intermission II

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原作軸未来(牛影)

・日向に迷惑をかける牛影の影山くんの話




 影山は眉間にしわを寄せ、細く長く息をついた。からかう気にはなれない。誇張なく、本当に途方に暮れているのがおれには分かる。烏野を卒業し、半年ぶりに再会した影山から聞かされたのは、思いもかけない打ち明け話だった。
 高3のとき、同じクラスになったおれと影山は、クラスの同窓会のため久々に仙台を訪れていた。二次会のカラオケへと人波が流れだし、あいつはどうするのだろうと背後を振り返ろうとしたとき、おれはジャケットの襟元を件の男に引っ張られていた。
 「ちょっと付き合え」と横暴に命じる影山に引きずられて二階建ての居酒屋に入って、階段を上り、仄暗いバーカウンターに座った。バーテンダーのいるような店ではなく、注文したソフトドリンクをサーブすると、ふっつりと二人きりの空間に変わり、おれは居心地悪さに顔をしかめた。黙りこくって俯いているから、しびれを切らして「用がねえなら連れてくんなよ」と言いかけたとき、影山は手元を見つめたまま、ぽつりとこう漏らした。

 ――お前、俺が男と付き合ってるとか聞いたら引くか?

 言葉を咀嚼できずに、おれが目をしばたいているうちに、影山はもう1つ言葉を足した。

 ――今、牛島さんと付き合ってる。

 訳が分からなかった。
 まずこいつを、誰かと付き合うとか、そういうことをする人間と思っていなくて、よりによってその相手が男で、しかも――しかも、よく知ったあの怪物スパイカーだなんて、まったく、ついていけなかった。
 影山が、牛島さんのいる大学へ進んだことは、聞いた当時めちゃくちゃ驚いたからもちろん覚えている。おかしな選択というわけではなかったけど、そことそこがつながるのか、と、パズルを検分しているような、不思議な気持ちになったものだ。
 それが、どうしてこうなったのか。

「……な、なんで?」

 よく考えなくても、失礼な質問だったと思う。でも、影山は「分からない」と首を振って、「断れなかったわけじゃない」とぽつりと漏らした。

「牛島さん、女の人だめらしい」
「え」
「何も感じないって。男じゃないとだめって」
「その……待てって、いろいろ聞きたいことあるけど……お前はどうなんだよ」
「俺?」
「お前、男の人が好きだったの?」

 影山はようやくおれの顔を見た。それからぱちぱち目をしばたいて、またふっと逸らした。

「分からない」
「で、でも付き合ってるんだろ!?」
「考える前にどんどん進んで、分かんなくなった。最初は、牛島さんじゃなかった」
「は?」
「別の、酔った先輩に寮の部屋で押し倒されて、体触られた。部屋、先輩が何人かいて、冗談っぽい感じだったけど、ちょうどドア開けて入ってきた牛島さんが助けてくれた。牛島さんの部屋に連れ出されて、一晩そばにいてくれて、何かあったら呼べって言ってくれた。……それから、牛島さんの態度がちょっと変わった」
「お前のチーム大丈夫かよ、総じて」

 知らねえ、とぼやく影山の横顔をまじまじ見つめる。
 たしかに、有名になるにつれ、影山の容姿を褒める人は増えた。やれ顔がかっこいいだの、きれいだの、スタイルがいいだのと、バレー以外の部分でも注目を集めてしまうらしい。おれは近すぎてよく分からないけど、大学の先輩に尋ねたら、「あれが美形に見えないのお前くらいじゃね?」とまで言われた。影山を揶揄する人間が「女王様」だなんて表現をするのも、どうやらプレーの威圧感だけが理由ではないらしい。

「牛島さんが、それで?」
「すげぇ、目が合うようになった。たぶん、俺も少し牛島さんのこと意識してたと思うけど……。メシ食いに行くとき、誘ってくれたり、連係が上手くいくと、頭撫でられたり」
「……仲よくなろうとしてくれてんじゃねえの?」
「分かんねえ。かもしれねえけど。あと、点呼終わったあと、こそこそ部屋抜けてたまに一緒に寝るようになった。みんなには内緒だって牛島さん言ってた。あ、今言っちまった」
「……ほんとに寝るだけ?」
「寝るだけ。でも寝る前に少し話す。自分は男じゃないとダメだから、よけい、無理やり手ぇ出すヤツは嫌いだって。入部する前からお前のことが心配だったって」
「すげー優しいじゃん」
「おう」
「影山クン、たぶんマジで気をつけたほうがいいぞ。おれにはよく分かんねえけど、お前の顔褒めてる先輩とか同期いっぱいいるから。おれは知んねえけど」
「俺も知らねえよ」

