intermission II

【頂いたメッセージへのお返事⇒⇒23.8以降:「続きを読む」から、それ以前:スマホのリーダー表示かドラッグ反転でお読みください】

今なら影山飛雄もらえる のこぼれ話

・牛影(モブ視点)です
・テンドウモドキ(天童さんのようで決して天童さんでない)出ます。




 その男はバレー男子全日本代表のミドルブロッカーであり、旧知の男とは全くの別人であるが、牛島の高校時代のチームメイトによく似ているので、以下便宜的に彼を「テンドウ」と呼ぶことにする。これは名前がないのは不便であるからで、全くの別人である、という点を重ね重ね強調させてほしい。そのテンドウが、遠征先のホテルのレストランで愉しげに口を開いた。

「昨日の夜さ、影山アナリストが若利くんの部屋入ってくの見たけど何してたの?」

 牛乳を噴き出した。

「わぁ、やましい感じだネ……」

 後から冷静になって考えると、このとき牛乳を噴き出すことなく、落ち着いて「次の試合の方針を確認していた」とか「戦術面で理解が足りないところがあったので部屋に来てもらった」とかそれらしいことを言っておけば、最低でも牛乳さえ噴き出さなければ、言い訳は一応成立していたので実に惜しいことをしたと思う。

「仲良いの? あの人、元烏野電機でショ?」
「そ、そう聞いている」
「宿敵じゃん、大丈夫なの?」
「昔の話だ」
「まあそうだけど……タオル貸そうか?」
「いや、間に合っている」

 己のタオルで顔を拭い、牛島は深々息をついた。昨日の夜、影山が部屋に来たのは10時くらいだ。下手に隠れるより堂々部屋を訪れたほうがいいのではと作戦を練り、申し合わせどおり影山は堂々廊下を歩いてやってきたわけだが、その後なにかとやましいことをしたため、上手くシラを切れなかった。元も子もない。

「影山さんって俺らより年下だよね」
「23だ」
「『さん』って年齢じゃないね! もう『影山クン』って感じ。あれ選手無理だったの?」
「分からん。本人はそう言っていたが」
「練習でたまにトス上げてんの、そこそこ上手くない?」
「足が止まっていると多少マシになると言っていた」
「はー、なるほどねえ。そういう話をしてんの?」
「この前練習の合間に言っていたが。あ、いや、そうだ。そういう話をしている」
「ゴメン無理しないで」

 どんどん泥沼に嵌まっていっている気がする。テンドウの助け船を進んで叩き壊した感が否めない。
 テンドウの言うとおり、影山は年齢が若いのもあって選手たちの中にいたほうがよほど自然ではあるが、一応それらしく距離を取るので牛島はもどかしい。部屋に来たかと思ったら事務連絡だけして帰っていくときなど、どうしてくれようかと思う。
 今だって、選手の島とスタッフの島が自然に分かれ、牛島の場所からは影山の丸い後ろ頭しか見えない。

「付き合ってんの?」
「は!?」
「何びっくりしてんの若利くん」
「そんなわけがないだろう」
「やーもう、デキてんのかなあって感じだよ、影山アナリストと若利くん」
「どのへんが」
「あのね、近いよ君ら。そもそも立ち位置が。すぐ二人で話し込むし」
「それは……つまり話し合いなどを……」
「分かるけどねぇ、エースだし、惹かれるよねぇ」

 影山が牛島に対して好きだと言ったのが、エースだからでも何でもなく、ナニのサイズがどうという話だったのは記憶の隅へと掃いておくことにする。

「若利くんもさ、分かりやすいんだよ。賢い子好きでしょ。若利くんの世界観についてこられる子がいいんだよ絶対」
「もう何を言っているか分からない」
「バレー馬鹿な子好きでしょって話。あったまいいバレー馬鹿。掘り出し物だよ影山クンはさ……ミーティングの質あからさまに変わったもん」
「……お前もそう思うか」
「うん。練習もほんとよく見てるよね。細かいラリーの流れとか、やってたコッチもあんな覚えてらんないし、コートの隅々まで見え過ぎてる」
「そうか。まあ、そうだな」
「嬉しそうだネ」
「そんなことはない」

 経緯は複雑だったが、コネだなんだで影山が疑いの目を向けられることはもはやない。彼が信頼を得ていくのはいいことである。ただ、日に日に「みんなの影山」になっているように思えてやや気に食わない。これを影山に言ったら、「『日本全国民の牛島』が何言ってるんですか?」と半ギレされた。
 そう、ときどきあれはキレるし、喧嘩もする。ただアプリの指示はかたくなに守ろうとするので喧嘩も長続きしないというのはある。牛島との接点が拡大しても、射精管理に関して影山は変わらず仕事熱心だ。もはや性嗜好に近い。

「ま、カワイイよねアレは……」
「なんだ? 何がだ?」
「いや、影山クン」
「どういう意味合いだ」
「違うって、大丈夫だから怒らないで! 別に好意あるなしとか関係なくカワイイから、そこは受け入れて先へ進んで!」
「かわいくなんてないだろう、あいつ……」

 もちろん、ベッドの上で涙まじりに喘ぐ影山はかわいいしいやらしい。だが、あれを知らないでかわいいも何も、と思う。普段はツンツンしている。

「ま、いいけどね、夜の作戦会議でもなんでも。ただもうちょい言い訳上手くなってね二人とも」
「……二人とも?」
「ウン。若利くんに聞く前に影山クン直撃したら真っ赤になって『仕事ですから』って言ってたよ。どんな仕事したらそうなるのって顔だったよ」
「……アイツ」
「いけないんだー、アナリストに、アイツとかー」
「じゃあからかって遊ぶな」
「コミュニケーションだってー」

 悪びれないテンドウの額を軽くはたいて、牛島はトレーを手に立ち上がった。フロアを見渡すと、食後のコーヒーを飲んでいた影山と遠目に目が合う。
 ツン、と目を逸らした影山の耳は赤く、怒ればいいのか照れたらいいのか分からないリアクションに心底困る。取り敢えず、「仕事とは」と一度話をすべきだろうか。もう何も疑ってはいないけれど、牛島のために必死に言葉を掻き集める影山はやはり健気でかわいい。

「若利くん、顔ゆるんでる」
「……もとからだ」
「ゼッタイ嘘!」

 嘘じゃない。最近結構、ずっと緩んでいる。

(2016/2/20)