intermission II

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原作軸(牛影)

・2016年6月(日向と及川さんが会ったのを6月と仮定)
・モブ影+牛影、及、日
・及、日はCPないので及影or日影固定の方にはお薦めできない感じです


 



「やっぱ及川さん、影山の試合見てるじゃないですか」
「全く見てないわけじゃないってだけだよ。ほら、ネットニュースでヘッドライン見たりさ」

 おいしくてヘルシーで安い、と日向翔陽太鼓判のレストランでひととおりブラジルのローカルフードを堪能し、及川徹はサトウキビジュースでその日の夕食を締めくくっていた。レモンの酸味が利いていて、運動で疲れた体によく染みる。
 気を抜いた隙に話に矛盾が生じていて、影山の最近の試合を見ていない、という及川の主張が虚言であることが看破されてしまっていた。というか、早々に察されてはいたのだろうが、こちらの希望を呑んであえて突っ込まなかっただけなのだろう。アナリストよろしく全試合かじりついて見ているわけではないのもまた事実であるが、「見ていない」はやはり無理があったか。時に距離を置き、時に呼吸をするのも忘れて、及川は影山のバレーボールを目撃している。
 及川の返答に日向は「へえ」と応じてから、少し迷うような表情をし、「じゃあ」と言葉を続けた。

「あの話も知ってますか?」
「知らない。なんの話?」
「影山と牛島さんが付き合ってるんじゃないかって噂」
「グゲフッ」

 ジュースの中に残っていたサトウキビの不溶性食物繊維が及川の喉にダイレクトアタックを決めた。

「は、はぁ? 付き……ハイ!?」
「影山が痴漢に襲われた事件あったじゃないですか。あれがきっかけになったんじゃないかって」
「イヤイヤイヤイヤ待っ、待て待て! 痴漢!? それも初耳ですが!?」
「え、そうなんですか!? 日本じゃ結構な騒ぎになったんですよ。犯人はちゃんと捕まったんですけど、影山ほんとに危なかったらしくて」
「……何があったの」

 声のトーンを落とす及川に、日向は「ええっと」と頭を掻きながら周囲を見回し、日本語が通じそうな客がいないのを確かめてから言いにくそうに切り出した。

「シーズン中の話なんですけど、影山って普段から試合後の取材すげー多くて、その日も遅れて一人でシャワー浴びてたらしいんです。そしたら、清掃員に変装したヤバいヤツが」
「会場で!? 侵入したの!?」
「はい。シャワー室に」
「……一応聞くけど男だよね、それ……」
「男です。使わなかったけど、スタンガンとか持ってたらしいです。背丈はそんなでもないけど、ムキムキマッチョだったらしくて、影山は当然丸腰だし、相当ヤバかったって聞きました」
「……聞くかぎり、痴漢じゃなくて暴漢じゃない?」
「いや、ほんとに襲おうとしたみたいです。そいつ、春高からの影山の追っかけで、ファンの間じゃ有名人だったらしいんです。アドラーズに入ってからも、練習とかもほぼ全部出没してて、でも……」
「でも?」
「今年に入ってから影山と牛島さんが付き合ってるんじゃないかって疑うようになって」
「ハイなんでだよ」
「えーっと、うーん、思い込み激しいヤツだったみたいです。ただ、俺から見ても仲よくなったなとは思いましたよ。結局それで、疑心暗鬼こじらせて、シーズン終盤にとうとう」
「実力行使に」
「はい」
「ヤバいじゃん……」
「ヤバいです。ほんと無事でよかったんですけど、そのとき影山を助けたのも牛島さんで、それ以来二人の距離感バグってるってもっぱらの噂で」
「それ付き合ってるっていうか……もっと違うもんじゃない? 助けられたからってことでしょ?」
「依存とかですか? まあそういうのあるかも。俺も本人には詳しいこと聞けてないっす」
「そこでチビちゃんの口から『依存』って出てくんの怖っ」
「え、なんで!?」
「いやこっちの話。てか、飛雄がねぇ……。日本まあまあ治安悪くない?」
「そうですね。警備体制とかは普段どおりちゃんとしてたらしいんですけど、全く立ち入れないわけじゃないし、頭回っちゃう犯人だったのかも」
「引くわー」

