intermission II

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今なら影山飛雄~のおまけ(牛影)

・「今なら影山飛雄もらえる」のおまけssです
・オオヒラモドキ(獅音さんのようで決して獅音さんではない)出ます




 ああ、全くいい予感がしない。
 合宿の短い休憩時間中のことである。
 穏やかな笑顔で手招きされるまま、牛島はじりじりと、なるべく時間をかけて、オオヒラレオン――仮名である――というチームマネージャーの男のもとへ歩み寄った。
 なお大平獅音というのは、牛島の高校時代の戦友の名であるが、チームスタッフであるこの男が非常に似通ったキャラクター性を持っているため、借用させてもらっている次第である。

「若利、先月の合宿のことでちょっといいか?」

 いい予感はしないものの、これといって手落ちの心当たりもなかったため、牛島はこっくりとうなずいた。先月と言えば、男子シニアチームの国内合宿が1週間ほどあり、牛島や、もちろんアナリストの影山もこれに参加していた。牛島若利としては、言うまでもないが真剣に合宿に取り組み、その後の国際大会のスタメン選出へときちんと結果をつなげている。よい合宿だった、と思う。そういうイメージがある。

「合宿前日の集合日は、みんなホテルの入り時間がバラついたから、食券対応だっただろう?」
「ああ、そうだった」

 チームで行動するとき、普段の食事はビュッフェ形式でとるのが普通だ。しかし、他の団体客とぶつかって専用のビュッフェスペースが用意できないときや、移動日で喫食人数が読めないケースなどでは、スタッフを含めたチームメンバーにホテルの食券が配られ、券面額の範囲で食事をすることになっている。国内合宿開始前日は、確かに食券での対応の日だった。牛島は自室でハヤシライス――はなかったので、ビーフシチュー等を食した。

「そのときのホテル代の精算をしていたら、こうなっていて」

 どうやら、牛島に見せるため、請求書類をスマホで撮影しておいたらしい。周到なことである。
 差し出された画面を覗き込むと、1枚のレシートと、それにホチキス留めされた2枚の食券とが写真に収められ、映し出されていた。数秒、写真を眺める。やがて、それの意味するところに気付き、牛島の頭のてっぺんから、血がさあっと下降していった。

「ホテルの請求って、こういう感じで、いろいろ添付書類をくっつけてくるんだけど」
「……そうなんだな」
「支払いのとき、食券を渡しただろう? で、その場で宿掛けのレシートが切られてるんだが」

 お察しいただけただろうか。食券には事前に配付対象者の名前が印字してあり、その日牛島がとった夕食は、ルームサービスであった。つまり一人部屋に宿泊していた牛島が、とある人物と2名でルームサービスをとっていたことが、白日の下にさらされたわけである。
 写真の中の食券には、牛島の名前と、影山飛雄の名前が、2枚それぞれに印刷されていた。恐ろしい話だが、こういうものが精算担当者の手元に届くことを、牛島はついぞ知らなかった。

「レストランに、スタッフ含めて何人かで行ってるのなんかはよく見るんだ。けど……」

 言いづらそうに、オオヒラが頬をかく。牛島は顔を覆いそうだった。どうする。どう言い訳すればいい。回らない頭で体育館を見渡すと、十数メートル向こう、用具室のそばでタブレットをいじっていた影山と目が合った。牛島の視線に気付いたジャージ姿の影山が、目を少し大きく見開く。緊急事態だ、ぬかったぞ、影山。目顔でこちらの窮状を訴える。
 それを見て、影山は、小さく首を傾げた。それから、口元をほんの少し、笑みの形に動かした。
 かわいい!
 なんだ今のは。牛島は息を詰める。
 天使のようだった。ただでさえ顔立ちが著しく牛島好みの美形なのに、そんな柔らかい表情を牛島だけに見せてくるなんて、どういうつもりだ。今すぐ駆け寄って抱きしめたい。
 ――が、そうじゃない、影山。

