intermission II

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原作軸(日影)

・2017年12月、日影
・原作に明記ないのですが、エイトールの結婚式が12月だったと仮定しています


 



 日向の飲酒が解禁されるのを心待ちにしていたのは、本人以上に、元相棒のエイトールと、ルームメイトのペドロであることは間違いなかった。
 普段は健康のため、体調のコントロールのためと言ってアルコールを摂ることのない日向だが、友人の結婚式とあっては例外のようだ。試合観戦をきっかけにニースらと親しくなったペドロ、ルシオも式に招かれて同席しており、カイピリーニャを傾ける日向を、獲物が落ちてくるのを待つハンターのまなざしで見守っていた。
 パーティーが終わり、レストランに移動して二次会に参加するころには、日向は傍目に見て「酔っているな」と分かるほどに顔を赤くしていた。レストランの隅に陣取ったペドロとルシオは顔を見合わせ、今だ、やれる! と新郎のエイトールに合図を送る。宴もたけなわのサンバの輪を抜けて、服をすっかり気崩した本日の主役が日向たち3人の座るテーブルにやって来た。

「やあ、みんな楽しんでる?」
「もちろんだよ、本当におめでとうエイトール。その服きまってる」
「ありがとう。で、首尾はどう?」
「ご覧のとおりさ。な、ショーヨー」
「うー、飲み過ぎたかも。あたまふわふわしてる」
「いい傾向だよ」

 この結婚式を終えたのち、トレーニング期間を経て、日向が日本へ帰国することをみんな知っている。バレー本位に暮らす彼は、秘密主義ではないが、一部情報共有が不十分な点がある。つまり、日向当人の恋愛事情についてである。今日を逃せば、日向は重大な情報を秘匿したまま日本に帰国してしまう可能性があり、これは絶対に避けなければならない。

「今日こそは話してもらうぞショーヨー」
「え? 何を?」
「もちろん、君の片思いの相手についてだよ」
「エイトール、それはどうだろう。もしかしたら両思いかもしれない」
「待って待って、え!? 俺、そんな人いないけど!」
「隠しても無駄だショーヨー。ショーヨーには『愛車ピカピカメニーナ(少女)』がいるはずなんだ」
「愛車ピカピカメニーナ? いないいない!」
「エイトール、それ、俺たちにも詳しく説明してくれよ。日向くんにも説明がてらさ」
「うん、いいよ。ショーヨーも覚えてるはずなんだけど」

 思わぬ展開にいくらか酔いが抜けたのか、血色だけやたらといい日向が、普段家で過ごすときのような素の表情でテーブルを見回し落ち着かない様子を見せる。

「前にショーヨーが前祝いの酒を断ったとき、『俺にとってはバレーは仕事で、ショーヨーには趣味なのかな』って話、俺しただろ?」
「うん、した」
「ショーヨーは、その『趣味』ってのを、練習とかトレーニングとかを生活みたいにやる感じか、って聞いただろ?」
「うん」
「その『生活みたいにやる』ってのがさ、愛車をピカピカに磨くみたいだって俺は思うんだけど。ショーヨーはその返事をするとき、はっきり、誰かを思い浮かべながら言ったんだ」
「ヒュウ、なるほど」
「えええ! そんな、いや、うん、そうだけど」
「ほらみろ」
「すごいなエイトール、名探偵だ」

 名推理に沸くテーブルで、エイトールは目を閉じ、当時のやり取りに思いを馳せる。

「そのときのショーヨーの顔、なんて言ったらいいかな。ショーヨーは誰かの背中を思ってた。日本に残してきた大切な人の背中。愛車をピカピカに磨くように、何かを大切にして生きている人で、この強いショーヨーがさ、特別な敬意と熱意を寄せている相手がいるんだと思ったよ。きっとすてきな人だね」
「ううん、エイトールが想像してるのとだいぶ違うよ。だいたい、メニーナじゃないし」
「性別を問題にしてるわけじゃないよ、ショーヨー」
「だとしてもだよ。恋とかじゃないんだ。全然違う。ただライバルだから、意識するけど」
「ははぁ、バレー選手か」
「なるほどな」

 推理が順調に煮詰まってきて日向は頭を抱える。酔いのせいか、何を言ってもボロが出る気がする。それでも、ついつい口を開いてしまう。

「……日本にいたころよりバレーだらけの毎日を過ごしてるせいか、思い出すんだ。あいつがどう生きてたか。壁にぶつかるたび思い出す。バレーと生きるってことがどういうことか、その答えは俺にとって、あいつの在り方そのものみたいに思う……」
「――つまり日向くんは、彼をポラリスのように思ってるのか」

 ルシオの発言に、サンタナとエイトールが「ポラリス?」と首を傾げる。

「北半球では、北極星って二等星が北の空に見えるんだ。地軸のまっすぐ先、常に北を指す方向に。南半球には残念ながら明るい星がないんだけど」
「それがポラリス?」
「そう。天の北極から動かないから、昔から航海のときのロケーションなんかには重要でね。ポラリスが見えれば道に迷わない。道しるべの星だよ」
「そんなきらきらしたのじゃないです……すごく単細胞で怒りっぽいヤツです……」
「それって悪口の一種? 愛車ピカピカ単細胞。悪くない」
「ねえそれってショーヨーのスマートフォンの壁紙の誰か?」
「うっ!?」
「ペドロ、すばらしいパスワークだ! ショーヨー見せて、どれ?」
「……これ」

 テーブルの上のスマートフォンの画面をタップで起動され、観念した様子の日向はおずおずと黒髪の少年を指さした。写っているなかでも、ひときわ目つきが悪く、不機嫌そうな少年だった。

「あ、知ってる! 去年の前のオリンピック出てたろ!」
「う、うん」
「カゲヤマくんだ。トビオ・カゲヤマ。日向くんの元チームメイトだね。本物はこの写真みたいじゃなくて、かなりのイケメンだよ。でもどうかな、この写真のほうが魅力的かも」
「調べたら出てきた。彼も21歳? 日本人は年齢も性別も謎めいてるなぁ」
「性別は男です!」
「でもホラ、髪の長い写真もあるよ。とても美人」
「クラブチームのイベント……ッ! 影山くん何やってんの!?」

 日向はエイトールの手から拝借したスマートフォンを身悶えしながらじっくり検分し、それでも目が離せないのか、拡大した画面を矯めつ眇めつしている。

「ねえ、ショーヨー」
「な、なに」
「俺は自分の直感を信じるよ。ショーヨーをいちばん幸せにするのは彼なんじゃないか。だから友人代表として、君のポラリスにいつか挨拶させて。ショーヨーをよろしくって」
「友人代表は俺だよ!」
「参戦しておいたほうがよさそうだ。俺も俺も」
「そんなんじゃないってばもー!」

 パンデイロのにぎやかな演奏の中、日向は己の手のひらに顔をうずめた。しばらくそうしていたあと、再び顔を上げた彼が、「まあポラリスじゃないけど、知り合いではあるしね」と照れを浮かべて頭を掻くのを、3人はにやにやと目を細めて見守るのだった。