intermission II

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原作軸未来(クロ影)

・クロ影
・ややえっち




 影山ってああ見えて案外寂しがり屋なんですよ。そう教えてくれたのは、元森然高校の千鹿谷だった。影山と同じ大学だった彼の言葉を「食事に誘ったら、意外と乗ってくるかもしれないな」程度に受け取り、影山との約束を取り付けた俺は、思うに軽率だった。

「……酔ってる?」
「ちょっと、酔ってます」

 なるほどそれなら、食事にでも誘ってみるか。じゃねーわ。じゃ、ねーわ俺。
 Vリーグチームに入団した影山と、住まいがかなり近くなったことを教えてくれたのもまた千鹿谷だ。影山と4年も一緒にいると母親化が進んでしまうものなのだろうか、気を利かせた千鹿谷が「黒尾さんと連絡取ってみたら?」と布石を打っておいたのが効いたのかもしれない。黒尾からのラインでの誘いに影山もまた軽率に応じた。
 念のため言っておくが、黒尾はこの段階では、懐かしい顔でも見ておくか、くらいのことしか考えていなかった。静かにゆっくり飲みたい気分だったから、言語表現の不得手がたたって口数の少ない影山は、案外絶妙なチョイスに思えただけなのだ。そう、静かにゆっくり飲みたかったから、二人掛けのカウンター席がある店にしたし、そこそこ有名人の影山に配慮して、ちょっとお高めで、ライティングも控えめな店にした。
 計算外は影山にあった。まず、細身のスーツを少し着崩した、黒尾を戸惑わせる出で立ちでやって来たこと。こちらが気後れするほど他人の目をまっすぐ見て話すタイプだったこと。そして、黒尾が想像していたより、“寂しがり屋”がずっと重症だったこと。

「影山が飲むの意外だわー」
「そうですか?」
「酒、煙草、染髪、ピアスの類はナシかなあと」
「髪は洗ってます……?」
「うん、洗髪じゃなくてね。今のは俺が悪かった」

 笑いをかみ殺しながらゴメンネと軽く頭を撫でると、影山はふいと目を逸らした。照れたように見えて、どきりとする。

「烏野のヤツらとは? 飲んだりしてんの?」
「いえ、あんま……。帰れてないし」
「あーそっか」
「黒尾さん、変わらないっすね」
「お、そう? 大人の男の魅力出てねえ?」
「え、あ、えっと」
「いやうん、ジョークよ」
「えっと……すげぇ今も圧あんなって思います」
「圧!? マジ?」
「俺がトス上げて……黒尾さんに止められたスパイク、全部思い出せます」
「へえ……」
「手ごわいだろうなとは思ってましたけど、やっぱスゴかったです」
「……光栄だよ、マジで」

 大きく、きらきらと光を集める瞳が、黒尾を見上げている。
 ああ、惜しいなあと思う。もし影山が見ず知らずの他人で、この店で今偶然に出会ったのなら、俺はこの子を口説いてたんじゃねーかな。

「千鹿谷が、影山のことすげー心配してたわ」
「え、何でですか?」
「お前が、人恋しいっての? 寂しがりなんですよーっつって」
「そんなんじゃないですけど……夜、なんか、一人だと落ち着かねーから、泊めてもらったりとか……」
「おいおい、マジ? せめて信用できるヤツのとこにしろよ」
「んー……、まあ、なるべく」
「うわ、不安だわー……」

 無意識のうちに、また丸い頭を撫でていた。影山は少し目を伏せただけで、嫌がるでもない。

「黒尾さんは、俺みたいなセッター嫌いですか?」
「……ハイ?」

 思いがけない問いかけに、肩へと滑らせようとしていた手をぎくりと止める。なぜそこでバレーに戻るのか、さすが影山というべきか、なんとも脈絡がない。

「どったの」
「俺って、孤爪さんとかなりタイプ違うじゃないですか。だから合わないって思われてるかと」
「いやいや、俺、そもそも大学研磨と別だからね? 研磨タイプとしかできないとかねーよ?」
「けど音駒のが好きそうでした」
「……そう来る」
「違いますか?」
「ま、ね。でも、影山がやれないアタッカーとかいないでしょ。なんか悩んでんの?」
「ちょっと」
「もしかして全日本級の悩み?」
「……はい」
「や、ええ、まじでぇ。いやあのさあ、うーん……俺じゃ、参考にはならんかな……」

 実を言うと、この辺りで、黒尾には影山の悩みの種が誰のことだかうっかり察しがついていた。あのVリーグチームのあの人の件だなと、該当選手の顔を思い浮かべる。上手いし、人当たりはいいが、あまり融通が利かないと噂が漏れ伝わってくる選手だ。

「俺は影山とやるの、すげー楽しそうだなと思う派。キツそうだけど。影山はアタッカーのために一生懸命悩んでくれるセッターだしね」
「……嬉しいです」

 ふだんはキツめの目元が、その瞬間、柔らかく緩んだ。高校時代に関わった1年の間にも、大学バレーでも、彼に半年密着したドキュメント番組でさえ、見たことがない表情だった。

