intermission II

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ハロウィン小咄(牛影)

・影山くん=魔法使い、日向=かぼちゃ
・日向視点進行(日向にご迷惑がかかる)





 影山が変な生き物を育てている。育てているはおかしいか。作ってる。作ってしまった。そんで今、その変な生き物を人間にしようと躍起になっている。大丈夫、うん、おれだって何言ってるか分からないけども。
 ある日影山の家を訪れると、大鍋がクツクツ紫色に煮え立っていた。もちろんそのときはそれがとんでもない野望の第一歩だなんて思わない。こんな鍋を、なに必死に隠してんだろうなと思った。しかし数日後、再び家を訪れると鍋は消え、突如として、顔面紫色の大男が影山の正面でピンと背を伸ばして座っていた。あのような毒々しい紫がそうそう世の中に転がっていても困るので、おれは、「なるほどあの鍋はこれを作ってたのか」と納得するよりほかなかった。大男は芋色のズボンを穿き、カボチャ色のジャケットを身に着けていた。全身カボチャのおれが言うのも何だけれど、絶望的にダサかった。ああ、説明が遅くなって恐縮です、おれは全身カボチャなんだけど、まあそれはこの話とはあんまり関係がないので忘れてください。

 影山は魔法使いだ。結構すごい魔法使いらしくて、箒があれば空を飛べるし、杖を振れば壊れたものを瞬時に直すことだってできる。影山を頼って、いろんな人が村を訪れる。

「ねえ飛雄ちゃん。いくらお前でも、できることとできないことがあるでしょ」

 あ、しまった。この人は例外です。紫男と向き合う影山をバカにしつつ諭してるのは、及川さんという大王さまで、影山を訪ねて村を訪れてるのには変わりないんだけど、ほら、大王さまって吸血鬼だし、やっぱ影山の血が目的なんだって。おれはカボチャだからよく分からないんだけど。影山は魔法使いだし、そもそも顔からして明らかに血がおいしそうなんだって言ってた。
 影山の家の玄関で腕組みして、不満げな大王さまはつんけんした声色で続けた。

「お前が、人間の友達が欲しいってのは知ってるよ。欲しいのにずっとできないことも。でも、だからってソレはないんじゃない?」
「吸血鬼には魔法のことなんて分かんねえんだから、ほっといてください」
「イヤ分かるよ。それ、その紫色のヤツが、人間じゃないのは分かる!」

 おれも、こればっかりは大王さまに賛成だ。だって頭に巨大なネジが刺さってるもん。2つ付いてんだか、1個が突き抜けてんだか知らないけど、とにかくぶっとい金属が刺さってる。あと顔がどうやらツギハギだ。牛のイラストみたいに、薄い色と濃い色に左右がはっきり分かれてる。無理やり人っぽい形にした別の生きものだってイヤでも分かる。

「紫色のヤツじゃないです。牛島さんです」
「牛島ぁ?」
「顔、牛みてーでかわいいでしょ。牛って呼ぶのもアレだし、名前っぽくして、あとなんか俺よりでっかくなっちまったから、さん付けで」
「受け入れ難いよ。何やってんだよ」
「牛島さん、今は喋れねえけど、きっと頭では分かってます。失礼なこと言うのやめてください」
「何が失礼で失礼じゃないのか全然分かんないよ! 俺は状況にまっすぐ向き合ってんの!」
「牛島さん。俺は影山です。か、げ、や、ま」

 分かりますか? と影山は尋ねるが、化け物――「牛島さん」は微動だにしない。ただシャンと背を伸ばし、琥珀で作ったという瞳で何もない中空を見つめている。

「もう。いくらお前が上級魔法使いでも、そればっかりはできないって。いいかげん諦めて、俺に血を吸わせたらどう?」

 影山は耳を貸さない。

「プロテインもうちょっと混ぜたほうがよかったか?」

 引き続き、自分が作った「牛島さん」に夢中の様子だ。



それからも、分厚い魔法書片手にいろいろな魔法を試したらしいが、1か月たっても、牛島さんに人間らしい方向へのかんばしい変化は見られなかった。ただ、座りっぱなしだった巨体はゆっくりとではあるが動くようになったらしく、おれが家に上がり込むと、暖炉の前に二人(?)で座り、大きな体に背を預けた影山が絵本を読み聞かせている、なんて様子も見られるようになった。

「牛島さん。このちっせえのが日向。ヒナタショウヨウ。」
「なあ影山。あのさ、牛島さん、がぜん紫なんだけど」
「だから何だよ。世の中にはいろんな人間がいるだろ」

 牛島さんに本を預け、影山はおれに反論してくる。
 相変わらず牛島さんに言葉が理解できている様子はない。

「そういう範疇じゃないって。なあそれ、フランケンシュタインってやつじゃねえの?」
「ちげーよ。牛島さんだって言ってるじゃねーか。だいたい、知ってるか。フランケンシュタインは怪物じゃなくて、怪物つくったほうの名前だぞ」
「どっちだっていいよ。おれが心配してんのは……。なあ、そんなデカいのつくって、暴走でもしたとき、お前止められんの? 責任持てる?」
「牛島さんはそんなことしねーよ」
「分かんないだろ。なあ。お前が一番危険なんだぞ。牛島さんにその気がなくても、暴れだしたらお前うっかり殺されちゃうかもしんないぞ!」
「そんなことしねえし……それに、牛島さんに殺されても、俺は別に恨まねえよ」

