intermission II

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原作軸未来(月影)

・月影の犠牲となるモブ→影あり
・月影長編を書いているため、練習したかった系のそれ




 王様って、本当に人を見る目がないよね。
 散らばった積み木を掻き集める幼児のように、頭の中の言葉未満のモヤモヤやグルグルを組み立てて言葉にしようと、影山は必死になっている。練習が終わってから1時間が経過した部室に残っているのはもう僕と影山だけ。ツラ貸せ。残れ。影山にそう言われたから僕は残っているけど、本当は面倒くさいし、どうせ済んだことだから、帰ってしまってもよかったよね、と思う。

「俺はタカクラに何も言ってねえ。けど昨日から急にヘンになった。なんでだ」
「いや知らないよ。なんで僕に聞くの」
「お前以外聞く相手いねーだろうが」
「君の都合でしょ! 僕勉強あるの。忙しいの」

 影山の言う「タカクラ」というのは、バレー部の後輩の1年生のことである。今年の烏野排球部は盛況で、7人もの新入部員を迎えた。その中で、唯一北川第一から進学してきたのがタカクラで、優秀なミドルブロッカーではあったが、傍目に見ても、影山に含むところがありげな振る舞いをしていた。
 まあ、当然か、と僕は思った。北一の1つ下の後輩だったら、あの傍若無人の影山と2年近く付き合ったということだ。いいイメージはたぶんないだろう。ただ、それもそんなに長くは続かないはずだと、僕は楽観していた。この予想はアタリで、一緒にバレーができる関係になんとか持ち込もうとみっともなくシタバタする影山と、周りの親切なフォローがあって、この後輩の影山への態度は次第に軟化していった。
 そのタカクラの件で影山に相談されたのが、夏休み明けの実力テストが終わった翌週のことで、どうして僕なのかというと、「同じミドルブロッカーだろ」という、影山らしい非常に雑な理由づけによるものだった。日向に相談しなかった点だけは、まあ、褒めてやってもいい。話がややこしくなったに決まっているから。
 その日、影山はこう切り出した。

「タカクラがおかしい」

 大丈夫、君のほうがおかしいよ安心して。僕は落ち着いてそう答えた。

「俺はオカシくねえ。タカクラがいきなり、好きだって言ってきた。どうすればいい」

 後輩に慕われてよかったじゃん、と僕は肩をすくめた。タカクラが影山を嫌っていないことなんて、臆病を発揮してる影山以外みんな気付いていたので、僕は当然のこととしてそう答えた。ここまでは、僕も話がつかめていなかったのだ。

「そういうんじゃねえ。す、きだって、なんか分かんねえけどそこの壁に押しつけられて、キスしたいって言われた」

 「そう」。僕は努めて平静に言った。それでどうしたのと聞けば、「断った」という。理由は、「なんか怖かったから」。これからどう接していいか分からないと影山が深刻そうにつぶやく。
 僕は当然困った。顔には出さなかったけど、結構ぞっとした。今日までこの部で積み上げてきたものが一気に崩れ去る可能性さえあると思った。
 なにもよりにもよって、そんな難しい問題を影山に与えなくてもいいのに。お友達と仲よくねとか、けんかをしたら仲直りするんだよとか、そんな超初心者向けの課題に一生懸命取り組んでいる段階なのだ、影山は。男に惚れられる事態への対処なんて、あと10年たったって無理に違いない。
 僕は冷静を取り繕いながら、「だけど」と考える。もしかしたら、こういうことは今後も起こりうるのかもしれない。本人の貧弱な対人スキルの一方で、バレーの才能が桁違いなのもまた事実である。憧れをいだく後輩は絶えないだろうし、その中には、ボタンを掛け違えて恋愛感情へ突き進む者もいるかもしれない。

