intermission II

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うぬん@HQ

及影←牛です
あのーーーー途中まで。
途中まで。
これの倍くらいの量のとこで頭ワシャーってなってます。

今月の6日に、これの冒頭をちょこっとだけ画像で載せたんですが、手直しが激しすぎてドコーってなってる…(笑)話の筋は変えていないのですが、文自体で本決まりだったのがカギカッコの中だけだったという、こういうのめちゃくちゃよくある!!


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喫茶店で待ち合わせなんて、ずいぶん古風で、牛島らしい呼び出しのしかただと思った。昔、携帯電話のなかった時代は固定電話のある飲食店で落ち合うのが都合よかったらしいが、今の時代さすがの牛島もスマートフォンくらい持っている。
中庭に面した窓際の席で、一人分の席から大きな体をはみ出させ、牛島はコーヒーカップを傾けていた。真鍮のベルの音で気付いたのか、うっそうと木々の茂った窓の外へ向けていた目線を、棒立ちの及川にゆっくり移す。

「久しぶりだな、及川」
「友達みたいなあいさつやめてくれる?」

木漏れ日に白く光る牛島の頬の向こうで、窓枠が黒々と窓外の景色を切り取っていた。ベロアのクッションが張られた椅子を引き、牛島の斜め前に腰を下ろす。
店主に頼んだブレンドが及川の手元に届くのをじっくりと待ってから、牛島はニスの効いた一枚板のテーブルにカップを戻し、両の手を組み合わせた。

「急に呼び出して悪かったな」
「そういうのいいから。用件は何?」

遠くで小さくショパンが流れるだけの静かな店内だった。ほかに客は2、3組。それぞれ会話もしているようだが、内容は聞こえない。きっとこちらの声も聞こえないのに違いないが、向き合う牛島の低く通りのいい声は及川を居心地悪くした。
榛色の瞳が一度、手元に落とされ、牛島は静かに口を開いた。

「影山と別れてくれ」

喉の奥が締まる。予想していたいくつかの切り口のうち、牛島は一番、人らしい言葉を選んだ。きっと影山が彼を「そう」したせいだ。及川は苦い液体を噛み潰しながら根拠もなく思った。
コーヒーフレッシュの蓋をめくる。爪の先に小さなミルクの粒が跳ねた。

「どうして?」

交際を否定するのは面倒で、先を急かした。白い液体が一度カップの底に沈み、花が綻ぶ様子を早送りで見ているみたいに、じわりとみなもに浮かび上がってくる。

「俺が影山を幸せにしたいからだ」

あ然とするほど、温かさをまとった言葉だった。つい顔を上げてその目を見る。ミルクが溶け切ったカップの中で高まるエントロピー、その乱雑さはそのまま及川と影山に牛島という男が足されたややこしさだ。

「幸せにしたい?」
「そうだ。だがお前があいつの心を奪っているかぎりどうにもしてやれない」
「……飛雄は牛島とか選ばないでしょ」
「いいや。そこは大きな問題ではない。俺でいいはずだ」
「どんな自信――」
「あいつにとって」

及川を遮ってひとことそう言い、息を継いで、牛島は続けた。

「あいつにとっての特別はお前だけだ。お前じゃないなら誰だって、俺だってかまわない。そのはずだ」

耳を疑い、顔を上げた。
牛島の表情には僅かの高揚もなかった。
いつか、テレビで見た。牛島選手にとって、影山選手とはどういう存在ですか?
牛島はそのときも粛然として言った、「好きです」と。一緒にいると、世界の温かさに触れているようで。



「思ったより驚かないんだな」

牛島は軽く顎先に触れ、そのまま口元を隠すように頬杖をついた。探るような目つきは及川がこれまで見たことのないもので、今、例えばあの最後の春高より気持ちを動かしているのだろうかと考えると鬱になりそうだった。

「影山から聞かされていたか」
「頼んじゃないけど」
「そうか。あいつは何と言っていた?」
「心配しなくても変な尾ひれなんて付いてないよ。業務連絡みたいだった」
「そうか」

