intermission II

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冴影@HQ

・冴子×影山と見せかけた及影(原作軸)



 ヤンキーな髪のヤンキー女がヤンキー座りしてるなあと思って、正直知り合いじゃなかったら絶対無視してました。と、あとから聞いた。

「姉さん?」

 珍しく飲み負けた、和太鼓チームの飲み会の帰り道だった。改札から出てきたところで視界がぐにゃっと曲がりだし、我慢しきれずその場で座り込んでしまった。駅の明かりで影ができて、仕事帰りのサラリーマンが迷惑そうに自分を避けて、大袈裟な溜め息をついていくのが分かる。いやこんなところで蹲ってるアタシもアタシだけどちょっとムカツク。そんなことを考えながら支えきれない頭を足の間でがっくり沈め、眩暈をやり過ごしていたときだった。

「冴子姉さんスか」
「誰が姉さんだ」
「本人だった」
「アタシを姉と呼んでいいのは龍だけだよ!」

 弟の名前を喚きながら勢いよく振り返ると、背の高い少年が斜め掛けのバッグのベルトを握ってこちらを見下ろしていた。

「冴子姉さんと呼びなって言ったの自分でしょ」
「あぁーん? ……あれ、見覚えあんな」

 電車が過ぎて時間が経ったからか、人足がまばらになってきた。黒髪の少年は溜め息をついて腰を落とし、隣で、冴子を真似してヤンキー座りをする。

「出来上がってんじゃないスか。蹴られますよ、こんなとこで座ってたら」
「アンタも座ってんじゃん……ねえ、あれ確か、バレー部の」
「影山です。田中先輩の1つ後輩」
「飛雄じゃん! イェーイ、飛雄じゃん!」
「冴子姉さん、何してんすか」
「やだ何してんの飛雄、イェーイ!」
「それは分かったから。なんでこんなとこで休憩してるんですか」
「飲み会だったんだよぉ、超酔ってさぁ、参っちゃうよねオェエエエ」
「ちょっ!」
「冗談だよーん。あー気持ちワル」
「あのな……」

 練習着やユニフォーム以外の、私服姿を初めて見たから、最初は誰だか分からなかった。以前東京の合宿所まで幸運にも冴子の運転で移動した1年生、影山飛雄だ。最近は体育館の2階から試合を見下ろすばっかりだったから感覚が遠のいていたけど、こうして間近にするとやっぱデカい。自分と20センチ以上は身長差があるような感じ。

「立ってください、姉さん」

 影山は先に立ち上がって手のひらを差し出してくる。

「田中先輩んちですよね。送ります」
「あらっ、ガキが生意気!」
「置いて帰りますよ。一人じゃ帰れないでしょ、それ」
「大人ナメんじゃないよ」
「じゃあこんなとこでウンコ座りすんな」

 ウンコて、と鸚鵡返ししながら手を取って立ち上がる。腕1本なのに、思ったよりしっかり体を引っぱり上げられてびっくりした。

「アタシの家分かんの?」
「門の前までは行ったことあるんで分かります」
「ふうん、仲良いよねアンタたち」

 頭はだいぶ平常モードに戻ってきたけど、やっぱり足元はおぼつかない。ふわふわ歩き出そうとしたら、二の腕をがっしり掴まれた。

「コケんなよ」
「コケないっての」
「酔っ払いめんどくせぇ」
「酔ってませんー」
「酔っ払いの台詞じゃないスか」

 面倒くさそうな顔をするわりに、支える手を離す気配のない影山の顔をまじまじ見る。高1ってことはまだ15か、16ってことか。若すぎる。肌がピチピチでびっくりするし、あと意外と顔がイケメンだ。全然気付かなかった。

「飛雄って意外とイイ男じゃん?」
「はぁ? 何スかその酔い方」
「いやぁ、うん、まあアタシを送らせてやんないでもない」
「おい、こけるから! シャキっと歩いてくださいって」
「へーきへーきぃ」
「冴子姉さん!」

 警告虚しくふらっと倒れかけたところで、影山の手が冴子の腹の辺りを捕まえた。

「飛雄、ラッキースケベしてくれてんじゃん」

 腕を掴んでニヤリと笑えば、影山は全く動じた様子もなく、「一人で歩けねえくせに偉そうに言うな」と目を細めた。高1男子が大人の女性のなかなか際どい場所を掴んでこの反応の薄さ、これいかに。

