intermission II

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原作軸未来(治影、侑+影)

・治による(侑)影への茶々入れ
・侑に女性の影



 ツムのアホ。ツムのアホ。ツムのアホ!
 早速、こんなにも後悔する羽目になろうとは。家を出る前、己の兄弟が言い放った楽観的に過ぎる本日の展望を回想し、治は暗澹たる気分に陥る。
 ――だーいじょうぶやって! 飛雄くんほんまにバレー以外ボケーっとしとるから。代わりにサムが行ったってバレへんバレへん。
 と、聞いていたのだが、待ち合わせ場所に現れた影山飛雄は迷うそぶりすら見せず、治に向かって首を傾げた。

「宮さんどうかしたんですか?」

 秒でバレとるやないかい。
 著名な作曲家だか何だかの大きなモニュメントのある駅前広場で、せわしなく行き交う人々を横目に、影山飛雄を目の前に、治は深々溜め息をつく。

「もしかして、風邪とか? 大丈夫すか?」
「や……ちゃう。ピンピンしとる。ごめん」

 治は髪の分け目を荒っぽく直し、雑な変装を諦めた。今日一日、侑のふりをして、影山との「遠征前の買い出し」とやらに付き合う予定だったのだが、ばれてしまってはしかたがない。曲がりなりにもアスリートである侑に関して、体調不良だとかいう誤情報を流すのも気が進まないし、正直に事情を全部吐いたほうがマシであろうと諸手を挙げる。

「ツム、ダブルブッキングやらかしよって、今日別の予定があってん。今日ドタキャンしたらいよいよフられんねんて。クリスマスにクリぼっちなんやて。ダサイやろ」
「……宮さんって、かのじょいたんですね」
「おん、1か月くらい前から……なんやほんまごめんな」
「みやさ、お、……治さんは悪くないです」
「いや俺、共犯みたいなモンやし。ツムのふりして影山のこと騙す気でおったからな」
「騙されないです」
「よな」
「帰りますか?」
「は?」
「いや、だから……もうバレてるし、付き合わせることもないし」
「はあ……」

 一瞬、「何言うてん」と思ったものの、言われてみればそのとおりである。侑と違って、治は影山とともに海外遠征に行くわけでもないのだし、一緒に買い出しに出かける意味がない。影山を騙しきれないかぎり、この待ち合わせには特段目的などなくなってしまうのだ。
 しかし一方、なんとも言えない残尿感があるのも事実だ。「女の子とのデート」を理由にチームメイトとの約束を反故にする兄弟の不徳は素直に申し訳ない。それから、本来、治は今日、スマホゲームのランク戦に興じる予定で、それをキャンセルして買い物代行をする報酬として、侑にアイテム課金用のカードを買わせることになっていた。ここで帰っては、その報酬を受け取れるかどうかも怪しい。

「……いや、付き合うで。買い物? 上等やん。めちゃめちゃええ買い物したろ。ツムのことや、どうせ影山にアドバイスしたるとかなんとか言うてたんやろ」
「はあ、よく分かりますね」
「一日、ツムの代わりしたるわ」
「助かります。俺、あんま外に出ないから、店分かんなくて」
「ほんで、ツムの愚痴聞くで。むっちゃ迷惑かけられてそうやし、影山」
「迷惑」

 適当に、ハンズの方向に向かって歩きだした治に従って影山も歩きだし、治の言葉に悩むような仕草を見せる。

「ツムに言いたいことあるんやったら言うてええよ」
「……じゃあ、宮さん」
「ん?」
「宮さんがこの前、俺の大学とやって負けた試合で、『クソみたいなトスワーク』って言ってた自分の組み立て」
「うん」
「俺はすげーいいと思う。俺、やられたって思いましたし、勝ち負けは結果論でしかないす。俺は好きです。……って、絶対言えないですけど」

 影山は、治の目をじっと見つめてそう言い、最後に少しだけはにかんだ。
 よその大学の、よそのチームの馬鹿上手いセッター。その程度にしか彼を知らない治が初めて見る影山飛雄の表情だった。

「言いたいことそんだけ?」
「はい」
「……やっぱやめや」
「え?」
「ツムの代わりはしたらん。俺とでええ? 影山」

 丸い頭に手を載せて尋ねると、影山は不思議そうに目をしばたいた。

「治さんとです、今日、声かけられたときからずっと」
「……気付くん早いわ」
「だって」

 時間どおりに宮さんが来るなんておかしいです、と、影山飛雄は肩を竦めて言った。



 家に帰り、iTunesカードを受け取りながら、「おかげさまでクリぼっち回避しました」と言う侑に「こちらもクリスマスはラブラブです」と伝えたときの、侑の顔は傑作だった。

「らぶらぶてなん」
「影山と過ごすことにしてん」
「いや、お前のクリスマス事情とか知らんけどやな。なんがラブラブやねん」
「影山と俺。の、まだ予定やけど」
「は?」
「ええ子やん。なんで逃げたん」
「……なに言うてるん」

 おかしいと思ったのだ。あの注文の多い侑が急に彼女なんてつくって、ダブルブッキングをして、彼女を優先して影山との約束をドタキャン。すべて、違和感しかない。
 チキったのだ。後ずさりして逃げたのだ、影山を好きになってしまいそうな自分から。

「俺は逃げへん。安心し。まあ、どうなるか分からんけど、しばらく一緒におってみるわ」
「……勝手にせえよ」
「うん」

 もし侑があのまま影山と距離を詰めていたとして、本当に好きになっていたかは分からないけれど。侑が怖がったのは、自分のバレーがぶれてしまうことのはずで、治はその心配がなかった。そばにいる誰かよりバレーを愛せることは、哀しいかな、きっと治はないのだと思う。




 影山を選ばず、適当に彼女をつくって、それなりに幸せになる自分もあり得た気がする。自分の中に影山を恋愛対象として見る自分が眠っていたことを、兄弟に教えないまま終わったかもしれない。
 侑が手をこまねいているからだ。治はどうしても、影山から手を引く気になれなかった。

「ツム、彼女と別れたらしいで」
「はあ……」

 クリスマスの日、影山の部屋に上がり込んだ治に、影山は無防備に首を傾げた。

「やっぱあいつ上手くいかへんねん。バレーの話して、トンチンカンなこと返されただけでもうダメってもう、アホとしか思えん」
「バレー選手と付き合うしかないですね」
「せやな。それがええと思う」
「治さん?」

 ベッドに腰掛けた治は、すぐそばでベッドにもたれて座る影山を見下ろし、目を細めた。

「俺はツムと違って暴言クソブタではないし、人と諍い起こさん平和主義者やねんけど」
「? はい」
「そん代わり、バレーのために欲しいもん諦めたりせえへん。キスしたいやつにはする。影山はツムやのうて、俺選んで」

 影山の返事はなかった。覆いかぶさって、答えも聞かずに唇を塞いでしまったからだ。