「影山さあ、そーんな顔してっと、お持ち帰りしちゃうよ?」

 そう冗談めかして言いながら、肩に腕を回して抱き寄せると、腕の中の青年は黒尾の体に凭れたあと、すがるような表情で黒尾を見上げてきた。捨て猫を思わせる心許なげな瞳に、ぐらっと理性がよろめく。
 いやいや、待て。見ず知らずならいいけど。赤の他人なら、連れて帰るけれども。

「家行っていいんですか?」
「え、来んの? いいけど、いやお前がいいの?」
「行きたいです」
「……いや、さ。俺ゲイだよ」
「え?」

 影山がわずかに目を見開いた。だよなあ、と諦め半分だ。でも、言わなきゃフェアじゃない。共に汗を流した仲間への仁義だ。

「げい?」
「うん。男が好きってこと。びっくりした?」
「それは……はい。でも、そういう人、ほかにもいたので」
「え、まじ? ちょ、誰誰?」
「言えないです……」
「ハハ、ですよねえ」
「すみません」
「いや謝ることじゃねーよ」
「だから、俺……」
「俺たぶん、お前連れ込んだら、ちゅーとかしますよ」
「えっ」
「するよ。可愛いもんお前。……ほんとは、だからまっすぐ家に帰れって言うべきなんだけどさ。ワンチャンありそうだし、ちょっと強引にいかせて」

 肩に回していた手で、外側から影山の顎を掬う。額とこめかみにひとつずつ、唇を落とす。

「ウチ来いよ。一人の家に帰んの、ヤなんだろ?」


**

「でけぇ……」

 黒尾の家を訪れ、促されるままリビングに足を踏み入れた影山は、部屋の真ん中に王様然として鎮座するベッドに驚きの息を漏らした。

「だろー? ここ1年くらい、帰って寝るだけの生活でさ。だったら睡眠に金かけてこーと思って」
「いいっすね、それ」
「お薦め。お前も疲れは大敵だろうし」

 キングサイズのベッドのへりを手で押して、興味津々にスプリングを確かめる影山の姿に黒尾は苦笑した。ここを訪れる前に黒尾が発した警告をすっかり忘れているように見えたからだ。

「かーげやま」

 前かがみの影山をベッドから引き剥がし、自分へと向き直らせる。薄暗い店やタクシーの中では分からなかったが、ほろ酔いの影山の頬は色づいていて、想定以上に目に毒だ。

「そのスーツ似合ってんね」
「スーツ? ですか?」
「どしたのそれ」
「あ、今日、会社寄って来たんで……」
「へー。いいね。女子社員きゃあきゃあでしょ」
「そんなことないです」
「そぉ? こーんなヤツ女子がほっとく?」
「黒尾さっ……」

 スーツに包まれた体を、冗談めいたしぐさで抱き締める。

「着痩せすんだね、影山って」

 耳元に囁けば、腕の中の体がびくんと震えた。気分をよくした黒尾は、耳元からうなじへと唇を寄せた。

「飲み直す? それとも、風呂入っちゃう?」
「ふ、ろ、入ります」
「うん、どーぞ。あっちね」

 体を離して、もう一度額にキスをすると、かわいい後輩はよろめくように黒尾の手を逃れ洗面所へと向かった。



 順にシャワーを浴び、リビングに戻ってくると、バスローブ姿の影山がベッドの上でぼんやりと中空を見つめていた。

「わりーな、そんなのしかなくて。どうせ服のサイズ合わねーからさ」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「ふは、いやいや、納得しちゃだめじゃね?」

 髪をタオルで拭いながら、ベッドに乗り上げる。隣を振り返ろうとした影山を、半ば強引に背中から抱き寄せた。

「危機感なさすぎ」
「黒尾さん……っ」
「こんなもん脱がす気しかねーし」
「……ぬがす」
「ええ? マジで押したらイケそうなんですけど、影山しっかりして」

 バスローブのあわせに手を差し入れ、胸元を寛げる。影山は息を詰めるばかりで、ちっとも逃げようとしない。本当に押し切ってしまいたくなる。

「ね。もしさ、今日俺と一緒に寝て、気持ちよく眠れたら、次はもっとキモチイイことしません?」

 鍛え抜かれたきれいな体をベッドに寝かせ、覆いかぶさってそう尋ねれば、影山がぼうっとしたまま頷いてしまった。

「マジで……」

 唇を重ねても、影山はやっぱり逃げない。



 翌朝目を覚まし、隣で眠る青年の姿を目にした瞬間、さすがの黒尾も罪悪感で逆流性食道炎になりかけた。

「うおお、服着てねえ」

 いや、寝ただけ。マジで隣り合って寝ただけ。少し着衣が乱れた事実は認める。

「よくぞ耐えた俺……」

 黒尾家のベッドで穏やかな寝顔で眠り続ける青年の頬を、指の背でそっと撫でた。酒が抜けても、魔法は解けない。見ていられないくらいきれいだなと思う。

「次はムリ……。俺、最後までやっちゃうと思うよ」

 なあ、どうなのお前、と形のいい鼻をつまめば、影山は顔を顰めた。そして、甘い声を漏らしながら身動ぎし、黒尾の胸元に潜り込んでくる。肌が触れ合い、眩暈の中、黒尾は影山の体を抱き締めた。

「今にも『次』が来ちゃいそうなんですけど……」

 起きてくれたら。そして、殴り飛ばしてくれたら。
 そう願う理性と裏腹に、黒尾の手のひらは影山のしなやかな背を這っていた。