*R-15(品性の都合)、牛影+性格のよくないモブ
俺は、人に気に入られる才能ってものがないのかもしれない。試合を30分後に控え、たまたま出歩いた通路で影山は、これから戦うチームのエースに真正面から遭遇してしまった。確か、この人も「そう」だったはずだ、と記憶をたどって、軽く億劫な気分になる。
男がこちらの姿に気付いて上げた「お」という声は、影山にも分かるほど演技くさかった。エンカウントした相手は、左方(さかた)といって、DESEDというチームのオポジットを務めている人物だ。
その名のとおり左利きで、肩が強い大砲タイプ、というのが彼に対する一般的な論評だった。確か今25歳くらいで、数年前に、日本代表の登録選手に選ばれたこともある。結局大会のロースターには名前が挙がらなかったから、彼とは数度しか組んだことはないが、その短い付き合いの中で、影山は妙にしつこく構われることがあった。宮の言葉を借りるなら、「ウザ絡み」というものらしい。「俺、好かれてないってことですか?」と宮に問うと、「かもしれん」「けど」「とは限らん」、と宮は歯切れが悪かった。
「影山じゃん。うぃっす」
「ちわっす」
好かれていないかもしれないという可能性を頭に置きつつも、影山は行動を変えなかった。人間合う合わないはあると聞くし、と大まかに納得して、ふだんはうっかり放念していた。
そう。こんなふうに、避けがたく遭遇でもしないかぎりは、忘れてしまえるのである。
「相変わらず愛想ねえな」
「さーせん」
愛想がないのは、まあ事実なんだと思う。いくらか真剣に憂慮しないこともない。自分がこの男と仲よくできれば、人間関係において、よい循環が生まれる可能性がある気がするからだ。
「お前この前テレビで見たぞ、夜のニュースで特集されてたやつ。大人気じゃん」
「いや、別に。全然っす」
廊下の壁にはめ込まれた大きな窓から、曇り空の隙間から日差しがさし込み、男の顔に影を作っていた。
この男は、牛島若利をライバル視している。
わざわざ言うまでもない。当然だ。なにせポジションがかぶっている。互いに左利きで、年齢も1つしか違わない。今日本代表で活躍し、「日本の大砲」と期待を集める牛島は、オポジットの選手の多くにとって、あこがれや、嫉妬の対象で、言葉を選ばず言えば、目の上のたん瘤であるはずだ。牛島より点を取れる、というのは、分かりやすい日本代表の合格ボーダーなのだ。
「そういやあれ、牛島も出てたな」
とってつけたように、男は牛島の存在を思い出した。
「二人でよく取り上げられてるよな」
「まあ、はい」
「仲いいの?」
「悪くはないです」
「ふうん。Vでも龍神でもずっと影山と一緒だもんな。お前ら二人を表紙にすると雑誌がバカみたいに売れるんだって? なんかずるくね?」
「ずるい……?」
「付加価値付いてんじゃん。選手としての能力以外に」
「よく分からないです」
「影山とセットはチートだわ」
「バレーの話ですか?」
「ちげーよ。なあお前、牛島先輩とエッチしてんの?」
「……は?」
影山のほうへ一歩男は踏み出して、肩に手を載せて言った。
「かわいいもんな、お前。天下の影山飛雄が、牛島に身びいきあんだろ。同郷だから? そりゃ弱ぇわな。裏でやることやってんじゃないの」
「何……っ」
「もういいでしょう」
低い声が、背中越しに、ずしりと体の奥へ響いた。
気付けば、肩に置かれていた男の手は振り払われ、代わりにチームメイトの男――牛島の腕に引かれ、体の後ろにかばわれていた。
「牛島じゃん」
「影山を巻き込まないでいただきたい」
「代表でバレーしようって話だろうが。ソイツ巻き込まなきゃ始まんねーだろ」
「影山は自分の好みでアタッカーを選ぶようなセッターではありません」
「へー。影山のことは俺が一番わかってるって?」
「違います。丸4年、一緒にいれば嫌でも理解する。今俺のセッターは影山ですが、影山は俺のものではない。話すことはもうありません。影山、行くぞ」
牛島が怒っているように見えて、影山は驚きながら、黙って牛島に腕を引かれて歩いた。
*
牛島と影山は、確かになにかと一緒に取り扱われた。若くして代表に定着した二人は目立ったし、チームでのホットラインが代表で再現されるたび大きく話題になり、表紙に起用されれば雑誌が品薄になるという話もあながち間違いではない。
牛島に肩を抱かれてカメラに収まることにも慣れたし、Vリーグと代表での活動を交互に4年半繰り返す中、恐らく今影山にとって、誰よりも一緒に時間を過ごしている相手は牛島と言えるまでになったから、家族のような気の置けなさもある。
「腹が立ってきた」
ロッカーに戻る途中、牛島は立ち止まり、苛立ちをにじませてつぶやいた。こういうことを、牛島はほかの人の前では言わない。
「なんで影山にあんなことを言うんだ」
「気にしてませんよ、俺」
「俺は気になる。次言われたら、『してます』と答えればいい」
「何を……は? まさか」
「かまわない。肉体関係がある。だったら何だ」
「かまいますよ、何言ってんだアンタ」
ぐるりと後ろを振り返った牛島に両肩をつかまれ、ゆっくりと背後の壁に向かって押された。
「してなくても言われるなら本当にしたっていい」
「いいわけあるか」
「あの人はあれで、お前には何も含むところがない。能力も評価しているし、性格も含めて、気に入っていると言ったっていい。ただ、俺の相棒のように扱われているから気に食わないんだ」
「そうなんですか……よく分からないですけど」
「だが俺はオポジットとして、あの人に負けるつもりはさらさらない。お前のトスを、俺のほうが上手く打つ。必ず」
「それはそうだと思います。世界で一番俺のトス打ってるの牛島さんです。年中一緒だし、オポだし」
「そうだ。そうやってここまで来た。案外、情があるぞ影山」
「俺もあるけど……」
「ああ、腹が立つな。お前は俺のものではないのに」
背後を壁に阻まれ、逃げられない影山の頭を、牛島は自分の分厚い胸に抱き寄せる。そして、まだ違和感がないぞ、面白いなと他人事のようにこぼしながら、唇を耳元にうずめてくるのだった。