intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

原作軸未来(侑影)

・侑影お下品らくがき
・R指定はないですが高校生以下には見せられない出来




「飛雄くん、あかんわ……」

 洗面所で身支度を整え、さあ寝ようと部屋に戻ったら、ベッドで胡坐をかいた宮さんが、呆然とした顔でそう呟いた。目線はカーテンの閉まった窓の方向へと向けられているが、その目が何も捉えていないのがすぐに分かった。
 慣れない海外での遠征生活だ。相部屋の宮さんとは、もともとはそんなに仲がよくなかったけど、さすがに俺も同居人としての近しさみたいなものを今は感じている。様子のおかしい宮さんは普通に心配だ。

「どうしたんですか? 腹でも、――え、なんすか」

 顔色を窺いながらベッドに近寄った俺の手首を、宮さんがガッて握った。グッてなったから、俺はア!? って思った。

「どうしたんですか」
「だめやわ」
「何がですか」
「勃起がおさまらへん」
「……は?」
「勃起や! 30分くらいずっとや。見て!」
「見ません!!」

 急に俺に向き直った宮さんがグイッて俺の腕を引っ張るから、俺は慌てて顔を逸らした。バランスを崩した俺は、宮さんのベッドに片足乗り上げる。

「なんで目ぇ逸らすん!」
「逸らすに決まってんでしょ!」
「男どうしやろ! 何照れてんねん!」
「照れてません、人に見せんなそんなもん!」
「笑い事ちゃうねん、超シリアスや! こんな勃起続くことある!? どない!?」
「知るか、俺を巻き込まないでください」
「一緒に悩んだってや! 俺ら同棲しとる仲やんか!」
「同棲とかしてません!」

 宮さんはぐいぐい俺の腕を手繰り寄せ、とうとうベッドの上に俺を引きずり上げることに成功した。体勢の崩れた上半身を支えて起き上がると、目の前には宮さんの膝頭があって、その先に、短パンがパツパツにテントを張ったクソ勘弁してほしい光景が広がっていた。

「な? な?」
「『な?』じゃねーっすよ。便所行って寝てください」
「ここトイレ共用やん、しかもクッソ寒いし! あんなとこじゃ縮こまってようイかんわ」
「知らねえし!」
「あんな、でも飛雄くん考えて。こっちやと俺らネット使われへんやんか」
「……使えないですけど」
「せやからおかずもないねん。しもーたわ。こんななるんやったら携行品にエロ本書いといてほしいよな!」
「どうでもいいです。離してください、俺もう寝るんで」
「なんでそんな冷たいん! 俺今日試合めっちゃ頑張っとったやろ」

 相変わらずテント張りっぱなしの宮さんに両肩をつかまれ、俺は「うっ」と眉間にシワを寄せた。今日の試合は悔しいけど、俺に出番はなくて、宮さんが出ずっぱりだった。宮さんが疲れてんのは分かる。疲れてると、勃ちやすいことも。生理現象ってやつだろうし、しょうがねえとは思う。
 ――でも俺は。何より明日スタメンだから寝たい。

「飛雄くん、1個ずつ行こ。今日な、俺超疲れてんねん」
「それは、分かりますけど」
「そんで疲れマラなん」
「……疲れてるせいで勃つってことですよね」
「せや。ほんで、勃ったまんまやと寝られへんから抜きたいです」
「……別にいいですよ、ここでしても。後始末はしてくださいね。じゃあ、俺は寝ます」
「ちょいちょいちょい待たんかい飛雄くん」

 ベッドから片足を下ろし自分のベッドに向おうとした俺の体を、背後から宮さんががっちり羽交い絞めにした。背中にゴリっとした感触。たぶん、ワザと当てなきゃ当たんねえ角度だと思う。

「――にすんすか」
「人間、助け合いやと思わん?」
「……当てんな」
「飛雄くん。なあ、せっかくここには人が二人おるわけやん?」
「耳元でしゃべんないでください、くすぐってえから」
「ちょーっと手ぇ貸してくれるだけでええねん。もちろんお礼はするし」
「手、貸すって……」
「そんまま。やっぱ自分の手より、人のがええから」

 本当に余裕がないのか、宮さんは軽く息が上がっていた。汗ばんだ手で俺の体を抱き込んで、耳元でうすら笑っている。

「頭オカシイっす。俺男です。あんた俺の手でイけるんですか」
「いけるよ? なんで?」
「なんでって……普通、無理でしょ」
「いけるよ。男とか女とか、そない関係ある? 飛雄くん手ぇきれいやし」