 初めてできた、人間の友達だからな。
 そうやって牛島さんにもたれる影山がおれは悔しくて、カボチャパンツをぎゅっと握りしめた。くそ。どうしておれじゃだめなんだ。ちょっとカボチャなだけじゃねえか。



 おれの心配は、現実になった。
 牛島さんは暴走した。影山も負傷した。しかし、思いがけない形で、それらは起こった。

「ヒナタショウヨウか。入れ。主が寝ているので、静かにな」
「……はい?」

 影山の家のドアをノックした俺は、ぺらぺら喋る紫色の人物にそう言って迎え入れられた。紫の顔に、カボチャ色のジャケット、そして芋色のズボンという、なんら変化のない外見だ。しかし、中身が明らかに違う。めちゃくちゃ喋るし、めちゃくちゃ偉そうだ。

「か、影山は」
「寝室で眠っている。疲れているのでな、用件は俺が聞いておこう」
「いやいやいや、あの、あなたは牛島さんなんですか?」
「そうだ。カゲヤマトビオが俺をそう名付けた以上、俺は牛島だ。けっこう、気に入っている」

 リビングのテーブルで雄弁に語る男は、家主のように尊大な態度である。

「何が起こったんですか……なんで急に人間っぽくなったんですか」
「俺は人間だ。カゲヤマトビオが求めるかぎり」
「人間じゃないやつの言い分じゃないですか。ってか、もしかして、昨日の雷と関係があるんですか?」

 けっして敬語で喋らなければいけないこともない気がするが、男の威圧感に負け、おれはついつい丁寧語になる。
 そして、おれはふと、昨晩影山の家の庭先に落ちた雷のことを思いついて口にしていた。音からして近くに落ちたなと思っていたが、今日やって来てみて、それが影山の家の畑だったことを知ったのだ。

「まあ当たらずも遠からじだ」
「む、難しい言葉使うな……」
「カゲヤマトビオは雷が苦手らしい。昨晩、もう寝るところだったんだが、ごろごろ鳴り始めると、リビングにいた俺に『一緒にいてくれ』と言ってしがみついてきてな」
「雷がそこまで……知らなかった」
「俺としてもやぶさかではなかったので、影山を抱いて嵐の夜を過ごしていた」
「やぶさかじゃなかったんですか」
「俺は長らく、こうした機会を窺っていた。不自然なく距離を詰め、影山が魔力の制御を怠って、俺に隙を見せる瞬間を」
「……! お前、まさか!」
「俺はカゲヤマの魔力を奪うことに成功した。カゲヤマは俺にありとあらゆる魔法を試したが、俺に必要だったのは、魔力の経口摂取だったのだ」
「まさか……。ん? え? つまり?」
「俺はその瞬間、俺の中に渦巻いていた混沌を紡ぐ『言語』という手段を手に入れた。そして俺は、影山の望む言葉を与えた。あとは想像のとおりだ」
「想像のとおり!? 全然分かんないですけど!?」
「牛島さん?」

 かすれた声に、おれは弾かれたように顔を上げた。

「って、日向もいんじゃねーか。なんでお前が」
「か、影山!! お前無事!?」

 ゆったりとした麻のチュニックをまとった影山が、目をこすりながら首を傾げる。「無事って何が?」

「カゲヤマ」

 牛島さんに名前を呼ばれ、影山ははっとして、男を見遣った。目が合った途端、その頬が、じんわり桃色に染まった。

「はよ、ざいます……。覚えてますか? しゃべれる?」

 するすると牛島さんのそばに近寄った影山は、恥じらいの浮かぶ眼差しで、牛島さんの肩先に触れた。

「カゲヤマ。愛シテイル」
「牛島さん……」
「愛シテイル」
「う、うす……」
「ちょ、ちょっと!?」

 影山の腰を抱き寄せた大男は、影山から見えない角度でおれに向かって目を細め、作為たっぷりのカタコトの言葉を繰り返した。すっかり骨抜きになった影山が、牛島さんの頭やらネジやらを撫でてとろけそうな表情をしている。首筋に赤く、内出血の痕があるけれど、それはなんなんでしょか、影山くん。

「影山、騙されてるぞ!!」
「ああ? 何の話だよ。ってか、今日もう、帰れおまえ……」
「でろっでろじゃんか! ダメです! ゼッタイダメ!!」
「うっせーな、パンプキンパイにすんぞ」
「いや食べられてんのお前のほう!!」

 うっかり上手いこと言ってしまったおれの叫びは、影山に届かない。琥珀の瞳が、防御魔法でも身につけたみたいに妖しく光り、影山を独り占めしている。