intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

パラレル(治影←侑)

・拍手ログ
・プロットをくじ引きした結果、「治影←侑」で「アイドルもの」を書くというトンデモ展開になってしまったもの
・「絶対入れるワード」も3つ引いて決めたので、文末でネタバラシしています





「治さんはスタジオ収録終わったら上がりで。侑さんはそのあと1本、来週の特番の打ち合わせがあるので楽屋残っててください。明日は二人とも朝からサービスエリアめぐりのロケなんで、侑さん、8時に家に迎えに行きます」
「ええわ、俺、タクるし」
「ついでなんで。乗ってください」
「……分かったて。譲歩ゼロの目やんもぉ。かわいないなあ」
「じゃあよろしくお願いします」

 ポケット手帳片手に一本調子の業務連絡を終えた影山飛雄は、頭を下げて、二人の楽屋を後にした。葬式かと突っ込みたくなるような面白みのない黒スーツをまとう年下の青年は、アイドルユニット・宮兄弟のマネージャーを担当してもう半年になるが、頭が固いというか、真面目すぎるきらいがあり、侑はどうにもなじめない。

「お前のせいやぞ、サム」
「せやな」
「なんで事務所と大モメにモメて、残留の交換条件がアレやねん。社長の呆け顔いまだに思い出すわ折々に」
「せやなあ」
「おい、そんなどーでもよさげな雑誌読まんと俺に構わんかい」

 つい半年前のこと、ギャラだの、スケジュールだの、イメージ戦略だの、もう細かい話は忘れてしまったが、お偉方ににたてついた治による事務所独立騒動があった。稼ぎ頭のアイドルの反旗とあって、もちろん事務所は大騒ぎになった。立場上、治の説得を求められた侑も「まあ、好きにさしたらええんちゃいます」というスタンスを取ったため火種はみるみる大きくなり、宮兄弟解散の危機との文字がネットニュースでたびたび躍った。
 そんな治が、事務所残留の交換条件として最後に譲歩を示したのが、当時事務所の新入社員だった影山飛雄をマネージャーにすることだった。社長は目を丸くして驚いた。治がさらに、マネージャーにしたうえで、堂々交際したいと高らかに言い放ったところで、社長は椅子から転げ落ちた。
 一連のやり取りを侑はホテルのレストランの個室に同席し、やはり他人事のスタンスで聞いていたが、治が当時、影山飛雄と付き合うどころか、会話もろくろくしたことがなかったと知ったときはさすがに「大丈夫かこいつ」と耳を疑いワインで噎せた。治はたまにこうだ。ホップとステップを忘れてジャンプするようなところがある。

「セクハラやであんなん。いち会社員の立場で断れるもんちゃうで」

 楽屋の鏡の前を離れ、小上がりの畳スペースへと移動した侑は、ちゃぶ台で雑誌をめくる治の前に腰を下ろす。

「ええやん別に。今は愛し合ってんねんから」
「なあそれどこまで本気なん」
「どこまでも本気や」
「ほんまサムの趣味はよう分からん。飛雄くん無愛想やしおもろないし」
「……めっちゃエロいねんあの子」
「は?」
「信じられへんくらいエロいしかわいいで」
「何聞かしてくれてるん」
「ツムが聞いたんやろ」

 赤裸々な告白に動きを止める侑を、治はやはり気にも留めず、芸能人の不倫スキャンダルのページを読みふけっている。

「なんや、その、ほんまにやることやってるんお前」
「はあ? 中学生みたいなこと言いなや。付き合うてんねんで?」
「いや、男やで! サムお前その、そのーあれや、器用か!」

 「堂々交際する」ことを要求した治だが、実際には、それを世間に公表したわけではない。さすがに女性相手のアイドル稼業には差し支えるし、侑とのコンビ売りにも都合が悪い。その代わりの譲歩として、治と影山の関係は社内で公然の秘密として扱われ、一定の配慮がなされつつ、事務所も、女性スキャンダルが絶対に出ないというメリットを享受しているという状況だ。
 騒動の結果だけ見れば、治が――例えばだがプライベートへの干渉をはねつけるために、口の堅そうな影山飛雄をチョイスして目線を引き付けておいて、事務所に対する優位な交渉権を得たようにも見えた。言葉を選ばず言うなら、ぺーぺーの新入社員をスケープゴートにしたという解釈もできると。
 仕事が終わると影山はほとんど毎日治のマンションに向かっているようだし、親しく付き合っているのは事実だろうが、だからといって本当に恋愛関係にある証拠はどこにもなかったのだ。たった今、治の口から語られるまでは。

