intermission II

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原作軸未来(牛影)

・牛影
・モブ影の気配




 申し訳ない気分になった。牛島さんの顔を見た途端に俺の気が抜けてしまっただけで、牛島さんには本当に何も関係のないことだったから、食事に誘い出してくれた牛島さんらしからぬ気遣いに、俺は少しいたたまれない気持ちでいる。
 全日本での活動以外、俺と牛島さんに関わりはほとんどないけど、街なかで偶然会っていきなりしがみつかれたんじゃ、牛島さんも放っておいちゃ悪い気分になるだろう。黙って肩を貸してくれただけでも、俺には十分だったのに。牛島さんは面倒見がいい。キャプテンとかやってたからだ、たぶん。
 牛島さんに連れられて来た店は、壁を向いたカウンター席が2つずつ並んでいて、席と席の間が遠く、周りの会話が聞こえない。前にチームの偉い人と一度来たことがあると言っていた。人に聞かれるわけにいかない俺の打ち明け話をするには持って来いだけど、牛島さんは何も聞かないし、俺も気が重くて言いだせない。

「牛島さんのレフト打ち信用してないとか、ないですよ。たまたま上げる機会なかっただけです」
「そうか? 2セット目のネットインサーブのときなんて、絶好機だったと思うが」

 で、結局こういう話になる。先週の練習試合の件はお互い記憶が新鮮で無限に反省会ができる。

「誰から見ても絶好機だったんです、それ。相手から見ても」
「俺は決めるぞ」
「そうっすね……上げてもよかったかもしれないです」
「……らしくないな」
「後悔なんて、してもしょうがねえと思うけど……分かってても、あのときああすればって思っちまって」
「誰だってそうだ。口ではどうとでも言えるだけだろう」
「牛島さんも、そういうことありますか」
「いや。話を合わせてみた」
「なんなんすか……」

 きっぱりとした物言いに、口の端から笑いがこぼれた。牛島さんって、たぶん人を慰めるの苦手だ。俺は今日過ごす相手を間違えてるかもしれない。
 けど、ほかの誰か相手じゃ、俺はああして緊張の糸を切らしてしまうことはなかった気がする。自分にとっての牛島さんが分からない。
 牛島さんは、俺があの人と付き合っていたことを知っている。うっかり遭遇してしまって、誤魔化しようもなかったから正直に話した。牛島さんは「そうか」とだけ言った。
 今日の俺の言動からして、あの人絡みで何かあったと牛島さんも分かっていると思う。別れたことを、俺はこの人に言うべきだろうかと迷う。

「牛島さん、あの……今日はすみませんでした。往来で抱きついて」
「別に、かまわない」
「かまわなくはないです、なんかヒソヒソ言われてたし」
「気にならない」
「そう、ですか……」

 俺は言葉が見つからなくなって手元に目を落とす。間接照明だけの店内は薄暗くて、顔を伏せてしまえばきっと表情も見えない。

「牛島さん」
「なんだ」
「上手くいかなかったです……」
「そうか」
「俺、人と生きてくの下手です。でも、一緒にいようとして、やっぱダメでした」
「……何か言われたのか?」
「いえ……」
「あいつはもともと発言も態度もきつい。すべて真に受ける必要はない」
「あ……、えっと、そういうんじゃ」
「苦労しているのだろうなと思っていたが、案の定だ」
「……もしかして、『合わせて』くれてるんですか」
「いや。本心だ」
「らしくねえ」
「影山」

 ゴトンと音を立てて、焼酎のグラスがテーブルに置かれた。左手から、横顔へと、俺は薄明りの牛島さんの姿をたどる。

「……はい?」
「お前は少し相手を選んだほうがいい」
「それ、……どうい、う」

 言い終わる前に、体がかくんと傾いた。手のひらの温かさを感じるのと同時に、唇の上にも同じ熱が触れた。ほんの数秒、けれど、長い数秒間だった。
 牛島さんにキスをされた。

「自分を傷つける相手と付き合うな」
「うし、じまさ……」
「あいつと別れるのをずっと待っていた」
「何言って、牛島さんは、俺のことなんて」
「好きだ。お前、分かっていないのか」

 頬をすくわれる。牛島さんが真剣な瞳で俺を見つめている。

「自分がどういう人間か。お前の対角で打ち続ける俺が、何を思って跳んでいるか。――お前に応えたいといつでも思っている。そのために助走を走っている。俺が戦うためにはお前が必要だ。俺はセッターのお前とお前自身を区別しない。同じだからだ。同じように愛している」

 俺が牛島さんにセットするとき、牛島さんが何を思っていたか、俺は知らなかったが、俺が何を思っていたか、牛島さんは知っていた。そのことを、悟る。

「つけ込んですまない。お前が寄りかかりたくなったときに寄りかかってくれればそれでいい。なるべく近くにいる」

 もう一度、触れるだけのキスをされた。「牛島さんが俺を」なんて、頭はちっとも追いついていないのに、俺を見つめる牛島さんの瞳がコートの中と同じに燃えていて、嘘ではないと分かってしまう。長いラリーの最終盤、コートの外から二段トスを上げ、それを牛島さんが決めきったとき、牛島さんが俺を振り返り、俺も牛島さんに向かって駆け出している。「お前だ」と牛島さんが俺を指さし、俺は、「あんただ」と震えながら、その腕の中に飛び込んでいく。あのぞくぞくする共感を、牛島さんは不用意に、恋愛に置き換えてしまう。

「うしじまさん」
「ん?」
「二段、決めてくれてありがとうございます」
「今それを言うか」

 呆れるように笑う牛島さんに抱き締められた。

「こっちの台詞だ。アンテナまで伸ばしてくれてありがとう」

 慣れたぬくもりに、体はくらくら溶けてしまいそうだった。