intermission II

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牛島式スーパー安眠法おまけ3

・牛影
・いちゃいちゃしてるだけ

 寝ておきたいときに寝つけないというのは、もどかしいものだ。
 一頻り自分のプライドと戦ってはみたものの、翌日に合宿の練習初日を控え、睡眠不足に注意散漫、判断力低下、これ以上に恥ずかしいことがこの世にあるかと自問した結果、あるわけがないと結論せざるをえなかった。
 舞台は再び都内某所、トレーニングセンターへと戻ってきた。
 バレー第一断固優先。今寝なくていつ寝るのだ。であれば、影山が取るべき行動は1つだ。悪魔に魂を売るしかない。

「牛島さん」

 悪魔は自分の右手を枕にし、無表情に天井を見上げていた。フットライトを残して消灯した室内で、足音を忍ばせて近寄ったのに、ベッドの上の牛島は全く驚いた様子がなかった。

「どうした」
「その……」

 自分のベッドから持ち出してきた枕を抱き締め、影山は必死に言葉を絞り出す。

「あの、俺、寝られなくて、だから」

 恥を忍んで、とはこういう場合に使うのだ。勉強になる。そもそもだけれど、影山が襲われている謎の不眠現象――いや、入眠障害というほうが正確だろうこの現象の原因は、牛島にある。最初の合宿のときに牛島が勝手に影山を抱き枕にしたのが悪いのである。あれから、枕を替えても温かい飲み物を飲んでも筋トレでわざと疲れを溜めてみても、牛島がいないベッドではスムーズに寝つけないのだ。いったいどうしてくれるのだろう、こんな迷惑な話があるだろうか。
 文句は山ほどあるが、とにかく事は一刻を争う。今は恥を忍んでこの台詞を言うしかない。

「一緒に寝てもいいですか……!」

 あの合宿初日に言われた「面倒を見る気はない」という牛島の言葉を思い出し、横隔膜がひくひく震えた。あの台詞の先には断られる未来しかないように思う。そもそも牛島は影山のことをあまり好きではないのである。
 不安が募ってギュッと目を瞑った。そのまま何秒か経って、おそるおそる目を開けてみると、牛島が寝転がったまま、影山を見上げていた。

「あの」

 からかわれるか、邪険にされるかどちらかだと思ったのに、牛島は布団をめくり、自分の隣をポンポンと手で叩いた。その手と顔とを見比べ、戸惑っていると、牛島はびっくりするくらい優しい表情で影山を見た。

「……あざっすっ」

 影山を受け止めるようにベッドの上に広げられた右手が、ベッドに滑り込むと体に巻きついてきて、そのままそばへと抱き寄せられた。つい掴んだTシャツの胸元を握り込みながら、互いに無言でいるうち、牛島の体に触れている頬がじんわり熱を持ち始める。

「あったけ……」

 返事の代わりに、牛島がふっと息を漏らしたような気配があった。おもしろがるでも馬鹿にするでもなく、ただゆったりと頭を撫でられ、頭の中がぼんやりとし始める。

「笑わないんですか……」
「どうして」
「どうしてって」

 触れた場所から直接流れ込むように低い声が伝わってきて、心地いい。目を合わせないままの会話も案外悪くない。

「笑わない。俺も都合がいい」
「……そ、そうなんすか」
「驚くところじゃないだろう。始めたのは俺だ」
「そうですけど……あんたは別に俺がいなくても寝られるだろ」
「そうでもない」
「え……」

 顔を上げようとしたら、回されていた腕に力がこもって、もっと強く抱き寄せられた。

「あったかいな」
「……うす」
「子ども体温だ」
「う、うるさい」

 寝る前だからか、牛島の声は小さくてかすれている。影山もあまり威勢がつかない。
 遠征が終わって牛島と別れて以降、寝つきの悪さにずっと悩まされていた影山のように牛島も不眠に苦しんでいた――とはちっとも思えないが、とにかく、一緒のほうがいいのは本当らしい。
 どうしてだか知らないが、最初の合宿以降、遠征期間も含めて影山と牛島はずっと相部屋だ。もっところころ替わっているペアもあるのに変だなとちょっと思う。

「重くないですか……?」
「気にしなくていいから、寝ろ。……重くない。」
「……そすか……」

 言われるがままに目を閉じると、ゆったり脈打つ心臓の音が聞こえてきた。規則正しいリズムが影山を寝かしつけるようで、さっきまで少しも気配のなかった眠気が静かに湧き出してくる。

「もし、お前が」
「はい……?」
「寝られなくなっていたのなら、悪かったな」
「そういうわけじゃない、です……」
「そうか」

 牛島が身じろぎして、ふわりと頭に何か温かいものが触れた。

「ん……? 何すか……?」
「いや、なんでもない」
「なんかしたでしょ……。いいけど……」

 誤魔化すみたいに牛島の大きな手が頭を撫でてきて、いろいろどうでもよくなってくる。首筋に時折当たる手が温かくなっているあたり、牛島も眠いのだろうか。影山の体もほかほかしている。

「おれのたましい、やすかったな……」
「魂? 何の話だ?」
「悪魔ってこんな、あったかかったっけ……」
「寝ぼけているのか。しょうがない奴だな」

 いいや、寝ぼけてはいない。そう言おうかと思ったが、口を開くのも億劫なくらいの眠気が押し寄せていたので、反論を放棄した。

「おやすみ、影山」

 夢の中にほどけていくような柔らかな声が、影山をそっと眠りに落とした。明日、自分のベッドのシーツにしっかり寝跡をつけなければいけないな、と考えたが、それも一瞬だった。

(2015/1/17)