intermission II

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謎ファンタジーss(牛影)

1)牛→影無理やり、(精神的な意味で)キツめ
2)FHQをやりたかったけどFFもドラクエも知らなかった管理人が泣く泣く「魔法」という単語だけ輸入したパラレル
3)男性妊娠に関する言及あり(描写はなし)



 そうだ。やはりこの男は、この顔がいいのだ。
 激しく痛んだのだろう己の腹を庇うように倒れ込んだ影山を見下ろし、牛島は口角を上げた。足元で影山が這いずって、悶える。痛みと同時に怒りの湧く彼の兵士としての本能が愚かしくて愉悦を覚える。
 馬鹿な男だ。もうこの暮らしも2か月になるのに、学習が足りない。

「う、あ」
「痛いか?」
「痛ぇって、分かっててやったんだろ、あんた……」

 影山は己の腹と絨毯の毛を掻き毟るように掴み、喉の奥から、不思議と澄み切った声を出す。汗のしずくが額を伝っていた。
 この男が白鳥沢の捕虜になって2か月と少し経つ。彼を牢に入れていたのはほんの僅かな期間だけで、尋問や拷問の効果がないと判明した彼を牛島は早々に自室へと引き入れた。天童はじめ、周囲の人間はもちろん良い顔をしなかったが、牢で意地を張り通していた影山が牛島の部屋に移動してから日に日に大人しくなっていることに、臣下たちも気が付いているはずだ。
 影山を飼い馴らし、白鳥沢の戦力に加えることができたなら。牛島の当初のねらいはそこにあった。単純な戦闘能力だけを見ても、彼は一騎当千、白鳥沢でも指折りの兵士になる。
 ――それに加えて、影山が日向翔陽に対する大きなブレーキとして作用することはまず間違いない。影山を白鳥沢の軍勢に加えるということはあの急先鋒、日向翔陽から翼を奪い、その攻撃に絶対的な歯止めをかけることと同義なのである。事実、日向翔陽は今血眼になって影山を捜しているという話だ。それが影山あっての日向翔陽だからなのか、もっと純粋に仲間を思う気持ちからなのかは不明だが、いずれにせよ、日向翔陽の捜し求める影山はもうこの世にいない。
 烏野にいた頃の影山は、間違いなく、男の肌など知らなかっただろう。組み敷かれて犯される、弱者としての影山飛雄は烏野では片鱗さえ存在しなかった。牛島という絶対王者の手によって生まれ落ちたのだ。

「なに、なんだよ、これ……」
「痛みは1時間もすれば消えるから安心しろ。お前の腹の中を作り変えた」
「作り変え、た……?」

 痛みのあまりこぼれたらしい涙と汗とで影山の頬がきらきらと日ざしを跳ね返している。牛島はブーツの足で歩み寄り、その苦渋の顔を堪能しながら膝をついた。

「仲間の命を救うためなら何でもすると言ったな」

 念押しし、返答を強いれば影山は控えめに頷いた。

「子を成せる身体にした」
「……え?」

 冷や水でも浴びせられたかのように、影山の顔から表情が抜け落ちる。ラピスラズリの瞳は、その瞬間生じた拒絶であわれな濁りを帯びた。

「子……?」

 細い顎先を、果実を搾るように力を込めて捕らえる。淡い色の唇が濡れ、きらりと光った。

「俺の子を産め」

 影山の瞳から、はらはらとまた光の粒が零れ落ちる。場違いなほどの美しさに、牛島の思考は静かに動きを止めていく。
 絶望がこんなにも人を美しくするなんて、この男に出会うまで知らなかった。





「なんでそんなウソついたの」

 天童はおのれの手で顔を覆い、指の隙間から王を見据えてつぶやいた。
 明かりをつけなくても朝日が白々射し込むよう計算を尽くされたダイニングではあるのだが、今日の王はいつになく血色がいい。彼の満足の理由を、天童はたった今耳にしたところだ。――ぞっとする。自分が仕えていたのはこんなに恐ろしい男だったか。

「そんな魔法あるわけないでしょ。性転換自体無理なのに」
「事実か否かは大きな問題ではない。影山が信じたのだから、アイツの中では、もう真実だ」
「いつかバレるよ」
「分かっている。それまでを楽しませてもらう」
「何が目的なの。若利くんホントにそれ楽しい?」
「何かおかしいか? アレを制御できるようになれば我が国の力は必ず増強される。その一環だ。方法がどうあれ、大きな問題ではない」
「影山が並みの戦士じゃないのは知ってるよ。不本意だけど、戦場に置いといたらかなり便利だと思う。でもサ、俺は『方法』を問題にしてるの。キミは一国の王なんだよ」

 牛島の寝室の前を通りかかった昨晩、久しく聞いていなかった影山の悲鳴が漏れてきた。「やめて」、「いや」、「やだ」。あまりの切迫ぶりに、職分を超えて止めに入ろうかと思ったくらいだ。
 実際のところ天童は、影山はすでに牛島の手に落ちているのだと思っていた。噛みつかんばかりの勢いで頑なに抵抗を続けていた最初のころと違い、影山はすっかりおとなしくなって、牛島の寝首をかく気配もなければ、部屋を逃げ出そうとする様子もない。寝室に連れ込んでいる以上牛島と影山はそうした行為に及んでいるのだろうし、繰り返し肉体関係を持つうちに、ほかに頼れる者のいない影山が絆されることも考えられないわけではない。体面はよくないが、娼妓のような存在と思えばと、ここまで目を瞑ってきたのだ。

