intermission II

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原作軸未来(月影)

・月影、山口結婚前提
・モブ影の気配




 ああ、気まずい。そもそも気まずくないわけなどなかったわけで、コイツと一緒にカフェに入った時点で僕の負けは決まっていて、つまり、山口と日向、それぞれに半分ずつ責任があるわけだ。
 1つ、僕は、傍らに置いた紙袋を睨める。こちらは山口の責任。引き出物が重く、式場でもらった紙袋が帰路の途中でにわかに破れた。
 2つ、僕は正面の男を睨める。これが日向の責任。今日、山口の結婚式で久々に再会した影山から、とある話を聞き出せとミッションを下した無責任な元チームメイトのせいで、僕の紙袋が破れた瞬間、隣にはこの男がいたのだ。この不親切な男が、つい、落下物を拾うのを手伝ってしまうくらい近くに。

「話ってなんだよ」

 拾いものを手伝ってもらった僕は、素直にありがとうと言うことすらおぼつかず、言い訳がましく、間を埋めるように、「ちょうど君に話もあったから」なんて言葉で足を止めた理由を付け足し、影山飛雄をお茶に誘った。

「そんな単刀直入に来ないでよ、近況でも話してみたら」
「……別に何もない。お前が話せば?」
「なんなの君。爆発してくれない」

 日向め。
 この齢24の影山飛雄という男は、高校卒業後早々にトップリーグデビューを果たし、あれよあれよと全日本シニアにまで選出されて、6年の歳月をかけ、うっかりこんなカフェでも女性に顔を指さされるまでになっていた。面倒だ、すべてが面倒。どうせ馬鹿みたいに女性に言い寄られているに決まっている。高校時分からは想像しようもないが、日本一モテている部類の人間なのだ。だから、日向の臆測はすべて外れだ。なにが、「あいつ、チームメイトと付き合ってるっぽい」だ。そんなわけない。僕ら4人の中で、次に結婚するのは、たぶん影山だ。男となんてありえない。

「お前結婚しねーの?」
「ハァッ!?」
「……そんな驚くことかよ」
「驚くでしょ!」

 何の前触れもなく放たれた影山の言葉に、僕はカフェオレを噴き出すところだった。近況を語れと言ったのは、ついさっきだろうに。

「お前高校のときからすげー、女子に告白されてただろ」
「知ってたのそんなこと」
「気付く。山口も報告してくるし」
「あいつ」
「だから、お前が一番に結婚すると思ってた」
「暴論すぎ。てか、そんなの君のほうがモテてるでしょ。君結婚するんじゃないの」
「俺はしない。……そうか。じゃあ、このリクツは変だな」

 勝手に矛をおさめる影山に、僕は気勢を失う。影山は、こんなだっただろうか。4年ぶりだ。遠近感が狂っている。
 影山を語るとき、軽率な世間がいの一番に口にする「美しい」という言葉を、今の僕は、少し理解ができる。フォームや、ボールの軌道。あるいは声、顔、立ち姿。まあたしかにと思う。今も、気まずいほどスーツが似合っている。
 羨ましいと思った。影山という人間には説得力がある。例えば結婚してもしなくても、世間は勝手に理由をこしらえ、納得してくれる。僕とは違う。結婚できない僕には言い訳が必要だ。

「……チビが言ってたんだけど」
「なに」
「君って今恋人がいるの?」

 影山は驚かず、ただ僕を見つめ、まばたきをした。

「いない」
「……そうなの。僕てっきり」
「俺ばれるようなことしたか?」

 影山の表情は揺らがない。ひやりとしたものを背に感じる。

「日向にも何も言ってねえ。態度にも出してないつもり。あてずっぽうならそう言え」
「ナンノさん。――じゃ、ないの」

 影山はそこで、顔をしかめた。傷ついたような、哀しげな顔をした。僕の心臓がどくどくと鼓動を立てる。
 ナンノさんというのは、影山のチームメイトであり、代表にもともに選出されている選手だ。日向が、「影山がチームメイトと付き合っている」なんて、とんでもないことを言ったとき、僕の脳裏には、その男の顔しか浮かばなかった。
 日向が言わなければ僕は思い過ごしで済ませただろう。その程度だ。だが。

「君は毎日誰かとご飯を食べたりしないと思った。あんなふうに、他人に身体を触らせるヤツじゃなかった。違うならそう言って」

 影山は顔を俯け、指の背で、眉間を押し上げた。
 直接連絡を取っていなかった僕は、メディアやSNSを通じてしか影山の近況を知ることはなかった。それでも気にかかった。言葉より雄弁な表情で、影山に触れている男がいる。

「少し、気が紛れた」
「――え?」
「つらいとき。一緒にいて、『わかる』って言ってくれたから」
「……付き合ったの?」
「つきしま」
「なに」
「面白半分で聞いてんなら、やめろ」
「王様……」
「お前に知られたくなかった」
「どうして」
「お前に言えてりゃ、こうはなってなかった。お前のせいだ」
「……何言ってるの」

 テーブルの上の影山の右手に僕は手を重ねた。影山が目を見開く。大きな瞳がゆらゆら揺れる。
 影山がご存じのとおり、僕は察しがいい。それが、僕にとって都合のよすぎる事態でなかったら、もっと以前に気付けていたかもしれない。

「手、はなせ」
「はなさない」
「お前、俺のこと嫌いだろ」
「王様聞いて。僕、君に言わなきゃいけないことがある。だからその先輩と別れて」
「なんで……」
「誰とも結婚しないで。……お願い」

 戸惑う影山の瞳の中に、かすかにすがるような色が混じる。ああ、やっぱり。そうであってくれたなら、僕は言い訳探しをやめて、理由を手に入れることができる。
 王様が好きだから。ただそれだけのことだったのに。
 影山飛雄が、僕を見つめている。美しい手が、怯えをはらんだまま、僕の指を握り返した。