intermission II

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Q-bicこぼれ話

・菅影、及影前提
・ツッキー視点

 厳選されたコーヒー豆の深い香りと味わいを楽しむ喫茶店にて、カフェオレという邪道な注文をしたお子様舌の王様が、向かいの席でしおしおとテーブルに沈んだ。まったく、全日本の天才セッターが見る影なしだ。で、その主張するところによると。

「菅原さんが怖いって何」
「怖いもんは怖ぇんだよ。笑いながら怒ってんだよ」

 泣きそうじゃないか。別に仲良くもないのに呼び出されて半年ぶりに会ってみればこのざま。しかも理由が「お前頭いいだろ」という、期末試験に泣いてた学生時代と全く同じ内容で呆れ返る。

「菅原さんはもともと怖かったでショ……」
「怖くねーよ。すげー優しかっただろ」
「君のその感受性相手じゃ、菅原さんも優しくなるだろうけどさ」

 菅原さんは確かに優しい先輩だった。ただ、激辛麻婆豆腐が大好きな人だった。温厚で思慮深くて、でも仲間のためなら時にヤクザ相手でもメンチ切りそうな抜群の切れ味を誇っていたのが菅原さんで、その愛情をことさら受けていたのが目の前の影山飛雄という天然庇護欲バキューム人間だった。卒業後も菅原さんと影山はよく会っていると聞いたし、影山は菅原さんをこれでもかと慕っていたから、なかなか喧嘩なんてしそうにない二人だと思っていたのだけど。

「君何かしたの?」
「お、俺はしてない」
「そういえば、菅原さんの担当してる雑誌、君も載ってたよね。あれすごく売れたってテレビでやってたけど。世の中どうかしてるよね」
「るっせーな。イチイチ引っかかる言い方すんじゃねーよ。その話で、今面倒なことになってんだよ」
「どういうこと?」

 影山は唇を湿し、深々溜め息をついてから切り出した。

「あれの写真、及川さんっていうカメラマンが撮ったんだけど」
「え、及川って、及川徹?」
「お前知ってんのか!?」
「いや直接は知らないけど。有名人じゃん、今一番売れてるカメラマンじゃないの?」
「マジか……知らなかった」

 世間に疎いバレー妖怪カゲヤマがカップに顔をしずめる。

「君及川徹に撮られるとか出世したもんだね……」
「お前イヤミ減らせよ。話進まねえだろ」
「君がスルーすればいいでしょ。ってかイヤミじゃないし」
「とにかくその人が俺のこと撮った雑誌が、なんか売れたらしくて、役に立ったのはいいんだけど」
「あれ偶然じゃないの? ホントなの」
「知らねえよ、俺は菅原さん経由でしか聞いてねえから。そんで、また及川さんの撮影で俺の企画やろうって話が別の雑誌であがったらしくて」
「別の雑誌って、出版社も違うってこと?」
「そう。違う会社の雑誌の企画で、カレンダー出すって話になって」
「……ご立派になられましたこと」
「茶化すな。困ってんだよ。すげー困って……カレンダーだから枚数多くて時間かかるし、俺及川さんすげぇ苦手で」
「分かる。君苦手だろうね」

 ときどきテレビや雑誌なんかで見かけるけど、あれは生粋のモテ男というか、女慣れしてる感じだし、言動も三言に一言はチャラいし、影山とは対極という感じがする。件の雑誌は見ていないけれど、よくも一緒に仕事ができたなと思う。

「でもチームがオッケー出しちまうと俺じゃどうにもなんなくて」
「はあ、そういうもんなんだ」
「で、こないだ菅原さんに伝えたら……」
「怒ったと」
「怒ったなんてもんじゃねえよ。笑ってんだよ!」
「笑うを怒るの上位互換みたいに言わないでよ」
「難しい言葉使うなっ、とにかく『ハァ? どこの会社?』ってすげぇホガラカな声で……。でも俺に怒ってるわけじゃねえんだあれ、経験上」
「うん。それは分かるし、どっちかというと菅原さん相手会社にカチコみそうだよね」
「マズいのか? 同業者で殴り込みとかやべーよな?」
「同業者じゃなくても普通に暴行罪・傷害罪だから落ち着きなよ」
「俺が止めねえと……でも怒ってる菅原さんとか俺じゃどうにもなんねえし」
「男子バレーの未来とまで言われた男が、かたなしじゃない……」
「会社がダメなら及川さん殴りに行くかも……」
「まさか」