「どうして?」
「言っただろう。アレを制御できるようになればと」
「まだ制御できてなかったってこと?」
「そうだ。影山は、まだ心の底を見せていなかったらしい。すべてやり直しだ」
「ねえ、それ、ほんとにできることかな……。影山飛雄って、烏野一の忠誠心だって言われてたでしょ。今も――」
「俺は認めない。それがすべての答えだ。あいつを必ず屈服させよう」
「若利くん……」

 つやつやと血色よく、満足げな顔つきとは裏腹に、主の瞳は嵐が渦巻く時化の海のようだった。





 また数か月が経った。相変わらず王は影山飛雄を完落ちさせることに関心を寄せている。影山は日に日に弱っているようであり、先日日向翔陽が居場所を突き止め現れたときも、牛島の腕の中で昏々と眠り続けるばかりで、その手を取ることはかなわなかった。

「おはよう」

 鬼のいぬ間だ。寝室のベランダで、ローブ姿のまま打ち沈む少年に、天童は隣室のベランダから微笑みかける。
 あたたかな日射しの中、青い瞳がゆらゆら震える。天童はよりはっきりと、わざとらしいほどに笑顔をつくり、腹の底を覆い隠した。

「気分はどう?」
「……」
「あ、若利くん以外と喋るなって言われてんの? 大丈夫大丈夫、あの子夜までは絶対戻れないから。食事はとってる?」

 天童のいるほうから一歩影山は遠ざかり、こくんと小さく頷いた。ずいぶん力ない。あどけなさを残す顔立ちの一方で、頬や首筋から蝶の舞うような妖しい色気があふれ、見つめていると変な気を起こしそうだった。
 ここにやって来たときの彼は、もちろん端正な顔立ちをしていたが、こんなふうではなかったのは間違いない。あの男に触れられると、人はこんなに変わるのか。

「そっか。よかった。若利くんの子どもを産む大事な身体だもんね」

 影山ははっと肩を揺らし、不安げに天童を見上げた。「知っているのか」、そう問いかけるような瞳に見つめられ、天童はますます笑みを深くする。

「知ってるよ。ネ、ついに身ごもったんだってね。おめでとう」
「え……?」
「あれ? まだ聞いてなかったの? 昨日医者に診せたでしょ」

 影山はよろめき、あとずさった。
 「まだ聞いていない」も何もない。もちろん天童の作り話だ。この哀れな少年は気付かず、青褪め、咄嗟のことなのか、手のひらで腹の前のローブの紐をきつく握り締めた。

「き、聞いてない」
「あー、ほんと? 俺先走っちゃったかも」
「してない。できてない」
「へ?」
「体調、どこもおかしくない。まだ、俺……」
「何言ってんの。やることやってんでしょ? めでたいじゃん、王が孕ませたってなれば、お前の安全確保されるんだからサ」
「……っ、うそ」

 影山はローブの裾を翻して、戸口から部屋へと逃げ帰っていく。
 天童はにこにこと笑い、笑いながら、暗澹たる気分へずぶずぶと身を浸していく。

「人身御供なんて、なるべきじゃなかったんだよ、やっぱりさ……」

 たとえそれで、仲間の数人を救えたとしても。影山はみんなの足かせになっている。




 嫌な予感がしていた。それは、杞憂のもたらすものであり、天童の含みのある笑みのもたらすものであり、残念ながら、正解へと続いていた。
 自室の扉を開けると、夜だというのに明かり一つついておらず、ベッドの上で少年の影が身体を抱き締め震えていた。

「影山」
「来んな」

 窓明かりだけの部屋で、影山は自分の腹を押さえ、肩を小刻みに揺らしている。

「来たら、舌噛み切って死ぬ」
「……何を言ってるんだ?」
「あんたのガキと一緒に死ぬ。嫌ならこっち来るな」

 自分の子ども?
 ついていけず、一瞬ぎょっとしたが、すぐに事の顛末に思い至る。なるほど、自分の不在の間に影山をたばかった男がいたらしい。

「……天童か」
「……」
「お前はからかわれただけだ。身ごもってなどいないから落ち着け」

 影山にこうして拒絶されるのは久しぶりだ。懐かしくすらある。ゆっくりと歩み寄ると、影山は腹を押さえたままベッドの上であとずさりした。

「わ、分かんねえだろ、あんな、毎日……」
「その腹に子どもはいない。俺が言っているのだから、信じろ」

 ベッドに腰掛けて、身を引く影山の体を引っ張り抱き寄せた。

「怖くて震えていたのか? 今日ずっと?」
「だって……俺、むりで……」
「知っている。お前が戦う以外、何もできないことくらい」

 ひとまわり小さい身体を抱き締め、瞼や頬へと口づけると、影山は震えながら唇を噛みしめた。

「俺のこと、いつまで、こうしてんだよ。殺せばいいだろ……」
「お前を? それでは何の意味もない」

 頬を伝う涙を吸い上げる。
 その日はそれから、ひたすら影山を慰めた。

 ――「あんな子に、この国潰されるわけにはいかないんだよ」。

 親友の忠告を忘れたわけではない。だが、寝首なんてかかれる余地はもはやない。

「牛島さん、俺、怖い……」

 見ろ、そうに決まっているじゃないか。