・治影+侑(+)影
・横恋慕
世の中、ゴミ捨て場にほっぽられとったチャリを持って帰ったら捕まった、なんてことがあるらしい。
誰がどう見てもゴミでしかないものを、修理して部品を足して磨き上げて、見違えるほどきれいにしてあげても、お前のものじゃないんじゃないの、返しなさい、と言ってくる世話焼きな法律があるという。
つまりそれだ。と、侑は思う。被害者は自分、悪いのは治と結論が出ているではないか。
俺が飽きて放り出したゲームであるとか。ダサいと押しつけたTシャツとか。1か月で別れた彼女とか。そういう、俺の捨てたもんを拾って、大事にして、俺の知らんかったいいところをいっぱい引き出してハッピーエンドと洒落込むんは犯罪や。
「どないなっとんねん」
侑の機嫌は最悪だった。
おおむね、侑の機嫌が悪く、相手が訳も分からず当惑している場合、侑に非があるとする見解が一般的であるが、今回ばかりは少々侑に同情の余地がある。
なにせ、一人暮らしの自宅マンションのリビングのドアを開けたら、双子の兄弟である治が、侑とライバル関係にある影山飛雄の肩をつかんで、キスを迫っているところだったのだ。「何をやっているんだ!」と怒る以前に、「どこでやっているんだ!」と怒る権利は、少なくとも侑にあると言えよう。
それが前日のこと。カフェに呼び立てられた影山は、居心地悪そうな表情を見せている。
「どういう了見で人んちで乳繰り合うててん」
「ちちくりあってはないです……」
誤解のないよう説明しておくと、なにも侑が影山と以前付き合っていた、などという話ではない。ただ、さまざまな巡り合わせの中で、侑には影山と必要以上に親密になる機会が存在し、侑がそれを選ばなかったというだけのことである。理由はありきたりなもので、男どうしなんておかしいとか、おっぱいは正義であるとか、そのような自問自答を経て、侑は影山と一定の距離を置くことを選択した。
その後、しかし、侑の知らないところで事は動いていた。いつどこでどう関係を深めたのやら、治と影山が付き合い始めて、かれこれ2か月になるというのである。何も知らない侑は昨日、ヤボ用を押しつけて影山を自宅に向かわせ、そこに、両親からの届け物を持った治が偶然訪れ、二人が遭遇したというのが今回の顛末だった。
「治さんとのこと、黙っててすみません。なんか言いだせなくて」
言いだせなかったのを唇のせいにするみたいに、うすい唇を指先でなぞり、影山は軽く目を伏せた。
侑は、「こいつ、こんな顔やったっけ」と首を傾げる。白い肌に、弧を描く長い睫毛、繊細なまぶた、すっと通った鼻筋に、血色のよい口元。眺めているだけで、胸がつきりと痛む。こんなではなかったはずなのに、出会ったころはもっと荒削りで、例えるなら、田舎の畑で引っこ抜いてきた、泥つき野菜のようであったはずなのに。
またかと侑は思う。
治がこの少年を拾い、愛情をたっぷり注いで、侑の心をぐらつかせるほどに変容させてしまったのか。はたまた、影山はもともと「こう」で、治がうっかりパンドラの箱を開け覚醒させてしまったのだろうか?
「当てこするんやめーや……」
「……どういう意味ですか?」
「俺が飛雄くん選ばんかったんがアホや言われとる気ぃすんねん!」
「はあ……?」
*
「そんなん言われても知らんで」
治は侑の糾弾にあっさり肩を竦める。同日夜、侑の家での会話だ。
「ツムが飛雄に色気出しとったとか知らんやん。わざとちゃうし」
「うっさい、お前は昔っからそうや!」
「なんがや。ツムにこらえ性がないだけやろ」
「いやこらえ性て、ほんならわざとやろ!」
「ちゃうし……、まあツムの家でちゅーしたんは素直に謝るわ。ひとん家興奮すんねんよな」
兄弟はリビングで宙を仰ぎ、前日のキスを思い出したのか、口元でにやりと小さく笑う。どうやら、侑への嫌がらせ目的で悪趣味な嘘をついたわけでもないようだ。ますます問題だし、意味が分からない。
「あんな子のどこがええん。頭カッタイし、服ダサいし、バレー以外なんも知らんで」
「そんなん言われてもな。それが飛雄やしなあ、としか思わん」
「どないしてんお前!」
「ツム知らんやろ。飛雄ほんまアホやねん。かわえーなぁって言うたると、ほんまにどんどんかわいくなんねん。イミフやろ。付き合うててほんま楽しい」
「あーもう何やねん! むっちゃ腹立つ!」
身悶えする侑をしり目に、治は余裕たっぷりだ。
治が影山を手に入れたから、隣の畑が青く見えているのか、あるいは単に蚊帳の外なのが悔しいのか、もはや分からない。
ただ、治に唇を押しつけられた影山が目を瞠って仰け反る姿を見て、ぞわりと興奮したのは確かだった。案外腰ほそいなあ、と思った。
「一応教えとくと、飛雄はツムのこと好きやってんで」
「……は?」
「本人たぶん気付いてへんけどな。――ちょっと利用したわ、それ」
うしろ暗いふうに、治は目を細めて笑みをつくった。
「飛雄のそういう、ちょっとイカレとるとこ好きやねん」
治はそう言って、ぺろりと己の下唇を舐めた。
俺を好き、イコール頭おかしいみたいに言うな。そんな侑の威勢は形を成さない。
治に舐め取られた影山の唇を想像し、体温が上がるのを感じる。本当に、もう、影山は治のものなのか?
「……まだ間に合うよな」
「なわけないやろ」
心底嫌そうに治が顔をしかめるので、侑はつい、ゆがんだ笑みを浮かべていた。
「どんくらいイカレとるんか、確認したろ」
「人格ポンコツすぎん……」
「そんな褒めんといて」
「褒めてへん」
冗談めかした侑の本気を、治は正確に汲み取り、警戒感を滲ませる。――治は、影山を守る気だ。そう気付けば、侑はますます高揚するのだった。