 菅原さんが怒っているのはとりあえず分かった。ただ、さすがに怒りすぎなんじゃないかという気もする。最初は「及川徹×影山飛雄」という企画をパクったといって切れてるのかと思ったが、影山の言い方だとどうも風向きが違う。

「キミ及川と何があったの」

 影山が、「!!」とモノローグをふりたくなるような顔をした。

「菅原さんとも、関係が突っ込みすぎなんじゃないの?」

 びっくりマークが2倍に増えた。

「及川と撮影のときになんかあったんでショ。そこ説明せずに相談とか失礼っていうか、無理があると思わない?」
「う、ぐ……」
「菅原さんが怒るようなことって何?」
「……及川さん、は」
「うん」
「俺のファン……? らしくて」
「うそ、趣味悪」
「るせぇ。……なんかあと、男が好きだったんだよ」
「……は? ゲイってこと?」
「どっちでもいいらしいけど」
「待って。それはまとめると、君まさか撮影のときに及川に迫られたの?」
「う……まあそんなかんじ……」
「しんじらんないんだけど……」
「お前に嘘ついてどうすんだよ」

 影山が不機嫌そうに顔をしかめる。及川という男はあんなイケメンに生まれておいて、なんでこの男がいいんだ、頭どうかしてる。

「それ誰か止めなかったの?」
「及川さんの家だったから誰もいなかったし」
「は、不用意……カメラマンの家行かないでしょ普通」
「スタジオだと思ってたんだよ」
「なに。ちゃんと断ったの? それ」
「断った。あとから菅原さんと3人で会って話して、及川さんも納得した……と思う」
「……じゃあまあ、一応次は大丈夫なんじゃないの」
「だと思うだろ。俺も思う。気乗りはしねーけど。でも菅原さんはもう止められない感じになってる」
「君は僕にどうしてほしいの」
「菅原さん止めてくれ」
「……無理」
「なんでだよ!! 頭いいだろお前、知恵貸せよ!!」
「そんな取り立てみたいな頼み方ある? だいたいね」

 影山が顔を隠すのに使っているカフェオレのマグを取り上げ、僕は睨みを利かせた。

「君と菅原さん仲よすぎなんじゃないの? カメラマンにちょっと迫られたくらいで普通そこまで怒る?」

 影山は僕の手を引っ掻きながらマグを取り返し、胸の前で抱えて「ちょっとじゃなかったし」と頬を赤くし、それから「菅原さんと付き合ってるから」と言って茹でダコと化した。

「……付き合ってる?」
「おう」
「恋愛の意味でってこと?」
「……おう」
「だから何でそれ最初に言わないの!?」

 ついていけない。ジョークと言われたほうがまだ分かる。あの菅原さんと影山が。何考えてるんだろう、それなら菅原さんは怒るに決まってる。

「……あきらめなよ」
「え……」
「カチコませてあげれば。及川も断れる仕事断らなかったんだろうし」
「なっ、あきらめんなよ!! 知恵貸せって!! 菅原さんが捕まるかもしれねえんだぞ!」
「あのね。いくら怒っても菅原さんがマジでやばいことするわけないでしょ。……やるにしても、バレないようにやるよ」
「お前はどういう立場なんだよ!?」
「ハイうるさいうるさい」

 ぎゃあぎゃあうるさい影山を適当に相手して、僕はその帰り道、雑誌のバックナンバーをスマホで探った。

「うっわぁ……ハメ撮りじゃないのこれ……」

 菅原さんと影山が付き合ってるだなんてまだ信じられないが、この写真を見れば菅原さんが及川徹に対して並々ならぬ警戒心を抱くのも当然と言えたし、殴り込みかねない勢いだったのもあながち嘘ではなさそうだった。

「やだやだ、巻き込まないでよね、と……」

 ブックシェラフからスワイプで電子書籍を消し去り、僕は寒くもないのに身震いした。

「みんな趣味悪……」

 影山に言うより、菅原さんに言ったほうが怒られそうな一言だなあ、と思った。