 及川はため息交じりに顔を覆った。影山の玄人受けするプレーは男性にも評判がいい、といった話は耳にしたことがあったが度を越している。いくら人気商売とはいえ、そんな意味不明な暴走をされては影山もたまらないだろう。「参っている影山」というものを思い浮かべようとして、上手くいかずに及川は顔をしかめる。世界から見放され、一人きりになってしまったかのように静かに塞ぎ込むあの姿がそれなのだろうか、と考えると曲がりなりにも心配が首をもたげてくる。中学時代から今に至るまで、影山の連絡先を知らずにきたのを少しだけ後悔した。

「それで俺今、影山に何て話しかけていいか迷っちゃって、なかなか連絡できずにいるんですよね」
「そんな気ぃ遣うような仲ぁ? いいじゃん普通に、おはよう、元気、彼氏できた? とかで」
「及川さん。」
「すみません。」
「なんとなく連絡取るのが一番ムズいです」
「じゃあさっき俺と撮ったツーショでも送りつけたら? こんな地球の裏側でのエンカウント、飛雄にとってもまあまあ事件でしょ」
「……名案! そうします!」

 及川の提案に日向は目を丸くし、ぐっと握り拳を握った。及川からの写真の転送を受け、日向はせっせとラインの文面を作る。

「向こうも一緒にいたらウケるよね」
「今、えっと向こうは朝の10時過ぎだから……練習中とかですかね。たぶん一緒じゃないですか?」
「いやいや、同じチームだからって四六時中一緒にいないでしょ! 練習終われば三々五々でしょ」
「あ、そうか、確かに……」

 及川は日向とうなずき合い、ふっと一呼吸ほどの間を空けて、ちらりと目を見交わした。でもどうしてか、一緒にいそうな気がするんだよな。と、お互いに考えているのが手に取るように分かった。





 練習終わり、選手ロッカーで右腕をつかまれた牛島は、影山だな、と思い立ち止まり、振り返ればやはり影山であることに満足しながら、彼と向き合った。

「?」

 ロッカー前のベンチに腰かける影山が、スマートフォンの画面を牛島に向けている。促されるままのぞき込むと、そこには旧知の男2人が、堅気のそれとは思えない邪悪な顔を並べて写真に収まっていた。

「……」
「……」

 及川徹は現在アルゼンチンでプロバレーボーラーをやっているはずで、日向翔陽も、つい先だって離日しブラジルに移り住んだという話である。アルゼンチンとブラジルは隣国だ。これはつまり、そういうことか。点が線でつながるまでの十数秒を影山と見つめ合い、驚きを分け合う。

「お前ら人語でしゃべろうや……」

 先にロッカーを出ていく先輩に菩薩のような顔で諭され、牛島はすぐそばの少年に向き直った。影山飛雄が丸く大きな瞳で牛島を見上げている。シャワーを浴びたばかりで、しっとりと湿った黒髪がLEDの明かりを照り返して目に眩しい。

「帰るか」

 驚いたな、そうですね、という会話は省略された。

「はい」

 影山がうなずく。
 今はトレセンでの代表合宿の最中で、帰ると言っても宿舎棟までの、建物内の移動だ。渡り廊下すら屋内なのに連れ立つ必要などないのではないか、と言われてしまいそうだが、苦い記憶のある牛島としてはそうもいかない。
 隣を歩く影山を見やる。
 世界から浮き立つようで、それでいて透き通るような、物静かな佇まいにまた、飽きもせず目を奪われている。
 歩を止めないまま、そっと手の甲で彼の手に触れた。すると影山は顔を上げ、首を傾げながら、牛島の手に指を絡めた。

「はい?」
「いや、特に」
「いますよ」
「分かっている」

 分かっていても、確かめたくなるのだからしょうがない。
 影山のことをきれいだなと思ってしまうたび、数か月前、震える彼の体をバスタオル越しに抱きすくめた記憶が蘇る。トビオくん、トビオくんと見知らぬ男の声が呼んでいた。
 こんなふうに指を絡めて歩いていたなんて知られたら、また何を言われるか分からない。影山のためにもやめておいたほうがいいのだろうと考えもする。だが影山が牛島の接触を拒んだことはないし、彼が不用意に他人の体に触れるのも、牛島相手くらいなものだ。少し思い上がりたくもなる。

「離れるな」

 手のひらを握り込むと、丸い頭が軽く腕にもたれてくる。

「離れたくても、年中一緒です」

 安堵とそれから、牛島の胸を締めつける未成熟の感情が左腕のぬくもりから流れ込んできて、牛島は息を詰める。
 そういう意味じゃないんだ、ただそばにいたいのだと俺が打ち明けたなら、お前はどんな顔をするのだろう。