組の影山くんがあっちこっちテレビで取り上げられて、雑誌もわんさと取材あって、もう校内じゃ知らんヤツのおらん有名人と化して、ほんで、何が起こったと思います?」
なるほど。と思ったが、火焼が答える前に、宮は勝手に話を進めた。
「アホみたいにモテ始めたんすよ、アホみたいに。聞いたら、ほぼ毎日呼び出されたり手紙渡されたり顔も知らん女子からライン来たり、しまいには他校の女子まで校門前で待ち伏せされたりしとったらしくて。いよいよ練習の邪魔んなって、俺にSOSしてきたんですけど」
「俺わけ分かんなくて。宮さんはそういうの、どうしたらいいか知ってそうだと思って」
影山の身に起こったことも、その事態の相談相手として宮を選んだことも、なんとも納得のいく話である。春高の会場には火焼も足を運んだが、宮兄弟の人気といったら、現役Vリーガーも真っ青な過熱ぶりだった。それを上手くいなし、会場を味方につける立ち回りは、これまたVリーガーも真っ青なもので、随分こなれた様子に見えた。
「ライン見せます」
宮は緑のアイコンをタップし、影山とのトーク画面を火焼とトレーナーに見せてきた。
「宮さん相談があります」と、端的な一文で始まった会話は、影山の語彙力不足を原因としてあちこち座礁していたようである。
<校門に女の人がいます>
<は?>
<毎日人が立ってて、帰りづらいです>
<おばけちゃう? お祓いしてもらい。俺にはどうもできんで>
<いや生きてます。ラインがどうのこうのって言ってきます>
<ライン判定に不満を抱えたまま亡くなった地縛霊やと思うで>
火焼は頭を抱える。
「侑、真面目に聞いてあげて」
「真面目ですって、ちゃんと読んでくださいよ」
続き、と促され、火焼はその下へとスクロールする。
<ラインのIDって言ってくるんで、このラインだと思います>
<飛雄くんがラ↓イン↑言うから。ラ↑イン↓な。正しい発音はラ↑イン↓やねん。知っとった?>
<知らなかったです>
<ほーか。いっこ賢くなったな、おめでとう。おやすみ>
<おやすみなさい>
「影山しっかりして」
「大丈夫です、俺関西人なんで、そのあとちゃんと突っ込んでます」
<いや何で折れんねん。なんもカイケツしとらんやん>
<すみません、ちょうど眠かったんで>
<なんなん、要はモテすぎて困ってますって話?>
<もててるとかじゃないです。でもすげー見られんなって思うし、絡まれるし、練習行くの邪魔されたりするし、嫌です>
<まあせやろな。それをモテとる言うんやけど>
<チームのやつに、君の知り合いの大人気バレー選手に相談すれば?って言われたから、宮さんに聞きました>
<俺、君の知り合いの大人気バレー選手やったん?>
<はい。バレー上手いし、ファン?たくさんいたし。あと悔しいけどバレーすげー上手いし>
<バレー上手い2回言うたで。ってかアレやんな?顔やろ普通、そこ言うんなら>
<顔?>
<君今なんでモテとると思てんの?>
そこまで読んで、火焼は、事態の深刻さに思い至る。影山は、どうやら、自分が他人にどう見えているのかということを理解していないらしい。
<顔やで半分>
<????分からないです>
<えーもう言いたないけど君ムッチャ顔ええよ>
<?????かおええ?>
<イケメン>
<ちがうと思います>
<は?>
<宮さんはそうだと思いますけど>
<はあ?いや俺はイケメンやで。そら知っとるけど>
<かっこいいです>
<はずいわ!ええねんそれは今。飛雄くんそないきれーなかおしとんのにほんまに気付いてへんの!?>
火焼は眉間を押さえながら隣を見遣ると、やはりむずがゆそうな顔をしたトレーナー氏が拳で口元を隠していた。こちらが照れてしまう。
「このくだり長い?」
「もう終わりやと思います。そのあとは作戦会議です」
宮の言うとおり、その日の会話が途切れたのち、二人のトークテーマは具体的な対策案へと移行していった。ここで初めて、公開SNSが登場する。
<女子牽制する方法教えたるわ。合宿んときツイッター始めたやろ?今から、俺の言うとおり書き込んで>
<わかりました>
どうやら、ここで件のハート10連ツイートに至るようである。宮の作戦は、影山に秋波を送る女子たちが自発的に身を引くよう、女子なんかより宮に興味津々の影山を演出していくというものらしい。そこから先、公開での二人のやり取りは段階的に深度を増し、合宿を前に、火焼たちが問題視し本日呼び立てることになったポストへと至るのであった。
「『飛雄くんと無事再会。合宿前にスタバデートきめたった』。何やってんの君たち」
無論文章だけではない。付き合いたてのカップルか、という距離で身を寄せた写真に、「#こいつほんま #顔がええ #ってなんべんも言うてんのに #宮さんのほうがかっこいいですとか #言うてくんねんけど #ちゅーしたろかな」などと大量の不可解なハッシュタグがついている。
「あのさ」
「はい」
「お前らがこれを、営業活動としてやってるんなら、頼もしすぎるなって笑って終わってもいいんだけどね」
「営業?」
「ほら。そうでしょ。影山はともかく、侑もでしょ」
「俺そんな、変なこと言うてます?」
ぱちぱちと目をしばたいた宮が、隣の影山に手を伸ばし、指先でそっと掬うように黒髪に触れた。
「んー。日本の未来明るいわ」
顔をのぞき見て、見つめ返され、宮はじっくりそんな感想を漏らす。危険だ。危険すぎる。すり寄ってくる女子の誘惑を歯牙にもかけそうにない点はこの上なく頼もしいけれど、別の問題が勃発している。
「……こういうのは、限定公開とかでやれな」
「はあ、まあ、見せるもんでもないですね、たしかに」
目的を見失っている様子だが、とりあえずそれで、と火焼は頷いたのだった。