「俺はまだ半分くらいカモフラや思てんねん」
「……ツム、さっきからお前本気で言うてんの?」
「何がや」
「俺は知ってんで。俺とツムがよお似てること。DNA分けっこしただけのことはあるわ」
「何が言いたいねん。俺はおっぱい大きい女の子が好きや」
「オイコラ、逃げんなや。お前がそんな記号で相手決めるタマか」

 治はいやに確信ありげだった。侑と影山の間に接点などほとんどないというのに、すべてを見透かしたように言葉を重ねる。

「俺は学習したんや。自分のプリンにはちゃんと名前書いとかなあかん。冷蔵庫入れっぱなしもあかん。いつかの楽しみに取っといたら食われんねん」

 侑が答えあぐねているうち、宮さんお願いします、と楽屋の外から声がかかった。
 ほな行こか。何事もなかったかのように、治が立ち上がる。

**

 ハンドルを握る影山が、信号待ちの無言を埋めるようにぽつりと言葉を漏らした。

「……珍しいですね、侑さんがタクシーで帰らねえの」
「珍しいなぁ、飛雄くんがそんな言葉崩すの。俺治ちゃうで?」
「あ、すみません、そういうつもりじゃなかったんですけど」
「うん。別にええねんけどな。年も1コしか変わらんのやろ」
「えっと……はい、1つ下です」

 珍しく打ち合わせ後の自宅までの運転を頼み、しかも後部座席ではなく助手席に座ったので、影山はだいぶ居心地悪そうにしている。治はいつも助手席に乗せるのに、とつい思う。
 信号が変わり、影山の車は静かに発進する。マンションまであと数百メートルだ。街灯を数え、カウントダウンをするように、侑は言葉を選ぶ。

「治がな」
「はい」
「俺はキミのことを好きになるはずやって言うてくんねん」
「……はい?」
「よう分からんやろ。俺は女の子とセックスできるし、ちゃんと気持ちええし、キミのことは、面白みのない子や思うし、……まあ、多少? えっちぃ顔してんなとは思うけど」
「……変なこと言わないでください」

 マンションのアプローチの少し手前で車は静かに路肩に停車した。ハンドルに手を掛けたまま、侑がシートベルトを外すのを、影山は黙って見つめている。

「飛雄くん」

 メーターパネルの密やかな明かりの中、影山が侑の顔へと目線を移した。

「このあと治の家行くん?」

 いつも返事だけはいい影山が、ぱちぱちと瞬きを繰り返すだけで、答えない。侑の顔を、困惑の滲む瞳で見つめるだけだ。

「行かれへんようにしたろかな」
「え? あ、あつむさ……ッ」

 運転席へと身を乗り出し、肩を抱いて覆いかぶさる。逃げる影山の唇を追い、そむけた口の端へ、そっと唇を押しつけた。

「……そない逃げんでもええやん。今をときめく宮侑とちゅーするチャンスやねんで」
「やめてください……」
「治がええの?」
「放してください」
「返事になってへんよ」
「離れてッ」

 侑の両肩を、影山が押し返す。
 影山飛雄が怒っているのを、そのとき初めて見た。

「俺あんたとこういうことする気ねえから」
「――本性出したやん。ええ顔。それ、一番好きや」
「馬鹿にすんなっ」
「してへん。かわええなって言うてんの。来週これ見て治何て言うやろな」
「……はぁ?」
「見出しどないなんねやろ。『撮った! 大人気アイドルの裏の顔』『男性マネージャーと深夜の車中キス』……とかかな」
「……はい?」
「ハハ――向こうにワゴン車停まっとるやろ? 俺な、最近ずっと週刊誌に張られてんねん」
「な、に……言って」
「さ。もーちょいキミの中身見せてみ。治がお前のどこに惚れたんか、俺が確かめたるわ」

 腕を引くと、暗闇でも分かるほど真っ青な顔をした影山が、かくりと座席に手をついた。向かいから走ってきた車のヘッドライトに白く照らされた影山の顔が、笑ってしまうほど好みだった。







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セクハラ、DNA、ジャンプ