intermission II

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新三大~後日談(及影)

※『新三大クソかわいいもの(及影)』の後日談(烏+影)です。
※間接及影




 近くの会社に勤めています。この春就職して、駅前にブリティッシュパブがあると喜んだのですが、実はクリーニング店と知りちょっとがっかりしていました。でも、実際に利用してみたら、他店で諦めた衣類も大満足の仕上がりでびっくり! また必ず利用します。お店の評価は、店員さんが無愛想なので星4つにしようかと思いましたが、よく見たらイケメンだったので、やっぱり星5つ!
 と口コミサイトで評判の店、烏野クリーニング店は、上述のとおり「なんだあ、飲食店じゃないのかあ」と落胆されがちなのだそうだが、実は特殊な条件を満たすと店舗で紅茶を提供してもらうことが可能である。このことはあまり知られておらず、というか知られてたまるか、商売でもあるまいに、という話なのだが、最近その「特殊な条件」を満たす人間が1人増えたらしいと知り、男は知らず、眉間にしわをこしらえていた。

「アイツか。牛島か」

 影山の淹れた紅茶をすすりながらまず烏養が思い浮かべたのは、この店の常連で、身長189センチのオカマバー店長だ。あの男、どうにもこのクリーニング店に足しげく通っているようなので、影山に恋する女心がそうさせるのかと妄想を膨らませていたが、彼は女性になりたいわけではなく「女装趣味があるだけの男」らしい(線引きが難しい)。それはそれで気にかかってしまい、いやまあ、悪い人間ではないようだが、影山をオカマバーにスカウトしているそうで、そこだけは看過できない。

「牛島さんじゃないです。あの人の体、テキーラが流れてるらしいんで」
「紅茶飲まねーのか。……これ旨ぇな。俺が送ったやつ?」
「そうです。ダージリンですけど、ミルクと結構相性よくて、最近こればっか」
「いいじゃねーか。クッキーとも合うし。お前、こっちでも稼げるんじゃねーの」
「ティーサロンは人見ねーといけねえからヤです。だいたい、俺は烏養さんの真似して淹れてるだけですし」
「いやいや、真似もセンス要るんだわ」

 時刻は夜の11時を15分ほど回ったところ、宵っ張りの烏野クリーニング店は先ほど閉店したばかりだ。営業時間が終わるころ、烏養が顔を出すと、影山はほっとしたような表情で「ちょうど、そろそろ顔見たいと思ってました」と目を細めた。
 じいさんの体調が落ち着いていることなど、ひととおりこちらの近況報告をし終えて、影山の暮らしぶりを尋ねてみると、「最近、常連さんが一人増えて」と、多めにまばたきをしながら切り出してきた。これは何かある。長年の付き合いからそう確信し、掘り下げてみると、閉店後の店内に招き入れているというから審議を申し出てしまった。この店は飲食店ではないので、業として客に茶を提供するわけにはいかないことは影山に説明してある。補足として「仲良いやつと一緒に飲むくらいなら別にいいけどな」と教えていたのだが、それは「俺に出すぶんには問題ないぞ」という趣旨だった――らしいことを、自分で言っておいて今知った。そういうつもりで言っていたのか俺は。なかなかに衝撃の事実だ。

「なんだ、同業者とかか」
「いや、ほんとに普通のお客さんです。及川さんっていう」
「及川な、覚えた」
「――会社員の人です。タイダイ柄の染みをつくる」
「タイダイ柄の染みを?」
「まあそれはいいんですけど……」
「珍しいじゃねーか。なんつーかその……友達つくるの?」
「友達じゃないです。ちょっと口数が多いお客さんっていうか」
「注文が多いってことか?」
「いえ。クリーニングに関しては口出さないです」
「でもその……親しいんだろ?」
「まあ……」
「店の外でも会ってんのか?」
「まあ……」
「マジか!? 詳しく話せよもう、最初っから」

 烏養が影山に、こう過保護になるのには訳がある。この場所がまだブリティッシュバー兼ティーサロンだった時代、影山はアルバイトとして近くのクリーニング屋で働いていた。当時から、彼は職人気質のむずかしげな顔ばかりしていたが、たまたま知り合って店に招いてみると、野良猫のようにふらふらついて来て、店に居つくようになった。酒は苦手らしく、あまり多くは飲まなかったが、夜のパブの時間にも訪れるようになって、いつの間にやらすっかりパブの飼い猫となっていた。目つきが鋭く、人を寄せつけない雰囲気を持ちながらも、どこか寂しさをのぞかせる彼を構うのが烏養と祖父の楽しみの1つで、同時に、容姿も相まって人の目線を集めがちな彼を心配してもいた。彼に知人友人が増えるのはいいことだが、あんまりちゃらちゃらした男なんかだと、どれ、まずは俺が人柄を見極めてやろうじゃないか、という気分になる。空き時間に紅茶の淹れ方を手ほどきしながら、影山から人間もようを聞き出すのが日課のようになっていた。
 クリーニング店へと看板が替わってから、それも難しくなり、いいかげん親気分でいるのもやめなければと思っていたが、いざこのような事態を前にすると、やはり「どれ」と肩がぐっと入ってしまう。及川なる男、気になってしょうがない。

「及川さんは、すげー顔が派手で」
「なんだ、ちゃらちゃらしてんのか」
「少し……。服すぐ汚すし、袖、しょっちゅうほつれてるし」
「おぉ、作為じゃねえといいなそれ!」
「調子よくて、軽口ばっか言うし、まあまあ意地が悪いんですけど」
「どういうやつだオイ」
「でも、仕上がった服見ると、世界一幸せそうな顔します」

 その、及川さんを思い浮かべているのだろうか。影山は、ほんのり頬を赤くして、てれたように目を伏せた。そう言うお前のほうが幸せそうだ、と烏養は目を丸くする。

「……そうか」

 影山にも、いい出会いがあったのか。どこか寂しくはあるが、影山の幸せを願う気持ちは烏養の中にずっとあり、それが誰とであろうとやはり、寿ぐべきことだ、と思う。烏養は頭を掻き、「そろそろ子離れしなければ」、なんてことを考える。

「で、そいつとは外じゃどこで会ってんだ?」
「牛島さんのとことか」
「どこで親交深めてんだよ」
「あと、まだ行ってないんですけど、最近よく泊まりに行こうって誘われます」
「よし、呼べ」

 急に重低音を発した烏養に、影山は不思議そうに首を傾げる。

「烏養さんどうしたんすか」
「お前は警戒心がなさすぎる!」
「やっほー、飛雄! 夜食買ってきたよー、お、ぉあ!?」

 振り返ると、からんからんという軽快なベルの音を背景に、華やかな出で立ちの男が戸口に立って、目を丸くしていた。

「どーも、『及川さん』」
「ヤな予感……」
「ちわっす」

 「及川さん」と烏養の間で、正確に状況が共有される中、当の影山だけが呑気に3人目のティーセットを用意し始めるのだった。