intermission II

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原作軸未来(治影)

・治影+やや侑影
・近々pixivに投稿予定の治影小説の前身です(そっちのメドが立ったので再公開します)
・設定かぶりありますが、世界線は別になります。



 なんや、スワッピングみたいなことなったな。
 烏野の変人コンビがそれぞれ互いの大学に進むと分かったとき、そうあっけらかんと言い放った兄弟の顔を思い出すたび、今でも眉間にしわが寄る。
 影山が治の、日向が侑の大学へと進路を定めた事実を、なんだ、テレコになるのかという視点から多少の驚きを持って受け止めたのは治も同じだが、どうにも言葉選びが下品で嫌になる。洞察力は人並み以上にあるくせ、侑はわざとらしいくらい、歯に衣を着せない。そして、事実やん、何が悪いんと言う。そういうところが、苦手なやつはきっと、ものすごく苦手だろう。影山飛雄――現在、治のチームで正セッターを務める彼も、恐らく侑が得意ではない。

「ゴメン、サム、ちょい遅れた」

 待ち合わせのカフェで、治の座る窓際のカウンター席の隣の椅子を引いて、5分遅れの兄弟は悪びれもせずに腰を下ろした。

「おねーさんに捕まってもうてん。積極的やわ、最近の女子は」
「愛想ようするから時間食うんや」
「してへんよ、全然かわいなかったしな」

 何で逆ナンできるんやろなあ、あれ、と侑は首を傾げてカフェラテをすする。身内相手だから、いっそう思いつくまましゃべっているのはあるにせよ、治はやはりその明け透けさに呆れる。
 侑はときどき彼女をつくるが、どれも長続きしない。理由はいろいろあるけれど、侑の「だめ」認定が辛辣で不可逆で、一度見切りをつけた相手にはとことん冷たいのが一因に違いないと治は思っている。そんならええわ、と簡単に切り捨ててしまう。こらえ性が足りないのだ。

「練習どう? 上手くいっとんの?」
「上手くて何が」
「そんなん、飛雄くんとに決まっとるやろ」
「別に決まってへんわ」

 顔をしかめる侑の意図を、もちろん治も察してはいたが、素直に答えるのは気に食わなかった。よって、質問をそのまま侑に投げ返すことにする。

「侑こそどうなん、日向翔陽」
「ん? んー、翔陽くんは、せやなあ。めちゃくちゃやわ」
「めちゃくちゃ?」
「自由すぎる言うん? あれ全部付き合うとったら体力もたへん。いまだにちっとも読まれんし。あれに合わせとった飛雄くんはもう、ドマゾや思うわ」
「マゾて」
「冗談ちゃうでほんま。おもろいけど確かに、でもキッツいわ。とんだご奉仕体質やで、飛雄くん」
「言葉選ばんかい」
「選んどるわ、適切に。あの子すーぐご奉仕すんねん。サムもちゃんと飛雄くん振り回したらな、刺激足りんで飽きられるで」
「余計なお世話や」

 治は鼻を鳴らし、侑の視線を引き剥がすように窓の外へと視線を向けた。やっぱりな、と治は思っている。侑は影山飛雄がどうしているか、気になって気になってしょうがないのだ。だからすぐそっちに話が流れる。ジュニアでも会っているくせに。

「飛雄くん、俺のこと何か言うてた?」
「……何かって何や」
「こんなん言われたとか。宮さんニガテやとか」
「なんで」
「……この前会うたとき、考え込ましてもうてん、もしかして悪いこと言うたかなって」
「お前、いつもそれやな」
「いつもやあれへん。たまたまちょっと、思ったこと聞いただけ」
「……せやから、それやろ」

 確かに治と影山飛雄は、同じ大学のバレー部だ。互いにレギュラーで、大体いつも一緒に試合に出ている。だが、だからといって特別親しいとはかぎらない。治も影山も口数が多いほうではなく、二人だけになっても、およそ会話らしい会話はない。
 高校を卒業し、生まれて初めて侑と別のチームになった。侑不在の臨時の場合を除いて、まともに侑以外のセッターと組んだのは初めての経験で、日々違和感を抱きながら、「片割れ以外とやるバレーは、こんなものか」と思って過ごしていた。その他人事ぶった諦念を打ち破ったのが影山飛雄であったことは、認める。技巧の傑出ぶりはもちろんのこと、あんなに全身全霊でスパイカーを理解しようと努め、治の期待すべてに誠実に応えてくるセッターがいるとは思わなかった。ただ「知っている」ことに、これほど「知ろうとする」努力が迫ってくるとは思っていなかった。
 初めて戦ったときから知っていたことだったが、影山はまぎれもない天才で、恐らく侑と同じように、この国のバレーの頂点まで上り詰める選手だ。ただ少し、侑より不器用な人間であることは間違いないけれど。

「『飛雄くんって同性愛者と違う?』」
「! なん……」

 困り顔の少年が、たっぷりためらったあと打ち明けてきた兄弟の不躾に切り込めば、彼は狐につままれたようにギョッとし、二の句が継げなくなった。

「なんでそんなん聞いたん。そんで、なんでその反応を俺に聞くねん」
「……ええやん、別に」
「ツム。俺使うて、飛雄にちょっかいかけるんやめーや」

 侑の瞳が、獣のように冴えた。治を見る目が温度を失うのが分かった。察しがいいのだ、侑は。

「なんやその呼び方」
「俺今飛雄と付き合うてるから。邪魔せんといて」
「はあ? 何言うとんねんお前」

 地を這う声音に、治は目を細めた。今日ここに来る前、かすめ取った唇の感触と、じわりと染まった影山の頬の色が鮮やかによみがえる。

「服の趣味も。気に入る髪形も、好きなプリンも、同じやったな。そらまあ、お前が同性愛者なら、俺かてゲイやろな」
「……冗談やないわ」
「心配せんでも俺は本気や」
「認めんで俺は」
「好きにせえよ。けど、全部、ツムが『飛雄くん』からかって遊んで余裕こいとったから、手遅れになったんやで」

 案外、肝心なところばかり似ている治と侑だ。きっと男の趣味だって大差ない。治が好きなものはきっと侑も好きで、だからこそ手に入れたものを手放してはいけない。

「手遅れやないわ」
「言うとれ」

 侑の口角が上がる。大変なのは、どのみちここからだ。