久しぶりに会った影山がいつもより元気がない気がしたが、問い質さなかったのだ。リビングで難しい顔をしてしばらく考え込んでいたかと思うと、「及川さんに話すのも変かもしれないけど」と、「黙っておくのは嫌だから」と前置きして、及川の目も見ず喋りだした。
牛島さんに好きだって言われました。
それで?
それだけ。いつまででも待ってるって、それだけ。

「全然待ってないじゃん」
「何がだ? 影山のことは待つが、お前の変節を待つ気はないな。その話か?」
「どうやったらウシワカが飛雄にそこまで惚れんだよ……」

及川はもとより、疑心暗鬼だった。
1年の春高後、高校在学中から日の丸を背負い始めた影山は、のち牛島と同じ大学に進んだ。試合会場やテレビの中で見かけるたび、日増しに牛島が影山への態度を軟化させていることにどうしたって気が付いた。よく喋っているし、練習後に二人で寄り道し食事をしているだとかくだらないこともネット記事になっていた。世間は彼らの仲がいいのだと思っている。

「試合のあと抱き締めたりしてんのも下心満載だったわけね。職権乱用じゃないの?」
「……あれは、そういうんじゃない」

きまり悪そうに牛島が目を逸らした。勝ち試合のあとのよくあるやり取り、形だけならそうだ。でも牛島が影山にやるなら意味が違う、さっきの宣言のあとだ。好きな人間に触れて何も感じないわけがない。

「顔でバレバレなんだっての」
「それであまり驚かなかったわけか」
「飛雄が鈍感なだけで気にしてれば気付く」

牛島はいつも、宝物に触れるような仕草で影山に手を伸ばす。ついさっきまで荒々しくボールを叩きつけていた左手を腰に回し、眩しげに目を細めて抱き寄せる。
恐らく牛島は春高の代表決定戦のあとからずっと暗中模索をしていて、その答えを影山に求めているのだ。甘えだ。

「だいたい、誤解あるみたいだけど、そもそも俺と飛雄は付き合ってないから」
「それは知っている。影山本人に聞いた」
「じゃあ別れてってのは何なの」
「口約束がないだけで実際付き合っているようなものだからだ」
「分かんない。なんでわざわざ自分不利にするわけ?」
「肉体関係を持っているのも察している。楽観的になる理由がない」

包み隠さぬ物言いに閉口した。牛島の口から一生聞くと思わなかった単語だ。
実際バレー以外に興味なんてないはずだが、バレーがそのまま息をしているみたいな影山だけは別勘定だったのかもしれない。

「見ていると分かる。お前に会うたび影山は思い詰めて、手がつけられないほどきれいになっていく」
「真顔で言う台詞かよ……」
「お前が羨ましい。お前は影山の人生に刺さった楔のようなものだ。一生抜けない楔だ、分かっているのか」
「牛島が思ってるほど頑丈じゃないんだよ俺たちは。現にお前に介入されてんじゃん」
「俺にお前の代わりはできない」

内臓をえぐるほど低い声だった。

「永遠に埋まらない3年間だ。お前は影山の命や、心臓に這入り込んでいる。あいつの絶対はお前で、お前だけだ」

顔を上げる。目が合うのに合わない。牛島は空想の影山を見ていた。その先にたまたま及川がいるだけ。

「お前が影山を幸せにするのならそれでいいと思っていた。だが目の前で影山が泣いているのを見て考えが変わった」
「泣いてる……?」
「お前のために泣いていた。何度も。あの影山がお前のためならいくらでも傷つく。見ていられない」

だから別れてくれ。牛島は繰り返した。
及川の口からは、反論も拒絶も、もちろん承諾も出てこない。

「五分と五分の喧嘩だったのかもしれないな。影山が悪かったのかもしれない。だが俺には関係がない。あいつが不安なのはお前から肯定され足りないからだ。お前に影山の一生を受け止める意志がないのなら手放してくれ」

恋は人を愚かにする。影山が牛島を狂わせている。
(つづく)