intermission II

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牛島お前は変態だ小咄

・影山くん視点
・牛影



 牛島さんは今日もまんべんなく牛島さんだ。もしかしたら、まんべんなくの意味が違うかもしれないが、朝会って、部活して、終わったあと一緒にメシを食って、家に着いてもずっとよろめくことなく牛島さんなのだから、たぶんすげー間違ってることもない。
 交際しようとか言いだしたのは牛島さんだ。流れで受け入れたけど、「交際するってなんだっけ?」って俺の疑問の答えは今も返ってきていない。高校のとき知り合ったまんま。でかくて、強くて、あんまり他人に興味がない。ただ、「牛島若利!」って存在感でそこにいる。俺がこの人のセカイに影響を与えることは、あんまりなさそうだと思う。
 牛島さんがスポーツニュースを眺めながら、コーヒーを飲んでいる。でっけぇなこの人、と思う。きっとテレビの中の話題に大した興味はない。牛島さんは何も変わらない。前半の、水泳選手のトレーニングのとこには関心があったけど、後半の休日の過ごし方についてのインタビューはどうでもいいんだろ。そろそろテレビの電源を切る頃合いだ。と思ったら、ほら切った。

「言おうか、迷っていたんだが」
「え、はい」

 突然話しかけられてびっくりした。いや、待て。まだ、独り言って可能性もある。ほんとに自由なのだ、この人は。

「俺はつい先日まで、童貞でな」

 どうてい。なんにも考えられずに鸚鵡返しにしたら、牛島さんはひとつ頷いて、「つまり、うぶだった」と俺の目を見て言った。俺は「そうなんですか」と言ってみたが、どうなのか、俺に向けて言うことなのか、正直その意味も、あんまり分からず。うぶって何だ。

「俺はバレーのことをいつも考えているから」
「はい」
「気にしていなかったし」
「はい」
「焦っていたわけではないんだ」
「はあ」

 まだ分からない。また目を逸らしたし、独り言かもしれない。俺は相槌マシーン稼業に慣れている。

「高校3年でお前と会ったとき――、いや実を言うとお前が中学3年のころから知っていたが」

 お前、というのは、俺のことだ。ここにいるのが俺だって覚えてたのか。俺は今、何係だ。

「路上でお前と、日向翔陽に出会い」
「はあ」
「試合をし」
「はあ」
「まさかこんなことになろうとはな」
「アンタが言うな……」

 このとき、きちんと怒るための機関がグッタリ、寝込んでいたのだろう。俺は衝撃を受け止めるのに精いっぱいだった。

「あの決勝の試合で、お前のプレーが少し変わったなと思った」
「自由」
「春高本戦では、また新しくなっていた。静かになった。お前は自分を変えることができる。そのことを素直に尊敬している」
「え……」
「強くなるためには必要な能力だ。今お前に対して感じるいくつかの折り合わなさも、いつか発展解消してくるかもしれないと、判断を保留する癖がついた」
「そ、え……すんません、あんまついていけてねえけど」
「だがふと思う」

 消えたテレビの辺りをぼんやり見つめていた牛島さんが「ふと」のところでグルンと俺のほうを向いた。すげぇ急だった。

「お前はその柔軟さで俺を受け入れたのではないかと」
「はい?」
「つまり、俺以外の人間に来られても、お前は最終的に受け入れるのではないか」
「何の、バレーの話ですか? それは、そうです、誰と組んでも勝たなきゃいけねえんだし」
「ほらみたことか」
「何が!?」
「交際するという意味が分かっていないだろう」
「待ってください、そっちかよ。ちょ、訂正します」
「影山、俺は責任を感じている。あの日俺はお前の意思を確認せずに事を進めた。それが今」
「牛島さん、何……、するんですか今から!?」
「こんなふうに、お前を流されやすくした原因の1つになっているかもしれない」

 俺の上にのしかかってくる牛島さんに押し潰されまいと、両手で牛島さんの胸を支えていることを指してる様子で「こんなふうに」と言われた。

「全然流されてないですけど!」
「怒り足りない。口づけることもたやすい」

 あっと思ったときには、牛島さんの顔が目の前にあり、俺はキスされていた。

「何してるんだ」
「あんたですよ!!」
「ちゃんとよけるべきだ。俺は今許可を得ていないぞ。つまり、俗に言う悪い恋人をやっている。DV彼氏だ」
「じゃねえから安心してください。ていうか、いや、今さらでしょ。やることやっちまったあとじゃないですか俺ら」
「許可なく口づけをしてもいいと言うつもりか」
「いいとは言わねえけど……怒るの面倒くせーし……」
「なぜだ。俺は、あのときのあのお前とまさかこんな関係になるとは思っていなかった」

 白鳥沢とネットを挟んで向き合った仙台の体育館を思い出し、「あのときのあの牛島さん」を頭の中で再生する。――まさかだ。こんな近くなかったし、毎日バレーをおかずに白米3杯食ってそうな顔してた。

「俺だってそうですよ。次日向とかに会ったらびっくりして言いそうです」
「だったらなぜ。待て、言うのはどうか」
「あんた、俺に好きって言ったのウソかよ」
「……ウソじゃない」
「じゃあいいです」
「そういう問題か」
「ずっと嫌われてんのかと思ってたし。気にしてたんで多少」
「――影山。俺は、かつてお前のバレーを否定した俺をお前が憎んでいても、おかしくなかったと思っている」

 憎む、という言葉の重苦しさに、俺はびっくりした。

「お前が俺とのバレーを選ばなかったとしても、不思議ではなかった」
「選ばないとか、ないじゃないですか。お互い代表呼ばれてんだし」
「選り好みしようと思えばできた。どちらが生き残るかの賭けにはなっただろうが、俺の要らないバレーをやればいい」
「なんで? めんどくせえ。勝つために集められて、そんで、あんたとやるほうが強いのに」
「……お前はそういう人間だ」
「はい?」
「さすが雑食だ。そうして正しいと思うことを選択できるお前は正しいと思う」
「え? あの、難しい言い方すんのやめてください……」
「お前の正しさを、俺がこれからも証明し続けよう」

 「え?」と首を傾げたら、またキスをされた。キスされたあと、唇を舐められた。

「……嫌いになる理由などなかった。可愛かったので好きになった。ほかの誰かに譲る気は、毛頭ない。――俺がお前を選んだ以上」

 目をしばたく俺の前で、牛島さんは、真顔だ。

「ほかの男は全員断ってくれ」

 瞳は俺に命令している。

「逃げる隙もないほど可愛がってやる」
「……変態」
「愛だ」

 両肩を掴まれた俺は、背中がベッドにぶつかって逃げ場がなくて、また。

「よい恋人になれるよう最善を尽くす。道具の使い方も工夫する」
「道具要らねえっす!」

 また、この人のもんになっちまう。