「……このことは、影山には」
「ああ、スタッフだし先に言うべきかと思ったんだが、まだなんだ。一応、年上の若利に先に話そうかと思って」
「気遣い感謝する」

 あれはよい合宿だった、というイメージがある。新しい選手との連係やフォーメーションの確認も上手くいったし、何より体調がよく、思いどおりに自分の体を操ることができた。それもこれも、日頃からサポートしてくれるトレーナーやコンディ、素晴らしい生活環境を用意してくれたホテルの皆さん、温かくチームを受け入れてくださった地元住民の方々、および、牛島のごく局地的なコンディションを徹底管理してくれている、恋人の影山飛雄さんのおかげだ。
 合宿が始まる前日、別々のルートでホテルに集合した牛島と影山は、ツインルームをシングルユースする牛島の部屋で落ち合った。チームのことで互いに忙しく、しばらく会えていなかったため、体調管理(符丁)も遠隔(符丁)で行うなど、いろいろなものがたまって(符丁)いた。一秒でも長く一緒にいたかったし、二人の時間を誰かに邪魔されたくもなかったから、ルームサービスで夕食をとるというのは、ごく自然な選択だった。互いに近況報告などし、夕食に舌鼓を打って一段落すると、自然とそういう雰囲気になった。いや、牛島がややせっかちに雰囲気を高めにいったような気もしないではないが、とにかく影山もそのつもりで準備していたようで(そういうところがかわいい)、甘く濃密な夜を過ごした。
 つまり、いい合宿だったわけだが、その裏でこんな事態の引き金が引かれていたとは想像もしていなかった。
 この事態をいったいどうやって切り抜けたらいいのか。こんなことが皆に知られたら、自分はさておくとして、新人スタッフの影山は立場を失ってしまいかねない。それだけはオオヒラに土下座をしてでも、なんとか阻止せねばならない。

「これはその――実はだな……」
「いくら腹が減ってても、スタッフの食券なんて貰ったらダメだぞ、若利」
「……は?」
「譲る影山もだめだけどな。一人食券1枚分まで、チームで負担する。そういう取り決めなんだから、額面を超えたら各自で自腹。今回はもういいけど、これからは、一人で食券2枚使うなんてのはナシにしてくれよ」
「その……いや、そういうことでは……」
「ん? なにか事情があったのか?」
「いや――以後、気をつける」
「ああ、そうしてくれ」

 呆けたまま、手を振って去っていくオオヒラを見送る。視界の端で、影山がまだ、牛島を見つめていた。異変に気付いたのか、心配そうな表情でこちらをうかがってくる彼に、牛島の相好はふにゃりと崩れた。



「首の皮一枚だった!!」
「わっ、わ、なんなんですか!? 首の皮?」

 性懲りもなく影山を呼び寄せた自室で、牛島は力いっぱい影山の体を抱き締めた。反射で抱き返してくる影山の首筋から、ふわりと爽やかなシャボンの香りがする。幸せだ、生きてるって感じがする。

「なにかあったんスか? 練習中もちょっとおかしかったですよね?」

 大きな藍色で顔を覗き込みながら、影山は少しひんやりとした手で牛島の頬に触れた。この、恋人らしい距離感と、牛島を全身で受け止めてくれる情深さにみぞおちがキュンと震える。愛されている! と思う。

「なんでもない。次回の食券対応のときにでも話す」
「食券対応? 全然話が見えてこないんですけど……」
「いいんだ。大したことじゃない。ただお前がかわいいし、好きでたまらない」
「はいっ? バカじゃないんですか!?」
「お前はどうなんだ」
「え……」
「俺を好きじゃないのか」
「そ……す、き、ですけど。好きじゃねーわけ、ないです」
「お前は本当にかわいいな」
「……ばか」

 ふわっと桃色に頬を染める影山が、現代科学で説明がつかないくらいかわいかった。
 これからまた、濃密な全日本生活の始まりだ。いい合宿になりそうだな、と牛島は再び胸をときめかせるのだった。