 背中越しに、体の前側から、右の手首を握られた。俺の体をぐるりと背後に反転させるように腕を引かれ、抱き込まれて、俺は宮さんと真正面から顔を合わせた。

「そこら辺の女子どもじゃ歯立たんくらい美人やし」

 ぞくっと、腰の辺りに寒気が走った。

「なんて顔してんすか」
「さあ、知らん。どんな顔? 飛雄くん食ったろ思てんのバレてる?」
「食うって……あんた、男が好きだったんですか」
「ちゃうちゃう。俺顔面至上主義やねん。飛雄くんの顔、生意気でめっちゃ好き」
「冗ッ談じゃねえ……!」

 及び腰になる俺を、宮さんが強く抱き寄せた。クッソ当たる。なんならこすりつけてくる。

「な。手ぇ貸してや」
「無理です!」
「かたいこと言わんと! あ! かたいってそういう意味ちゃうで!」
「分かってますよ!!」

 背中を抱かれた俺はものすごく分が悪い。

「お互いさま言うてるやん。飛雄くんがお困りの際は手伝うたるよ」
「要らねぇし!」

 力勝負に持ち込んでくる宮さんに、俺は完全に押されていた。肩の後ろに手が回る。あ、と思ったときには、唇がふさがっていた。

「はっ……?」
「あ、ごめん、ちゅーしてもーたわ」
「なん……すか、これ」
「飛雄くん赤ちゃんできてまうね」
「できません、そこまでバカじゃないです!」
「責任取ったるから、安心してな」

 そっから先のことは、……くそ、思い出したくもねえ。手くらい貸しておけばよかったと、俺はどうしようもなく後悔するはめになったのだった。




***

「飛雄くん、あかんわ……」

 デジャブだ。宮さんは既視感のある表情でぽつりとつぶやいた。俺は走馬灯のさなか、冷や汗を腰のあたりに感じる。昨日と同じせりふ。同じ口調。もし、状況も同じだとしたら、ここは宿舎のレストランなので、致命的な事態だ。

「ちゃうで」
「何も言ってません」
「飛雄くん、『あれ、宮さん勃起しとんのかな?』って思うたやろ今。『この感じは、宮さんが勃起しとるそれやないです?』って思うたやろ?」
「思ってません。声でけぇっすバカ」
「どうせ日本語分かるやつやらおらんて」
「チームの人来るかもしれないでしょ」
「今おらんもん。そんで、あ! ほらもう、飛雄くんワザとなん? もーあかん。飛雄くんの唇見るだけであかん感じなる。いったんそのソーセージ休憩してくれへん」
「ほんッッと、バカかあんた!!」

 最悪だ。やっぱ話の方向は合ってたな、クソ。要は昨日のあれじゃねーか。

「けど、さすがやで飛雄くん。キレキレやったやん今日の試合」
「キレキレじゃなくてキレてたんです」
「いや、よかったで今日ほんま。もしかしてデトックス効果出たんちゃう?」
「出てません。俺はあのくらいいつでもできます」
「そうなん? たまにしか見ぃひんで」
「あの!」

 宮さんのいたずらっぽい目が、真ん丸になった。俺はつい、テーブルの上のソーセージにフォークを突き立てていて、レストランにいた観光っぽい外国人の客が、ぎくりと何人か俺を振り返った。

「次アレやったら噛み千切るんで」
「ソーセージと俺のチンコが泣いとる。やめたって」
「本気です」
「嫌や」
「いや!?」
「ちっちゃいクチで、俺の舐めとる飛雄くん、めっちゃかわいかった。ほんまエエ子やね」
「あんた寝かさねーと寝られなかったから、俺」
「うん。分かっとる。分かってて利用したんやから、もちろん」
「こんの……っ」
「でもな飛雄くん、やっぱ海外やんか? もう日本語通じるだけでちょっと好きやんか?」
「あんただけですよそれ」
「しかもバレーできるし。ちょっとアホやし。そんでえっちぃし」

 宮さんの手が、テーブルの上の俺の手の甲を撫でた。人懐こい顔が、うっとりととろける。

「挿れんかっただけ褒めて?」

 あの繊細にボールを操る人さし指が、スリっと俺の血管をなぞった。手を引く。間に合わない。宮さんが笑う。

「でも次はほんまのセックスしよな」

 逃げられる気がしなかった。