「飛雄変わってるわ」
「何が」

 駅前からわずか十数メートルしか進まないままくだらない押し問答をしていたそのとき、駅のほうからふらりと背の高い人影が現れた。落ちかかった影に、影山と2人でそちらを見る。

「飛雄ちゃん、何やってんの?」

 ファッション誌から飛び出してきたような男は、半笑いでそうつぶやいた。



 ああ、そうだ、あのエグいサーブの青城キャプテンだ。思い出したときにはなぜか、冴子の帰り道は及川、影山との3人づれになっていた。

「飛雄ちゃんったら道端でダイタン!」
「誤解だって言ってるでしょ! つうか、なんであんたまでついて来るんですか」
「ほんとなんでついて来るかな。及川? だっけ? あんたのサーブで龍がどんだけ痛い思いしたか!!」
「あら? これどういう関係?」
「だからウチの田中さん、5番の田中さんのねーさんです」
「はぁ、似てるわ、言われたら」
「んべろべー」

 ザ、腹立つ。顔面までエグい美形だなと思ったのもつかの間、性格はサーブやトスと同じでかなり嫌な感じだ。なんでついてくるのか本当に全然分からない。影山の身体にしがみついて歩いているのを、ニヤニヤと検分するように見下ろしてくる。何だこいつ。「及川さん家反対でしょ」、と低い声で指摘する影山に、おやと首を傾げた。

「飛雄の先輩だっけ。家まで知ってんだ? あれ、意外と結構仲良かったわけ?」

 影山が横顔を向けたまま真顔になり、黙った。それを見て及川がけらけら笑いだす。

「今のナシで」
「え、何で? 何、ちょっとぉ」

 がっつりしがみつきながら、がっつり胸が当たっているが、影山は相変わらずその点には無関心で難しい顔をしている。こういう顔は賢そうに見えるのに、勉強はからっきしだというから謎だ。

「んっふふ、いやあ、ほんと、全然仲良くなかったですぅ」
「胡散臭いんだけど! なにコイツ!」
「びっくりしたなー、飛雄が女の人といちゃついてるとこ見るなんて」
「及川さん!」
「なあに」
「……そーいうんじゃねえの分かってるくせに、やめてください」
「ん。分かってるよ、お前、女の子に興味ないもんね」
「……な」
「え、どういう意味!?」

 顔を覗き込んで、巻きつけた腕でぎゅうぎゅう締めつけると「姉さん痛い」と背中を軽く叩かれる。女の子に興味がないとは、つまり、そういう意味のアレなのか。それで胸にも無関心か。

「あっは、冗談ですよー」
「及川さんホントあとで殴りますから」
「ちょっと及川! どういう意味! ってかなんで急に後輩の性癖暴露!? セコくない!? 先輩の権力使ってさ!」
「じゃあ、俺の性癖もバラしちゃいましょうか?」
「お、及川さん!」
「なに」
「俺も女の子より、飛雄のほうが断然興味あるんですぅ」
「……は?」
「バカ……」

 地面を擦る3人分の足音が急にハッキリ聞こえた。及川はニッコリわらってこっちを見てるけど、街路灯に照らされたそのキレイな顔は、全然嘘をついてる感じじゃない。

「姉さん、及川さんの言うこと気にしないでください」
「いや、気にしてほしいな。びっくりしちゃった、飛雄のこと名前で呼んでる人がいるなんて知らなかったから」

 笑顔はますます深くなって、影山にくっついて歩く冴子に突き刺さってくる。脅迫されてるみたいな。

「残念ですけど、この子俺のなんで、そこんとこよろしくお願いしますね」
「……本気?」
「本気です」
「姉さんマジ忘れて……」

 深々溜め息をついて、影山は「嘘です嘘」と繰り返しているけど、及川の「本当です」に完全に押し負けていた。イヤイヤ嘘でしょこいつら、と言いたいところだけど及川の放つ圧が半端じゃない。

「家、赤い屋根のでしたっけ。見えてきましたねぇー」

 冴子姉さん送ったら、飛雄は俺の家ね。冗談めいた及川の口調は冗談に聞こえず、影山は随分追い詰められた顔で冴子をくっつけているのを忘れたみたいに重い足取りで歩いていた。