intermission II

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原作軸未来(日影)

・日影小咄
・原作軸未来


 谷地さん抜きじゃ、本当に効率悪いよな。おれは、部室に持ち込んだちゃぶ台を挟んで影山と向き合って、課題の空欄を埋めている。今日は谷地さんが委員会で昼休みにいなくて、じゃあ教室でやることもないしと、おれたちは部室に移動した。
 教室は最近少し、面倒くさい。春高の本大会進出を決めて、クラスメートにはたくさん祝福と応援をしてもらったけど、大会が近付いて雑誌の取材が来たり、テレビのスタッフが撮影に来たりするうち、ちょっとだけ、遠巻きにされるようになっている気がする。もちろん悪意じゃなくて、「あいつらマジでスゲーんじゃね?」というニュアンスのものではある。でも、おれはともかく影山に関しては「全日本ユース」が効きすぎて、「隣の隣のクラスの影山」じゃなくて、「将来すごい選手になる人」が、なんと同じ高校にいる、みたいな浮つきを孕んだ視線を感じてしまうのだ。
 鈍感な影山は気にしていない。変わんない。
 でも、知っているでしょうか、影山くん。今発売されてるバレー雑誌の春高特集で、烏野は「ダークホース」としてちょこっとだけスペースが取ってあって、その小さな記事の中に、影山くんの写真がバインと使われていることを。そしてそこに、「12月のユース合宿にも選出の天才セッター。甘いマスクも魅力」とキャプションがついていることを。
 「おいおい」と思ったおれに非はないと思うけど、どうですか。影山くんの顔って「甘いマスク」のドンピシャ真反対じゃないですか。甘いマスクさん今「完璧」を「完壁」って書いてますけど、昨日月島に笑われてたヤツじゃん。ほんっと、バレー以外だめだよな、お前は。
 昨晩、おれは妹の前に正座し、教えを乞うた。

「夏先生! 甘いマスクって、何ですか」

 女子の意見を聞こうと思ったのだ。谷地さんには恥ずかしくて聞けなかった。夏女史は腕を組んで、こう答えた。

「兄ちゃんは違うよ」

 夏が女性の顔をしていた。兄はつらい。そういう生き物だ。
 おれは折り畳んだ足のそばに置いていた雑誌を開き、夏に向かって広げた。

「ココ見てください」
「トビオだ」
「そう! その下のとこ。影山が甘いマスクって、おかしくないかな? 全然甘くなくない?」

 夏女史は腕を組んだまま、ふう、と息を漏らした。雑誌からおれへと目線をずらし、「日向翔陽くん」と、学校の先生のような口調で言った。

「あまいますくというのは」
「甘いマスクというのは」
「カッコイイって意味だよ。カッコイイと、顔がますくになって、甘くなるんだよ」

 キッチンで洗い物をしてた母さんの噴き出す音が聞こえた。追って、「夏、それ、正解!」と声をひっくり返しながら親指を立てていた。「母さんも影山が『甘いマスク』だと思うの!?」と聞いたら、「大丈夫、翔陽もかっこいいよ!」と返ってきた。喜んじゃいけない感じなのだけは分かった。
 現文の課題を、一応完走して、おれは筆記用具を置いた。集中モードの影山は、おれが休憩に入ったことに気付かない。
 ――甘いマスク、なあ。
 手元に目を落として、難しい顔でシャーペンを動かす影山を観察する。
 窓の外から射し込んでくる太陽の光が、影山の顔の起伏をなぞって、陰を作っている。睫毛が光っている、のは、その日射しのせいだ。藍色の瞳の中まで光が入り込んで、乱反射するのも。アクのない顔だと思う。目つきはやっぱりキツいけど、輪郭がしゅっとしていて、バランスが取れている。ああ、二重なんだこいつ。だから目が大きく見えて、表情の変化が変に目に付く。悪くない顔だ、というのは分かる。
 こんなふうに、チームメイトの顔なんて気にするのは、「遠巻きにして」る行為のようで、なんだか嫌だ。影山は影山で、それ以上でも以下でもなくて、顔が甘かろうとからかろうと、ただの影山に過ぎないのに。

「うわ」

 ふと顔を上げた影山が、目を見開いて体を引いた。

「なに見てんだお前」
「見てません……」
「見てんだろ! 殴んぞテメエ」

 こっちも、自分の顔が近くてびっくりした。何してんだろう。

「ごめん、見てた」
「なんなんだよ、てめー終わったのかプリント」
「うん」
「ゲ、肉まんおごりかよ」
「あのさ」
「何」
「ナシにしてもいいけど、肉まん」
「ああ? 腹でも下してんのか?」
「くだしてねーよ。ナシにする代わりに、顔見ていい?」
「……はあ?」

 畳の上でちゃぶ台を押しやって、おれは影山に正対した。お互い胡坐をかいた状態で、影山はシャーペンだけ持ったまま静止している。あっけにとられている影山の手からシャーペンを抜き取って、プリントの上に置いた。

「3分」
「3分!?」
「で、肉まん、ナシでいいぞ」
「意味分かんねえぞ、お前……」

 足を閉じて、おれは影山にぎりぎりまで近づく。影山は目を不安そうに揺らして、しまいにはすっと逸らしてしまった。

「見て、何になるんだよ」
「何にもなんないけどさ」
「じゃあなん……、触、っていいとは言ってねえ!」
「こうしないと見えねーだろ」

 前髪をよける。坂ノ下の肉まんと引き換えだ。これくらい、いいはずだ。
 黒髪を掻き上げると、下からつるっとした額が覗いた。顔の全部が見える。昨日テレビで、アイドルが横髪でどうのこうのと言ってたっけ。横の辺りを隠して、顔を小さく見せるんだそうだ。そんなことしなくても影山の顔は小さい。
 なんでそこで耳、赤くなるんだろう。

「さんぷん……」
「まだ全然」
「くっそ」
「影山こっち見て」
「俺は、見たくねえんだよ別に……」

 ちらりと目を動かして、影山が戸惑ったままおれを見る。

「追いかけるから」
「……は?」
「追いついて、おれも『甘いマスク』とか『美少年』とか言われてやる」
「馬鹿じゃねーの? バレーやれよ」
「やるよ」

 知ってる。夏先生に教えてもらったから。
 かっこよければ甘いマスクで、バレーが上手けりゃかっこよく見えるんであって、好きだと全部よく見える。そうやって顔ファンとかついちゃって、きゃきゃー言われて、彼氏にしたいアスリートランキングとか入っちゃうんだろうか。

「お前はウチのセッターだからな」
「当たり前だろ。はあ?」
「まだ、そんな、みんなのものになったりすんなよ」
「何言ってんだよ……」

 王子様なんてどうせ似合わない。今までどおり、横暴な王様でいてくれよなんて、らしくもないことを思う。