 影山は、興味なさそうに肩を竦める。
 おれがバレーの、そこそこ強豪な大学に進んで分かったのは、他人のスゴさを素直に認める人が結構多いってことだ。周りにスゴイやつがいる環境でずっとバレーをやってきているから、敬意を示すことに慣れていて、おれのこととかもサラっと褒めてくれる。そういう中で、「K大学の影山くん」はなにかと特別扱いされていて、プレーをひとしきり褒めたあと、「しかも、あの見た目!」と賛美の言葉がついてくるのがパターンだ。
 目が合ったらドキっとするよなあ、だって。その辺、牛島さんも分かっていたから庇ってくれたということなんじゃないか。もしかしたら、進学が決まったときから怪しげな発言をしていた先輩がいたのかもしれない。

「それで、牛島さんと付き合うようになったのはなんで?」
「寝るとき、手握られて、『嫌か?』って聞かれた。嫌じゃなかったからそう言った。そしたら顔、このへんにキスされて、また嫌かって聞かれたから、嫌じゃないって言った。ら、キスされた」
「……口に?」
「くちに」
「おう……」

 世の中の普通のカップルなら、そこで合意が取れたと判断した牛島さんに過失はない気がする。でも、影山はたぶん、「ほっぺにチュー」について返事をしただけだったのだろう。付き合いの長い日向だから分かるのだろう機微なので、コメントが難しい。

「それから何日かして、恋人になってもいいと思ったら教えてくれって言われた」
「うん、順番逆だな牛島さん」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
「そんで、牛島さんがすげーつらそうに、俺のこと見てて、それ、ヤだったから」
「恋人になるって言ったのかよ」
「おう……」
「だめじゃん」
「だめなのか」
「お前付き合う意味分かってなくね?」
「俺も牛島さんのこと好きだと思う、ストレートすげえし」
「全然分かってねえじゃん!」
「そうなのか、やっぱ」
「今のところ、付き合うって何してんの?」
「全部やった」
「全部って何……まさか、ちゅー以上も」
「全部、した。恥ずかしくて死ぬかと思った。お前、誰かと付き合ってるか? ああいうことすんのか、みんな」
「みんなはしないだろ、少なくともお前と同じ境遇の男はなかなかいねえって……」

 ぶわぶわ顔を赤くして、テーブルに影山が沈みかけている。
 たぶん、この感じ、影山は牛島さんとやることやってしまったのだ。それも、受け身の側で。牛島さんすげーなとしか言えない。なんだなんだ、「影山くんメッチャ美人だよな、紹介しろよ日向」って言ってる先輩の願ったりかなったりなことしてんじゃんか。「あいつ性格凶暴だからやめといたほうがいいですよ!」って必死に断ったおれは何だったんだ。いや、断るけど。
 まあ確かに、カワイイ女の子と付き合って幸せそうにしてる影山とか想像できないけど、だからって、よりによって牛島さんじゃなくてもと思う。

「……影山、別れたいの?」
「って、わけじゃねえけど。でも、――恥ずかしい」
「う」

 流し目の、流れ弾が、おれに当たった。ちょっとだけ牛島さんや、先輩たちの気持ちが分かってしまった。知ってるけど、お前の顔くらい、でも今のは反則だ。

「影山くんよ」
「なんだよ」
「恋愛っていうのは、恥ずかしいところを見せ合うものなんだぞ」
「……そうなのか」

 今考えたけど。まあたぶん。

「そのうち慣れるんじゃね? 別れて、明日から牛島さんがそっけなくなったらイヤなんだろ」
「……イヤだ」
「じゃあ、とりあえず、しばらく付き合ってみたら?」
「おう……」

 コイツやっぱアホかもしれん。影山はこっくり頷いて、そうだな、と手の甲で頬をこすった。牛島さん、おれ、めちゃくちゃキューピッドしてしまいましたけど、褒めてもらってもいいでしょうか。
 ありがとな、と目を細める影山の流れ弾がまた当たったけど、おれはブンブン頭を振って、頭に浮かんだモヤを振り払ったのだった。