「タカクラが悪いやつじゃねえのは分かってる。俺も嫌いじゃない。でも」
「王様ってほんと人を見る目ないよね」
「――は?」
「大会前のこんな時期にそんな話してくるのがまず非常識。どうかと思う」
「それは……その。言い過ぎだろ」
「調子崩す君も悪いんだけど」
「うるせえ崩してねえ」
「とにかく、君腕力じゃ負けないんだから、実力行使は許さないこと。何かされそうになったら蹴り飛ばしてでも逃げなよ」
「殴るのか、蹴るのか、どっちだよ」
「細かいな、どっちでもいいよ。それと、告白のほうはしばらく静観でいいんじゃない?」
「セイカン」
「そっとしとくってこと。返事くれって言われてるわけじゃないんでショ」
「まあ」
「タカクラもそのうち、少しは冷静になるんじゃない」
「そんなもんか……」
「そんなもんでしょ」

 他人の恋愛に不用意に首を突っ込むとロクなことにならない。僕は自身の人生哲学に従って行動することにした。影山はもしかしたら少々苦労するかもしれないが、この不器用が下手に足掻いて関係がねじれるよりは、まだそっとしておくほうが平和につながるのではないかという、僕なりの良心も多少コミの結論だ。


 それから数日たった。影山は、僕を呼び出して、後輩がヘンになったと言う。突然よそよそしくなって、避けられている感じがするのだという。そんなこと言われても、という話である。

「あのさ……まず君、自分がタカクラのキス断ったの覚えてる?」
「覚えてるに決まってんだろ」
「普通はそこで『嫌がられてるのかな』って、一歩引くもんだよ。何もヘンじゃないでしょ」
「それにしちゃ、タイミングが変なんだよ、昨日からって。お前なんかしただろ!」
「いや、勘弁してよ……」

 僕は、怒りを通り越して呆れを覚えながら背後のロッカーにもたれた。何の根拠もないくせに、影山は完全に僕を疑ってかかっている。これだから、思慮の浅い単細胞はイヤなのだ。もうちょっと、バレーのときに使ってる俯瞰とか使って全体を見てから、ありえるかありえないか、判断してくれればいいのに。

「何かって何」
「何かはその、何かだろ」
「もうやだこの頭悪そうな会話」

 いったい何の言いがかりだ。僕がタカクラをつかまえて、影山への気持ちを質したとでも思ってるのだろうか。
 中学時代は影山を快く思っていなかったタカクラが、烏野での影山に触れて、自分の感情が嫌悪じゃなく執着だったことに気付いて、恋愛感情を自覚しました、なんてエピソードトーク、もうおなかいっぱいって感じで、昨日晩御飯半分くらい残したんですけど。

「タカクラは今何か、葛藤してるんでしょ自分で」
「何を葛藤すんだよ」
「僕に聞かれても知らないよ。王様と僕が付き合ってるって思ってるんだから、自分の身の振り方考えてんじゃないの」
「そういうもんかよ。……あ?」
「なに? もう暗いんだし帰ろうよ。鍵掛けるから、ほら立って」
「待てよ。お前今何つった?」
「何びっくりしてんの? タカクラには、僕と王様付き合ってるから邪魔しないでって昨日言ったけど、だから何?」
「おい、いや、なんだそれ。なんでそんなこと」

 影山がふらふらと立ち上がり、僕の喉元をつかんでくる。僕は先輩として、他人の恋愛に不用意に首を突っ込むとロクなことにならないよって教えてやっただけなのに、なんでそんなにびっくりするのか分からない。

「なんでそんな嘘ついたんだよ!」
「なに? 怒ってんの?」
「怒るだろ。メチャクチャな嘘言いやがって、どうかしてんぞお前!」
「嘘じゃなきゃいいわけ?」
「はぁ? ――イっ、テ」

 影山の腕を引っ張る。身構えていなかった影山を振り回し、背後の壁へと押しつける。これなら、腕力で劣る僕にもできる。

「キスしてもいい? なんて、聞くから失敗するんだよ」
「な、に……」
「勝手にしちゃえばよかったのに。ああ、でも、こんな早くから手を打つ羽目になるなんて、計算外……」

 しょうがないけど。せっかく今まで少しずつ関係を積み重ねてきたのに、突然出てきた後輩にあとから奪われるなんて許せないから。

「覚えておいてよね。君はさ、僕のものだよ」
「――んっ!?」

 唇を重ねると影山は目を見開いて、僕の学ランにしがみついてきた。
 ほら、やっぱり。王様ってほんとに人を見る目がない。相談相手に僕なんか選んでさ。それで、今日からは、僕を恋人にしちゃうんだね。