intermission II

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原作軸未来(烏影)

・原作軸未来烏影
・R-15くらい



 目が覚めたとき、影山は膝を抱え、窓の外に顔を向けて座っていた。体育の授業を思い出すようなその姿勢は、学生時代のそれとは違い、全身どこからも力みを感じさせない。軽く腕を通しただけの、服の機能を果たさないバスローブから、月あかりを跳ね返す長くつややかな素足が覗いている。
 覚えのない硬い枕と、なじみのないシーツの感触。見知らぬクイーンサイズのベッドで烏養が眠っている間、彼はこうしてずっとネオンを眺めていたのだろうか。
 寝ぼけ眼で見上げてさえ、逆光の横顔と身体つきとがどうしようもなくきれいだと思う。完成されていて、触れる隙すら見当たらないのに、手が勝手に彼へと伸びてしまいそうになり、烏養は唾を呑み込んで心臓を宥める。
 たった1年ぶりの再会だ。二十歳の彼を抱いた。烏養は思うに、ほとんど悪い大人だった。
 少し顔を動かせば、脱ぎ捨てたスーツがソファーに頽れているのが見える。一秒を惜しんでそこに引っ掛けたとき自分は、ぎりぎりおのれに理性が残っていると思い込んでいたらしいが、どう見たって皺になっている黒のスーツからは焦りしか伝わってこない。むしるように自分の体から剥ぎ取った。烏養に促されるままホテルまで黙ってついてきた影山の気が変わるのが怖かったし、これを着て見ず知らずの女と見合いをするため自分は家を出てきたのだという事実と一刻も早くおさらばしたかったのだった。
 烏養のムシャクシャに付き合わせるのに、彼ほど不向きな教え子はほかに思いつかない。

「烏養さん、結婚するんですか?」

 そう尋ねてきた影山があまりに圧倒的な存在感を放っていて噎せ返りそうになった。影山は一人で完璧だった。誰と交わらずとも完成されていた。異性と結ばれ、夫婦になり、家庭を築いて父親になる。そうしなければ人の務めを果たせないようなそぶりの一般論から強烈な殴打で烏養を解き放つような、穏やかな孤独が影山の存在にはあった。

 ――できそうにねえ。一切そんな気が起きない。

 烏養が漏らした本音を、影山は「それの何が悪いのか」とでも言いたげな無垢な表情で見つめていた。
 烏養さん?
 尋ねる彼の声に掻き混ぜられ、烏養の胸の中はぐずぐずと溶けた。
 それからほとんど何も考えないまま、男と女だらけの街から逃げるように影山とホテルに入っていた。
 ジャケットを脱ぎ捨て、抱き締めたとき、まるで烏養の世界を邪魔するのを恐れたかのように小さな悲鳴を押し込め、喉をかすかに鳴らした影山に、心すべてを奪われた。
 影山はどうやら、初めてではなかったらしい。あの影山が、これから烏養が何をしたがっているのか、察した時点で答えは出ている。
 抱いていい相手ではなかった。その証拠に、指を潜り込ませたとき、影山は泣きそうな顔をした。奥をこすると吐息が震え、まぶたは痙攣した。もう戻れないところまで肉体を繋いでから影山があどけなさを取り戻すので、全身から冷や汗が噴き出した。
 影山が、こんなふうに肉体のつながりを持つ相手になるなんて、出会って5年想像したことすらなかった。

「寝てねえのか」

 かすれ声で尋ねると、影山はハッと肩を揺らして烏養のほうへぐるりと顔を向けた。

「よかった」

 影山が温かな声でそう漏らす。

「何が」
「土下座とかされるかと思った」
「……あとでする」
「しないでください。無理やりじゃなかったし」
「……」

 言葉に詰まった。そういう次元の問題じゃないのに。
 部屋の暗さに目が慣れて、ネオンを頬に映す影山の表情がはっきりと読み取れるようになってきた。つい数時間前、烏養は彼の足をみっともなく広げさせ、性器を体内に押し込んでいた。彼と過ごした3年に一生頭が上がらなくなるくらい熱くて気持ちがよかった。狭く、ぎゅっと締めつけられて、烏養の心臓は消し炭になるくらい激しく燃えていた。

「影山……」

 白く光る足に手を伸ばすと、影山はころりとベッドに横たわり、「はい」とひどく従順に応えた。寝そべったひょうしにバスローブがするりと左の肩から落ちて、窓あかりに縁取られたしっとりとした肌の稜線を見せつけてきた。

「なんすか」
「……痛いところは」
「ないってことはないです」
「ごめん」
「そういうもんでしょ」
「いや、だめだろ……」
「烏養さん」

 もぞもぞと烏養の胸元に影山が潜り込んでくる。背の高さや、鍛え上げられた体の割に頭は小さく、烏養が抱き締めるとすっぽりと腕の中に収まった。

「いいですよ」
「……影山」
「したくない人とは、しません……」
「先生に合わせる顔がねえよ」
「それは……」
「でも我慢できなかった」
「俺褒められてますか」
「……ああ。どうなってんだよ、まったく」

 武田の顔を思い浮かべると胸から頭へ、ずきずきと電気が流れた。罪悪感だ。そんな烏養の頭の中を読んだみたいに、影山は小さく囁いた。

「悪いことは、してねえと思います……」

 ああ、確かにそうだ。そういうことにしたくてたまらない。
 高校時代の、今にも自分の手元を離れ飛び立っていきそうな影山を思い出し、腕の中の温かさに喉がひきつれた。
 愛おしさと罪悪感の間で、感情の堰がかたかたと震えている。